挿話16 ダークエルフのエレン

「おい、聞いたかエレンよ。あの山に棲むケンタウロスの話を」


 いつものように仕事をしていると、突然父親が話しかけてきた。


「ん? 何の話?」

「まだ聞いてないか。なんでも、人間族の聖女とやらに協力を要請して、マヨネーズという物を作ったらしいぞ?」

「マヨネーズ? ……何それ?」

「いや、俺にも詳細はわからん。だが、潜入させている者の話によると、ケンタウロスたちがマヨネーズに群がり『こんなに旨くて何にでも合うソースは無い! マヨネーズ祭だっ!』と叫んでいたらしい」


 マヨネーズ祭?

 全く意味がわからない。

 かろうじて分かったのは、マヨネーズが料理に使うソースだという事くらいだろうか。


「よく分からないけど、ケンタウロスの好きにさせておけば良いのでは?」

「だが、そのマヨネーズにはビネガーを使っているらしいぞ?」

「へぇー」

「ケンタウロスたちが売る品と言えばワインで、酒が禁止されていない村や街だけでしか売られていなかったのに、マヨネーズはどこでも売る事が出来る。これでは、ライバルに差をつけられてしまうではないかっ!」


 また出た。

 ケンタウロスはケンタウロスだし、我々ダークエルフはダークエルフだ。

 変な対抗意識を持つ必要なんて無いのに。


「よいか、エレンよ。ケンタウロスもダークエルフも、平地では暮らせぬ種族。それに、どちらも独自の伝統食材を代々守っている種族でもある。負ける訳にはいかんのだっ!」

「……父上。別にケンタウロス族と張り合わなくても良いと思うのだけど」

「バカを言うな! この大陸では、山のケンタウロスと森のダークエルフが代々争い、ずっと勝ってきたのだ。それを俺の代で止める訳にはいかぬ」


 くだらない……けど、どうせ拘るんだろうな。


「それなら、我らも新しいソースを考えれば良いではないですか」

「ほほう。なるほど……一理あるな。つまり、我々も聖女に依頼するか。我らダークエルフが守ってきた伝統の食材を使って、ケンタウロス族のマヨネーズを超える品を作るようにと」

「私は我々ダークエルフで開発するつもりで言ったんだけど……」

「そうと決まれば、善は急げだ。今すぐ、ケンタウロスの里に居る者に聖女と交渉させるか」


 いつもの事だけど、本当にこの人は私の……娘の話を聞かないわよね。


「ねぇ、その聖女は人間族よね? ビネガーに馴染みはあるかもしれないけど、我々の豆を使った発酵食品には馴染みがないと思うのだけど。手伝ってもらっても、何も出来ない可能性だってあるわよ?」

「我らが助けを求めた事を知った上で、何も結果が出せなかった場合は、死んでもらうしかないな。ダークエルフの誇りを傷付ける訳にはいかぬ」

「何が誇りよ。さっきから言っている事が滅茶苦茶じゃない。私たちからお願いするんでしょ?」

「いや、このまま聖女を放っておけば、ケンタウロスたちのビネガーを使って、更なる何かを作り出してしまうかもしれん。それを避けるという意味でも、聖女をこちらへ取り込むなり、殺すなりをする効果はあるというもの」


 あ、ダメだ。

 これ、その聖女さんに、物凄く迷惑を掛けちゃうやつじゃない。

 こんなのだから、お母さんにも逃げられたのに。


「待って。その聖女のところには、私が行くわ」

「おぉ、ようやく次期族長として、俺の後を継いでくれる気になったか!」

「そんなんじゃないわよ……とりあえず、行ってくるから。余計な事はしないでよね!」

「うむ。気を付けてな」


 はぁ。とりあえず聖女さんには、逃げてもらわなきゃね。

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