第35話

 いっしょに行ける感じだった。


 彩花はさも当然のように自分もついていくと思っていたようで、「すぐに準備しますね」と言って、部屋の中に戻っていった。


 一方、理久は部屋で小躍りしている。


 だって、彩花と図書館に行ける。いっしょに勉強できる。


 それはとても特別なイベントだ。



「今まで、スーパーしか行ったことなかったもんな……」



 彩花とふたりで出掛けたことがある場所は、スーパーのみ。


 あれはあれでとても楽しいし、新鮮なのだけれど、生活の延長線上にある感は否めない。 


 けれど、今回は完全に生活と切り離されているというか。


 めちゃくちゃ学生っぽいではないか。



 ……いや、まぁ。


 彩花が「家人がいなくなるのに、他人の自分がひとりで家に残るのはおかしい」と思っている可能性は十分にあるのだが、そこは無視しておく。



「兄さん。準備できましたので、下で待ってますね」


「あ、はい。すぐに行きますっ」



 浮かれていたら、彩花の準備が先に終わってしまった。


 女子の用意は時間が掛かると言うが、彼女は別に化粧をするわけでもないし、いつもあっという間に準備ができてしまう。


 急いで着替えて、理久も部屋を飛び出した。



「お待たせしました」



 階段を下りていくと、彩花はリビングから姿を現す。


 彼女は花柄のスカートを履き、トップスは白のノースリーブ。手にはトートバッグが握られていた。


 長い髪と彼女の顔立ちが清楚な雰囲気を崩さないが、肩がしっかり見えている。 


 涼しげに露出されている肩は細く、華奢な少女の印象をより強めた。



 かわいい。


 かわいいけど、大丈夫でしょうか、その服装……。露出激しくないでしょうか……。


 いや何様なんだ。だれ目線だ。おこがましいだろ。



「それでは、行きましょうか」


「あ、は、はい……」



 気持ち悪い心配をしている間に、彩花は笑みをたたえながらスニーカーを履き始める。


 ここに香澄がいたら何か言ってくれただろうか……。それとも彼女もOKサインを出している服装なんだろうか……。


 いや、めちゃくちゃかわいいんですけども……。


 何ともドキドキしながら、理久も靴を履き替える。



 図書館は、家から程近い場所にある。歩いて十五分くらいだ。


 この真夏の日差しの中、それだけ歩くのは少し心配だったが、暑さのピークは過ぎていた。幸いながら、今日はくもりだったし。


 それほど不快感を覚えずに、図書館には辿り着いた。


 自動ドアをくぐると、すぅっと気持ちのいい冷気が肌を撫でる。



「涼しいですね」


「ですね」



 隣に立つ彩花に微笑まれ、理久も笑みを返す。


 平日だから空いているものかと思いきや、ずらりと並んだ席はそれなりに埋まっていた。


 同じことを考える人は多いようで、席に着いているのは学生らしき人が多い。


 それを眺めていると、するりと彩花が肩を寄せてきた。


 ドキリとしてしまう。 


 心臓の高鳴りが届かないか心配になるほど近い距離で、彼女は前を向いたままそっと耳打ちをしてきた。



「結構混んでますね」



 なるほど、図書館だから静かにするよう気を遣ったらしい。


 でも、もうちょっと隣の男子にも注意できなかったでしょうか……。


 そもそも彼女ははっとするほどの美人なうえに、今は肩を出した服装。その肌をくっつけるものだから、肌の感触と彼女の長い髪を感じられてしまった。



 身長差があるから、背伸びをしているのも愛らしすぎる。


 そのうえ、耳元で囁かれるというのだから。


 いや、距離が近いのは家族として大変喜ばしいことですけれども……。



「いっそ、だれかに殴ってもらったほうがいいんだろうな……」


「え、なぜそんな物騒なことを……?」



 自分自身の罪深さと気持ち悪さへの断罪を求めていると、彼女に聞き取られてしまった。


 なんでもないです、と手を振ってから辺りを見渡す。


 確かに混んでいるが、座れないほどじゃない。


 ふたりで座れそうなテーブルを見つけ、指を差す。



「彩花さん。あそこ、空いてます」


「本当ですね。行きましょう」



 互いに囁き声を交わし、空いている席に向かう。


 ほかの席には理久たちと同じように、男女のペアも何人か見られる。


 理久からすればすべてカップルに見えるけれど、自分たちはそうは見えないだろうな、と感じていた。


 かといって、兄妹にも見えない気もするが……。彩花は兄さん、と呼んでくれるが、敬語だし、理久のほうもかなり敬語を使ってしまう。


 傍から見ると、本当におかしな二人組かもしれない。



 空いた席にふたり並んで座り、早速勉強道具を取り出す。


 彩花は受験勉強、理久は宿題の処理。


 周りにいる学生たちも、基本は黙々と勉強を進めている。



 時折、会話をしている人たちもいるが、ひそひそ声なうえにそれほど長くは話さない。話してるな、くらいには感じるが、ほとんど気にならなかった。


 部屋の中だとついスマホをイジってしまうが、隣に彩花がいるとそれもしようと思わない。



 なるほど、彩花の言うとおり集中できる環境が整っている。


 隣にだれかがいる、という状況もいいのかもしれない。


 案外、家のリビングでも隣に彩花がいてくれれば、勉強が捗ったりするだろうか。


 そんな厚かましいうえに気持ち悪い妄想は押し込んで、黙々と宿題を進めていく。


 今までにないほど順調に宿題を進めていると、とんとん、と肩を叩かれた。

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