第6話
荷物の整理もあるだろうから、と彩花を置いてリビングに戻る。
しばらくすると、先に香澄が二階から降りてきた。
彼女は理久たちを前にして、静かに微笑む。
娘がこの場にいないからか、先ほどとは違う表情を理久に向けて、ゆっくりと頭を下げた。
「今日からよろしくお願いします。いろいろとご迷惑を掛けて、ごめんなさい。理久くんの生活はできるだけ邪魔しないように気を付けるから」
そう言って頂けるのはありがたいが、ここまで歳が離れた女性に頭を下げられると何とも落ち着かない。
慌てて、理久も言葉を返す。あえて話題を逸らした。
「いえ。そちらも大変だと思うので……。ええと、香澄さん、で大丈夫ですか」
その問いかけに、香澄は苦笑する。
「そうだね。さすがに、お母さん、とは呼べないだろうし。理久くんの好きに呼んでいいよ。香澄さんでも、香澄ちゃんでも」
冗談だろうが、さすがに父と年齢が近い女性をちゃん付けでは呼べない。
いや逆に、年の差があるから呼べるものだろうか?
そんなことをぼんやり考えていると、香澄がキッチンに目を向けた。
「ところで、今日の晩ご飯はどうする? わたし何か作ろうか」
「あ、俺やりますよ。ご飯作ってるの、いつも俺なので」
「え、そうなんだ。理久くんすごいな……。でも、悪いよ。今日くらいはわたしが……」
「でも香澄さん、昨日は引っ越しだったわけだし、疲れてるんじゃ?」
「んん、でも……」
「寿司でも取らない?」
理久と香澄が軽く遠慮を押し付け合っていると、父がそう投げ掛けてくる。
ふたりの視線が交わり、父は苦笑いを浮かべた。
「ふたりが来たお祝いってことでさ。今日くらいはパーッとお寿司でも。どうかな」
「え、慎兄。それは悪いよ。気を遣わないでいいって」
父の提案にも驚いたが、香澄から飛び出した呼称にも理久はビクッとする。
小山内慎二。それが父の名前だ。
慎兄は彼らの古くからのあだ名なのだろう。
それはわかるのだが、息子としては関係性が垣間見えて、ちょっと気まずくなってしまう。父がそう呼ばれていたなんて初めて知ったし、そう呼ぶときの彼女は言葉遣いや声の温度さえも変わっていたから。
父は息子が内心でざわついていることには気付いていないようで、苦笑いを深めた。
「正直、気まずいだろ。香澄も理久も、理久も彩花ちゃんも。僕と彩花ちゃんだって、当然ぎこちない。お祝いってことにしてでも、明るくご飯食べたいんだよ。一日でも早く馴染めるように……」
「まぁ……」
「それは……、そう……」
香澄と理久が肯定し、思わず顔を見合わせて苦笑してしまう。
他人同士の家庭が二組集まって、これからいっしょに暮らしていかないといけない。
現時点でも既にめちゃくちゃぎこちないのに、今から生活を共にしていくのだ。
少しでも歩み寄りたい、早く関係性を構築したい、と願う父の提案には、乗らない理由がなかった。
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