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 うっすらと紅色の残るティーカップに視線を落とす沙代子に、彼がそう尋ねる。


「ええ。いろんなお店のリコリスティーを試してみたんですけど、こちらのはあまりにもおいしくて、びっくりしました」


 お世辞ではなく、そう言う。毎日足を運んでいたのは、父の本棚が気になったというのはもちろんあるが、いろんな種類のハーブティーを試してみたいと思ったからだった。


「ありがとうございます。本日のリコリスティーは、ローズヒップをメインに、いくつかのハーブをブレンドしたものなんですよ」

「実は、ローズヒップとリコリスの組み合わせがとても好きなんです」

「それはよかった」


 うれしげに目を細める青年は、まるで少年のようだ。そう思うのは、彼の顔立ちがかわいらしいからだろう。


「ほんの少しの酸味に、独特の香り。ほかに入ってるのは……、ハイビスカスとシナモンですよね。ブレンドの仕方が特別なのかな。どうしてこんなにおいしいのか、ふしぎ」


 つぶやきながら青年を見上げると、彼はにこにこしているだけだ。隠し味があっても教えてくれないだろう。


「やっぱり、素材がいいのかな。ハーブはどちらから?」


 ぶしつけな質問をしたが、彼はあっさりと答えてくれる。


「実家がハーブ農家なんです。自慢のハーブですから、そんなふうに言ってもらえるとうれしいです」

「そうなんですね。一般の方にも、売ってみえるの?」

「ええ、近くでハーブ園を営んでいます。昔はあちらでカフェをやっていたんですが、今は移転してこちらに」

「近くなの? そのハーブ園におじゃますることは可能なんですか?」


 食い気味に尋ねると、彼はくすりと笑う。ちょっと恥ずかしくなってしまったが、変わった客だと思われているのだろうから、今さらだ。


「ハーブ園の方では一般のお客さま向けの商品もご用意していますから、よかったらぜひ」


 そう言って、青年はカウンターの下にしまってあったパンフレットを差し出してくれた。


天草あまくさ農園ですね。営業は週末だけ?」


 土日営業と書かれた文字をなぞる。


「基本的には。業者の方にはご連絡いただければ、いつでも対応してるんですが、なにせ家族経営なものですから」


 どうやら天草農園は、店主の青年とその家族で運営しているらしい。


「業者にも卸していらっしゃるんですね。こんなにおいしいハーブティーになるハーブなら、とびきりおいしいケーキがつくれそう」

「ハーブを使ったケーキですか」

「ええ。こちらのカフェのケーキに、ハーブは使われてないですよね?」

「そうなんです。以前はお出ししていたんですが」


 歯切れ悪そうに言うから、今は出していない理由があるのだろう。


「おひとりでカフェをやられてるなら、ケーキまでこちらでっていうのは難しいですよね」

「実は、ハーブを使ったケーキは祖母が作っていまして。祖母の作る味が出せないうちはご提供を控えているんですよ」


 ということは、彼の祖母は今はケーキ作りをしていないということだろう。


「あ、すみません。立ち入ったことを聞いちゃいましたよね」


 青年はゆるりと首を横に振り、迷うように口を開く。


「こちらも失礼を承知でお尋ねしますが、お客さまはパティシエをされてるんですか?」

「えっ、どうして?」

「なんとなく、そんな気がしたものですから。違ってましたら、すみません」

「違うっていうか……、今は特に」


 口ごもるようにそう言うと、青年は何か言いたげな表情をした。しかし、会計待ちの客に気づいて離れていく。


 ほっとあんどして、パンフレットに目を落とす。天野農園は近くにあるが、歩いていける距離ではなさそうだ。


 それから、まばらにやってくる客の対応で、青年は忙しそうにしていた。


 本棚のこと、聞きそびれちゃったな。


 沙代子は会計を済ませると、「またお待ちしています」と、にこやかに頭を下げる青年に見送られてカフェをあとにした。

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