お伽噺と昼と夜
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向かう先は店が多く並ぶ中心街、道中いろんな話をした。
魔物の魂を収めたフィルムは魔術会が買い取っているので金になること、その買い取りをしてくれる店がこういう大きな町にはたいていあるので、そこで当面の資金を得るつもりであること。買い取られた
「写真家って有名だけど、具体的にどういうことしてるのかそういえば知らなかったなあ」
「まあ、そもそも人口が少ないからな。特にフリーでやってるやつはほとんどいない」
魔術の心得は必要ないが、カメラ自体が高価でやはり危険職だ。魔術会などの機関に所属すれば安全は多少保証されるものの、やはりフリーでやったほうが儲けがいい。
日が高くなってきた。眩しい日差しが頭の後ろをじわじわと温め、通りもすっかり活気づいている。いくらかの人の視線を通り過ぎたところで、青年は何やらそわそわと俺を乗せる手を上げ下げし始めた。
「電器屋ヤメロ。酔う」
「電器屋じゃないです」
「この中途半端な手の動きをやめろってんだ、どうした」
「いや……、みんなアンタを見てるから何か居たたまれなくてさ……」
思ったより常識的な物言いをされて俺は呆れた。先刻の超特急ダッシュからの猛パンチのほうが余程目立っていたはずである。とはいえ魔術はあっても小人はいないこの世界で十五センチの小男が人目を引くのは確かだった。
青年がこちらをうかがって少し首をかしげた。
「やっぱりフードの中がよくない?」
「いやだ」
俺は首を振る。居心地が最悪なのである。それから、奴の長い髪が顔にかかってくすぐったい。
「えー、でもぼく的には収まりよかったし」
「お前的にはとか知るか。めっちゃ揺れるしめっちゃ邪魔だった」
「ごめんて」
慣れたのか、奴はどんどん雑になっている。しかし俺がひと睨みするとすぐに怯んで背筋を直した。
素直でヘタレな若造は増え始めた出店の中に目敏く小物屋を見つけ、ちょうどよい大きさのバスケットと紐と敷き布の切れを買う。
手先が器用な奴だとは、数時間前から知っていた。今回もちょいちょいとあっという間に俺が寛げるような入れ物を作り上げる。中に敷いた布は程よい固さ、立ち上がったら肩辺りまで外に出る具合だ。
俺が気持ち良く収まったのを確認して、奴は斜めに提げたカバンの肩紐にカゴを括り付けた。そのカバンは元々俺の荷物で、縮小は免れたものの持てなくなったので代わりに預けているのだ。
「揺れはするかもだけど」
「いや、いい。助かった」
「いーえ。でも材料代はあとでくださいねお客さん」
奴は金がないらしい。これも始めに聞いたことだった。生まれ故郷で食い詰めて、とうとう困ってこの国までやって来たと。
「そんなに儲からないもんか、電器屋ってのは」
「もうわざとだよね? ぼくは電器屋じゃない」
「家電修理屋だろ」
カゴの中から見上げれば、分かってるんじゃんと家電修理屋が不貞腐れる。
「同じようなもんだ」
「違うなー。電器屋は電化製品を売るじゃん、ぼくは修理専門です」
「呼びにくいんだ、家電修理屋。長い」
「いやそれで呼ばなくていいじゃん……」
家電修理以下略は面倒くさそうにため息をついて、首の後ろをガシガシ掻いた。それから俺と目を合わせる。デカい男の頭の影が太陽を遮って、暗い中、奴の真白い白目がつやめいている。
「ぼくの名前はハルカ。せっかくならこれで呼んでよ」
「……ハルカか」
その名乗りは思いがけず俺を動揺させた。聞き慣れない響きはこの辺りの国のものではなく、加えて珍しい黒目黒髪の持ち主。
「お前、日本人か」
「え? うん。よくわかったね?」
「日本には昔しばらく住んでいた」
当時はよく世話になった縁浅からぬ土地である。少し驚いたようなハルカを改めて見上げ俺は首をひねった。
「昔はそうじゃなかったと思うんだが、最近の日本では長髪が流行ってんのか」
こっちじゃ男の長髪はほとんどいない。しかし予想は薄笑いで否定された。
「んー、流行ってるわけじゃない。ぼくが個人的に伸ばしてるだけでさ」
「個人的に? なんで」
「プライバシーです」
手がわざとらしいしかめっ面の前でバッテンされる。俺はイラッとした。
「ねえー、さっきからちょくちょく顔怖いよ写真家さんさあ」
「うるせえ。ていうか、俺は職業名で呼ぶのかよ」
「いいじゃん間違ってないし。それとも名前教えてくれるの?」
俺の名前。特に教えてやっても構わないが、やはりどうにも気に食わなかった。俺は少し考えてから顔の前でバッテンを作る。「……プライバシーです」
「うわそれムカつく!」
「お前がやったんだろ!」
「おっさんがやっちゃ駄目なやつ!」
「歳関係ねえ!」
と、道程はおよそ賑やかに進んだ。
次第に周辺は出店が密集したマーケットの様相を呈して、人通りもぐんぐん増える。周りの目を気にしていたハルカはしかし、俺とぎゃあぎゃあやり合うせいで結局目立っているようだった。
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