32「真相・1」
大きな工場跡地と墓石が見える荒野で、俺たちは石に座っていた。
「なんだい、話って」
「ちょっといろいろ、聞きたいことがあったんだ」
イヴニングに身を包んだ波瀬さん、青い衣の雪見さんが隣同士。少し離れて、俺と志崎が隣り合った石に腰かけている。今日は来られないという羽沢さんを除いては、パーティーの全員が揃っていた。
「志崎。最初に会ったあのとき……お前、いったい何してた?」
「最初っていうと、浜辺だったかな」
「あの防風林に入ろうとしたとき、お前が出てきたよな」
「ああ。あの辺は不案内な人が多いだろうから」
あの老人は、これも見越していたのだろうか。
「金ばさみだけ持ってたけど、なんでゴミ袋は持ってなかったんだよ。あのへん、ゴミ箱どこにもなかっただろ」
「ポーズだよ、ポーズ。ああいうふうにすれば、あそこに近付いても文句は言われないからね……」
人に嫌われる行為を自分からやりに行くのか、と突っ込みたくなったが、言い逃れとしてはそれなりに上手い。
「それと、さ。お前って〈槍使い〉じゃないよな? どんなジョブだろうと武器だろうと、初期スキルくらいあるのに……お前がスキルを使ってるところ、一度も見たことないぜ」
「そういう縛りでステータスを高める装備なんだよ」
「だったらそれを最初に言えよ。俺のジョブは秘密で、って言ったら理解があるふうにやってたけど、本来はそうならないはずだったろ?」
「問い詰められたかったのかい、君は」
うっすらと笑みを浮かべた顔は、たっぷりと余裕をたたえていた。
「敵は強かったし、追い詰められもした。リーチの外に逃げられたり、防戦一方になったりもしたな。ところでなんだけど、俺たちはやってて、お前がやってなかったこと、なんだかわかるか?」
「いちおう先達のつもりだったんだけど……何かな」
スキルでの防御だよ、と言い放つ。
「水とか、剣のオーラとか、刃を移動させてとか。大なり小なりエフェクトが付いてて、見ればわかるようになってる。ダンジョン内での活動を動画にしてる人がいたから、上級者の動きってやつを堪能させてもらったぜ」
「僕も観たよ。同じ動きができるように、努力してる」
「努力は買うよ。でも、その槍は適正武器じゃなくて……スキルで作った、武器じゃないアイテムだな。適正武器ならスキルレベルもあるし、技も出てくる。縛っても新卒レベルの俺たちと同じなら、その装備さっさと外せよ」
「言ってくれるなあ……」
これでもまだしらばっくれるつもりなのか、志崎はうたた寝でもするかのように、目を瞑っている。
俺が集めた証拠は、これだけではない――どうやっても言い逃れできない情報は、すでに手に入れていた。
「歩容認証って知ってるか?」
「どこかで聞いたような気はするね」
先日聞いたばかりの情報を、まるで常識であるかのように語る。言っているこっちも恥ずかしかったが、この際そんなことはどうでもいい。
「左右の足の長さが違ったり、関節にちょっとした特徴があったり。人によって、歩き方はさまざまだから……映像を解析すれば、それで本人を見分けられるんだ」
高校生のとき、ふつうに立っているだけなのに、左右の足が交差している女子がいたことを思い出した。俺の歩き方とあの女子の歩き方を比べれば、きっと足先から大きく違うのだろう。
「ふうん? 手間ひまかけるね、君も」
「自分の魅せ方を知ってる元劇団員、引っ込み思案でうつむきがちな事務員、やたらモテるイケメン。全員が同じ歩き方をしてた」
波瀬イツミ、男女関係のいざこざで引退した元劇団員。雪見りつか、派遣社員で事務員やライン工、コンビニバイトを転々とし、探索者に転落。俺があちこち飛び回る必要なんてなくて、組合と警察が協力してすべてを洗い出していた。
「えらく評価してくれるんだね」
「目撃情報がいくつもあったぞ、儚げな美人に声をかけようと思ったら壁の中に消えたって。監視カメラにも写ってたし、近くの人も「処女を食い散らしてる」だとかって……出てくる前と後で歩き方が違うって、気付いてた」
探索者は超常の力を持っているため、何が起きても不思議ではないと言われている。だからといって、ナンパしようとした男性を水浸しにしたり骨折させたり、あるいは街中に隠れ家への入り口を作るのは条例違反だ。
「悪い噂なんていくらでも立ってよかったんだけどね……さすがに、ナメすぎてたかな」
向き直った志崎は、それでもやはり笑顔だった。
「決め手はなんだったのかな? いろいろとへまをしていたとは思うけど」
「“五人”……って言ったよな、最初に」
「うん? 僕ら五人のことかい?」
「おととい、波瀬さんに会った。駅前で錯乱してて、……体が冷たいし脈拍もないし、間違いなく死人だって思ったけど。〈格納庫〉に入っていって、消えた」
彼女の身に異変があったようには思えない――ほんの数日前に知り合った俺は、そう思っていた。
「四か月前から失踪してたんだって? 就職祝いにって言って、ジョブコスチュームで写真撮ったやつも、捜査資料に入ってたぞ。軍服じゃねーか、あれ」
考えてみれば当然の話で、ドレスで銃を扱う人間などいるはずがない。それに、彼女のジョブは〈銃使い〉などではなく〈
「さすがに、そこは言い逃れできないか……」
「お前と波瀬さん、雪見さんに羽沢さん。それから俺とナギサ……」
「それが?」
「ジョブコスチュームがあるんだ、非現実的な服装をしてる人間なんてゴロゴロいるだろ。ワンピースの女の子が俺の配下で人間じゃないなんて、いったいどうやって分かったんだ? いちばん合理的な考えを言ってやろうか」
聞くよ、とついに消えた笑みが言う。
「あの浜で、俺が何をしたか見てたんだろ。あれだけ大きな音に、めちゃくちゃまぶしい光まで出たわけだから、隠せたとは思ってないけど。ナギサがあの浜辺で生まれた代舞呼だって知ってたお前は、女性を使って誘わせるついでに、ボロを出したんだ」
初対面の女の子が人間でないと見抜いた超人か、あるいは術師の不手際か。ふつうなら二択になるところだが、今回はそうではない。
「最後に、なんだが……〈格納庫〉スキルって、わりとレアみたいだぞ。アイテムボックスに入らないものを、何度も手に入れる必要があるとか……。テイマーなら指輪型のケージを高額で買う、サモナーはキャパシティー内に収めるって感じで、そんなスキルを初期から覚える必要なんてないんだ」
テイマーはエサ代がかかるため、ケージに収まる以上の数は飼えない。サモナーは〈召喚〉スキルにすべてが集約されているため、ほかのスキルは関係ない。
「大きくて、身動きが想定されてないもの……しかも、ジョブとかスキルが設定されてる、人間とかモンスターを入れるのが〈格納庫〉だ。身動きしない人間を入れる、コスチュームも与えられる、他人をしゃべらせる。答えが出た」
その表情は、今まで見たこともないほど凄絶なものだった。怒りのような嘆きのような、あるいは果てしない歓喜のような。
「志崎、お前〈死霊術師〉なんだろ」
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