34「真相・3」

 応えるように、俺も全員を呼び出す。


「三人もいたのか……。こっちの手札を考えると、そんなに脅威にも感じないけどね」

「どうだかな。そっちこそ、余裕こいてていいのか?」


 行方不明者は四十六人、かなり多いように思えるが、このあいだ二十人近く倒したところだ。これ以上の隠し玉もあるのだろうが、戦力の傾向は偏っている。見たところジョブは前衛ばかりで、後衛はいても五人といったところだった。


「死骸の損傷は抑えたいからね。できれば、一撃で死んでくれればありがたいんだけど」

「うなずくと思ってんのか? ごめんだな」


 二十人近い死人が、いっせいにこちらを向いた。


「君の意思がどうだろうと、こちらには関係がないからね。僕が欲しいのは、君の能力だけだ。事実上、無限に戦力を増やせるのなら……極論、君ひとりを手に入れるだけで世界を相手取れることになる」

「高ぁーく評価してくれるのは嬉しいけどな。お前は今、そいつを敵に回してるんだぜ」


 ガラスの雨が降り注ぎ、統率された軍団の動きを乱す。幾筋もの紐が宙を舞い、敵がそれを何とかしようと武器を振り回すたび、拘束されていく。俺の数倍のステータスを持つ配下たちは、積み上げた時間を丸ごと奪われた死人に匹敵していた。


 一枚のカードが宙を滑り、志崎に刺さる。


「むっ、……カードと言い、大太刀と言い。よくこれだけのものを」

「いろいろあってな」


 武器としての攻撃力はゼロに等しく、ほかの強力な攻撃スキルを手に入れるか、後衛が補助的に使うかという選択肢を迫られるのが「カード」だ。まともに運用しようと思えば、すでに強い状態から弱体化するか、攻撃を捨てることになる。


 しかし、「カード」という武器カテゴリの持つスキルには、攻撃を捨てる価値がある……そうせざるを得ないほどの強力な効果、「封印」がカードの本領だ。返ってきたカードを手に取って、俺は宣言する。


「さすがにMPは多いな。でも、一万はもらったぜ」

「やってくれるね……!」


 攻撃スキル〈シール・ポイント〉は、キャパシティの許す限りのステータスやスキルを封印できる。たったひとつの攻撃スキルを初手で使い切った形になるが、俺にとってはそれでよかった。


 俺の攻撃力はほとんどゼロに等しい。〈水爪の大太刀〉が持つスキルの威力でなんとか戦えているが、どのステータスがどう伸びても、威力は大して変わらないだろう。残念ながら俺のステータスは、レベルが上がってもそこまで伸びていない。どうやっても強くはなりにくいが、本体が強くないのはあちらも同じだ。


 すらりと刀を抜き放った死人は、名簿にあった顔だった。


「こんなことして、この人たちが幸せになると思ってるのか!」

「逆に聞くが、君は命の使い道を考えたことがあるかい? ただ漫然と生きて、何も為さないまま人生を終える気じゃあないだろうね?」


 恐ろしく重い一撃が、意識の隙間を縫うようにやってきた。


 高みの見物を決め込んでいる志崎は、大げさな手振りで言う。


「人生の価値とは! その人が死ぬとき、どれほど惜しまれるかで決まる……! 誰も真剣に探さなかった人間。身元が分からないままでも放置される人間。一人でも惜しむ人間がいれば、人間の付加価値が増したことになると思わないか?」

「悟ったようなこと、言いやがって……!」


 真実だよ、と青年は狂笑する。


「誰にもまともに相手をされず、危険に飛び込む職業へ流れ着き……。行方が分からなくなっても、まともな記録さえ残っていない。友人か、兄弟か、親族か――誰かが心配していれば、僕の起こした事件はもっと早く顕在化していたはずだろう?」


 いくつもの刃を強引にどかすように殴り、死人は攻撃を繰り返す。何度も突き出す大太刀の先端が、肉を裂く。血が出ないだけ、まだマシなのかもしれない。


「答えがあるとすれば、ただひとつ。彼らの命には価値がなかったからだよ。そんな彼らに幸福を与え、彼らの命を惜しむことで価値を与える。僕は君たちをより価値ある生に導こうとしているんじゃないか」

「だったら、太田さんだかを殺した理由はなんだ?」


 わずかに鈍った動きへ大太刀を叩きこみ、死人を袈裟切りにして片付けた。


「親兄弟も友達も大泣きだっただろ。お前の基準なら、その人にはものすごい価値があったはずだ。何より幸福な人生だったはずだぜ。なあ」

「若気の至り、というやつだよ。すずかちゃん……僕はあの子を幸せにできなかった。いくらMPを注いでも、お墓からは出てきてくれなかったよ」

「何やってんだよお前……??」

「人は幸せであるべきなんだ。だからそうした」


 手をかざした志崎は、そして怪訝そうに後ろを見る。


「出てこない……?」

「切り札を温存しておったようじゃがの。わしは空間操作に特化しておる、ちょいと他人の〈格納庫〉に干渉するのも容易いことじゃ」


 大きなクチナワの骨のようなものが、中途半端に開いたゲートの向こうで暴れている。手だけがわずかに出てきたが、空間が閉じたせいか断裂して、手首だけが落ちた。


「出せるのは人くらいか。困ったね」

「ぜんぜん困ってるように聞こえないけどな」

「余裕は残しておくものだよ。クチナワも、こんな大きなものを使わなくていい」

「マジかよ……ッ!」


 ゾロゾロと出てきたクチナワの骨は、たやすく蹴散らされた死人に比べて、かなり開きがあるように思えた。


「やぁあああーっ!!」


 閃光、爆音、舞い上がる土埃。降り立つ足音は軽く、動きはその衣装のように軽やかだった。


「羽沢さん! なんでここに」

「遅れただけ! 今はいいから!」


 白を基調とした、バレリーナ風の鎧をまとった少女は、魔法の剣を躍らせる。恐ろしい数のクチナワが、ナギサやレビとの合体攻撃で消し飛んでいく。


「なかなかやるね。だがどうだろう、これは」


 触れた肌を切り裂くように、奇妙に冷たい風が吹き抜けた。


「ん。危ないかも」

「そうねぇ。止められないかもしれないわ」


 ほとんどの敵を瞬殺していた二人も、口々に言い始める。


 敵の切り札らしい、黒いオーラをまとった天狗のようなものが、ゲートの向こうから姿を現した。


「……剣士、なの?」

「なんとかいうレアジョブらしいよ、よく覚えてないけど。何をやらせても強いから、レベルはそこそこ上げてある。クチナワなら、七つまでは単独撃破できたかな」

「なんだよそれ……!」

「余裕、って言ったじゃないか。君が強いのは「無限に戦力を増やせる」っていう特性の話だ。いま彼女に勝てるかどうかじゃあない」


 オーラがゴワッと噴き上がり、高歯下駄に黒い山伏風のコスチューム、ねっとりと流れるようなエフェクトを帯びた刀が姿を見せた。


「ああ、そうだった……君は羽沢って苗字なんだったね? 彼女と一緒だな」

「っ、まさか!?」

「羽沢リリナ。僕の持っている最高戦力だよ」

「おねえ、ちゃん……」


 行方不明者の写真にあった、口元のほくろがふたつ。天狗の面をつけた顔に、それは確かに存在していた。

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