失くしたあなたの物語、ここにあります

水城ひさぎ

第一話 栞のラブレター

1

 古本とハーブティーのつながりは何だろう。


 ハーブティーを飲み終えた沙代子さよこは、さっきからそんな風に考えをめぐらせていた。


 こじんまりとしたカフェの店内は、アンティーク家具とともに、ハーブがおしゃれに飾られ、落ち着いた雰囲気に満たされている。


 洗練された店内を何気なく見回していると、カウンターの奥に立つ、店主らしき青年と目が合った。こちらの様子をさりげなく気づかっていたみたい。


 なかなか帰らないから不審な客に思われたのかもしれないと、少々気まずくなって、青年の背後へ何気ないように目を移す。


 視線の先には、店内の雰囲気を壊すことのない年代物の本棚がある。


 本棚には、ぎっしりと古本がおさめられていた。古本とわかったのは、このカフェが、『古本とハーブティー専門のカフェ まろうどう』という店名だからだ。


 しかし、それとわかったのは、丁寧な店名のおかげだけではなかった。沙代子には、年季の入った本棚に覚えがあった。これは、父の所有していた本棚だ。間違いないという確証が、今はある。


 初めてこのカフェを訪れたときは見間違えかと思ったが、カウンター席に腰かけた今日は、あのらくがきがよく見えた。本棚の下の方、誰の目にも触れないような場所に、女の子を描いたらくがきがある。


 それは沙代子が小学生のときに描いたらくがきだった。下校後、パートタイムで働く母が帰宅するまでの間、父の営む古本屋で留守番していたときに書いたもの。


 父は穏やかな人で、らくがきを叱るどころか、上手だねと褒めてくれた。


 長い髪の女の子はワンピース姿で、どこか幸せそうな笑顔をしている。小学生の沙代子の目に、彼女はそんな風に映っていたのだろう。


 らくがきを目にするまでは忘れていた出来事だったが、今は鮮明にあのときのことが思い出されている。


 なぜ、父の所有していた本棚が、ハーブティーを専門に扱うカフェにあるのだろう。そして、古本を売る青年は何者なのだろう。


 ふたたび、黒髪の青年に目を移すと、すぐさま目が合った。清潔感のある白シャツに、黒のエプロンをつけた彼は、タイミングを見計らっていたかのように目の前へやってくる。


「昨日も来てくださいましたね。ありがとうございます」

「えっ?」

「違いましたか?」

「え、いえ。3回目なんですけど……」


 それも三日続けての来店だ。


「そうでしたね」


 営業スマイルを浮かべている彼の、こちらを観察するようなまなざしに気おくれしてしまう。


 いつも店内をじろじろと観察していた自覚はある。奇異な客として記憶に残っていて、たまりかねて話しかけてきたのだと気づいたら、むしょうに恥ずかしくなる。


「あのぅ……、ハーブティーには目がないんです」


 気まずさをごまかすように言ったが、あながち嘘ではなかった。ここへ入ってみようと思った最初のきっかけは、純粋にハーブティー専門をうたうカフェに心惹かれたからだった。


「メニューには載せてないんですが、お好みのブレンドもおつくりできますから、よろしければ、次回はぜひ」


 立て続けに3回来ただけなのに、すっかり常連客のような扱いを受けた沙代子は、戸惑いながらも、これは父の本棚について聞き出せる良いきっかけでは、と笑顔で応じる。


「店主さんですか?」

「ええ」


 すんなりと青年はうなずく。店員の姿は、彼以外にない。小さなカフェを一人で切り盛りしているのだろう。


「リコリスティー、とてもおいしかったです」

「甘めのハーブティーがお好きですか?」

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