33「真相・2」

 笑い出した青年は、そしてその服装をまったく別のものに変えた。全身に血を浴びた黒い神官、とでも言えばしっくり来るだろうか。顔つきまでも、粘性を帯びたように感じられるほどに変わった志崎は、そして語り出した。


「死霊術師。なるほどとは思ったんだ、昔から「死」……動かなくなることには興味があったから。でもね、アーカイブにはほとんど例がないし、スキルの詳細を見ても「死体を動かす」ってことしか分からなかった。死体って……いったいどこにあるんだ? ってね。誰だって考えるよね」


 それは、当然の疑問だった。俺だって、いまだにゴミをどう調達するか四苦八苦している。四人目を探し出すときは、きっともっと大変だろう。


「最初は虫の死骸だった。動かすとエネルギーが漏れて、損傷を治すのに別途マナポイントが必要でね、効率が悪いのなんのって……。ま、レベルが上がった今は大したことじゃないけど。術師系統はMPの伸びがいいからね」


 波瀬さんの首元にあった手の形のあざは、本物だったようだ。志崎が持っている武器や、おそらくは波瀬さんのコスチュームも、彼のMPから作り出されたものらしい。


「モンスターの死骸を動かすことも考えたんだけど、倒すまでの消耗と、倒した後に損傷を治すコストを考えると、効率は最悪だった。それに、雑魚モンスターじゃ格上殺しはできないからね……なにより、死体を利用したら素材アイテムが取れない。追い詰められてたと思うよ、僕も」


 テイマー系統は、こういう悩みに陥りがちなのだそうだ。エサ代を賄おうにもうまく行かず、怪我を治療する費用にも苦しめられ、結局探索者をやめることになる人も多いという。志崎だけが特別ではないのだ。


「死骸にもステータスやジョブが残ってる、ってことに気付いたのは、強敵に挑むパーティーが死んでくれないかなと思って観察してたときだった。総崩れで撤退した彼らは、仲間の死骸を持って帰るのを諦めたんだ」


 人間の死骸、という言葉はほとんど使われない。「ご遺体」がふつうで、「亡骸」でも常用されることはないだろう。志崎の倫理がすでに壊れていることは分かっていても、気持ちのいい表現ではなかった。


「運よく手に入ったそれをアンデッド化したら、なんと生前と同じ性能で動き出したんだよ! いやぁ、あのときは感動したな……修復にはすこし手間取ったけどね。レベルも上がるし、装備も交換できる。分かるだろ、この感覚? まさにゲームでいちばんワクワクする瞬間を、僕は味わうことができたんだ」


 きっと睨みつけても、志崎は満面の笑みを崩さない。


「ただね。操る数が四人くらいに増えたときに感じたんだ……僕が戦況をすべて把握するのは、ものすごく難しいって。四キャラ同時操作で、それ以上に多い敵を相手取らなきゃいけない。世界トップクラスの人が訓練してやっと、ってところじゃないかな? オート操作もできるようになったけど、課題が多くてね。思いついたことがあった……指揮系統の段階化だ」


 俺の配下たちは、全員が自立行動できる。俺が指示を出すよりも彼女らに任せた方が強いので、今後もこのままやっていくつもりでいる。


「ジョブもステータスもオリジナル以上に成長していくなら、コマンダー系統のジョブを持ったアンデッドを作ればいい。強いものを召喚できるサモナーはちょうどよかったから、これまででも最高の手順を踏んで加工した。実をいうと、君も狙っていたんだけど……なかなか、家に呼べる機会がなくてね。友達なのに」


 苦笑いが重なって、俺は鼻を鳴らした。


「感情はある程度残るし、そこから暴走が始まることもある。君が見たとおりにね。だから、彼女を抱いた」


 あのときの言葉の繰り返しこそが、死者の本当の言葉だった。そうと知って、より一層やつの所業のおぞましさが増していく。


「ああ、本当に処女だったよ。ちゃんと時間をかけてほぐしてあげたし、休憩も挟んで三回やった。こんなの初めてだって、幸せそうに言ってたな。こうすると気持ちいいよって言って首を絞めて、いく瞬間に死ぬように調整した。だから、彼女はずっと恍惚の中にいる。生まれて初めて言い寄られた男にもらった最高の初体験は、これから永遠に続く」


 人の持つ言葉で、人に近い価値観で言葉が発せられている。だからこそ、志崎の語ることが何よりも汚らわしく感じた。どうしたらこんなことが言えるのか、まったく分からない……どう考えてみても、こうはならない。


「だからほら……使い勝手は最高だよ。いちおう召喚術師だけど、彼女が呼ぶウンディーネは万能だ。上限の三体を呼べば、マナ切れも考えなくていい。彼女はもう死んでるけど、どうかな、きれいだろう? いい死骸だったから、特別にドレスをコスチュームとして用意したんだ。僕のマナでできてる。満足のいく作品なんだ、君の感想も聞きたいな」


 雪見さんの服装が、青い衣から黒いドレスへと変わった。左右をひもで結んだチャイナドレスのような見た目で、隙間からは雪のように青白いショーツの紐がのぞいている。服装を指定することだってDVに分類されていたように思うし、それを死んだ人間にやるなんて正気ではない。


「殺した女で人形遊びして楽しいか? 反吐が出るよ」


 のどを鳴らすように、志崎はくつくつと笑った。


「うん、いいな……その義憤は、きっと強い。その力も含めて、やっぱり君は素晴らしい。ぜひ死骸になってくれないかな? 最高傑作になるよ、間違いなくね!」


 真っ黒い空間が開き、死人があふれ出してきた。

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