36「罪と罪」

 希少なジョブである〈死霊術師〉は、ものすごく強い。テイマーやサモナーは、配下に与えるアイテムを購入する必要があるし、設定のあるなしにかかわらず、キャパシティはかなり小さい方だ。月収四十万円と試算した俺の収入でも、馬一頭すら養えないらしい。ダンジョン産のエサがあったとしても、テイマーはそう大きなモンスターを飼えないことだろう。


「まだ隠し玉があったのかよ……!」

「お姉さん、泣いちゃいそう」

「ん。今はこらえて」

「泣いておる場合ではないぞ!」


 おそらく〈死霊術師〉の最適解は、強力な壁役と組んで、自分が魔法アタッカーになることだろう。空間操作でMPを無駄遣いしたとはいえ、強力な魔法を何発か撃つ余裕はあった。


「もうやめろ、勝ち目なんてないだろ!」

「君は、ウンディーネの万能さを知らないからそう言えるんだ。従えている配下が有能であればあるほど、その主は大きな恩恵を受けられる。君も味わっているんだろう?」

「同じにするな……お前みたいなゲスと」

「ゆきみん、ねえ! 私はこっちだよ!」


 死んでいても、人質は有効だった。遠慮会釈なく知り合いを手にかけるほど、冷酷にはなれない。敵が回復すればこちらが負けるかもしれないというのに、俺たちは何もできないままでいた。


 そして、雪見さんも動かない。


「何をしてる、早くしろっ……この僕が死ぬだろうが! 早く!!」


 恫喝に変わった要求は、しかし受け入れられることがなかった。苦しまぎれに撃ったすかすかの魔法は、ナギサとレビの合体障壁で受け止められる。


 わずかに震えたくちびるが、何かを言った。


「くぁあああっ! この役立たずがぁああ!」

「これ以上ッ、ゆきみんに何もするなッ!!!」


 恐るべき勢いで振るわれた剣を、志崎はどうにか受け止めた。二本しか使えない〈流刃〉で、器用に振り回す長物と打ち合う。嘘のために持っていた武器だとはいえ、それなりに長い間扱っていたせいか、かなりの腕前だった。


 だが、軽い。クチナワナンバーの機械的な殺意は、情け容赦なくこちらを殺しにかかっていた。化け物じみた膂力は、回避に成功しても歓喜など許してくれなかった。ほとんど上がっていない筋力と、別に大したことのない速度。死人の扱うそれの方が、よほど恐ろしかったように思える。


 槍と大太刀がからみ合うようにぶつかり、剣は小さな隙間を狙って切り裂く。最低限は上がっているHPも、回避や防御を許さない斬撃に削られていく。


「ぐおむっ、やめろっ、やめろぉ! 僕は世界を動かす側の人間なんだぞ!」

「警察を動かすの間違いでしょ! 見苦しいのよ!」


 研ぎ澄まされた剣が躍り、血が舞い、少女に付着する前に消えていく。この世界の血液は、単なるダメージエフェクトにすぎない。新しい槍を召喚するでもなく、〈流刃〉のように武器生成を使うわけでもなく……マナポイントはほんとうに空になっているようだった。ほとんど動かない雪見さんは、もう何も言っていない。


 まっすぐに突き出された槍をからめ取り、石突へとずらしてかち上げ、自然に手が大太刀の峰へと導かれた。あばらの少し下から切り込んだ刃が、左手で押した勢いのままに進み――心臓までを、深々と切り裂いた。


 がくがくと震えるひざが、地面に倒れこむ。全身に降りかかった血で濡れた体から、赤いエフェクトがはらはら消えていった。


「人を殺した感触は、……どうだい? 罪を犯した気分は」


 勝ち誇ったように、志崎は笑っていた。しかし、俺にとってはもはや気にもならないものだった……何十人もの死人を斬って、腕足も臓物も骨も首も、断つたびに手ごたえを感じてきた。


「もう慣れたよ、お前のおかげでな」


 それだけが、俺が言える皮肉だった。


「何から、何まで……思い通りに、ならないやつだな。君は」

「どこからどこまで思い通りにしようとしてんだよ、お前は」


 俺が志崎に初めて出会った瞬間から、こいつの計画は狂いだしていた。なにひとつ通じることはなく、すべての手札を出し合って、ストレート負けになった形だ。ここまで情報が集まるとも思っていなかったし、こんなに運命に恵まれるとも思っていなかった。なにかひとつ欠けたら、それで詰みだっただろう。


「いやだ、……死にたくない。すずかちゃん! 違う、ちがうんだぼくは、違う……そんなことしてない! 違うよぉ!」


 何を見ているのか、あるいは感じているのか……何十人も犯して殺しては使っていた男は、暴れる力もなくびくびくと震えていた。


「痛い、寒い……違う、なにも、違うんだ違う、みんな」


 絶叫するように口を開いた志崎は、その顔をだらりと横に向けて、口から血を流しながら死んだ。開ききった目を閉じて、弛緩したあごも元に戻す。


「真人間になるのに、遅いなんてないはずだったのにな……」


 雪見さんとなにか言葉を交わしていたらしい羽沢さんも、その消滅を見送ったらしかった。血まみれの男の遺体がひとつ残って、死人たちは全員が消えた。


「組合に連絡しよう。ようやく終わったって」

「……うん」


 解決ではなく、処理のような……ひどく後味の悪い結末だった。

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