31「第三の仲間」

「ん。次はどこ行く?」

「有谷川かな。やな言い方だけど、あそこならゴミもあるだろうし」


 ほどよく大きくて、何かしら念のこもっていそうなゴミ……と言われるとまったく思い浮かばないが、どちらかを除外すれば候補は見つかるだろう。資源ごみは絶対にダメだが、それ以外で考えればいいだけの話だ。


 公園から出て住宅街をすこし歩き、マンションと田畑が並ぶ田舎くさい風景を歩く。水が入っていない田畑をきょろきょろ見渡しながら、ナギサは「これなに」と不思議そうに聞いてきた。


「田んぼと畑だな。ここで米とか野菜とか育ててるんだ」

「ん……食べ物ができる場所」

「常識、あるんだったよな?」

「トラは特別。私はそういうのじゃない」


 お金持ちの邸宅で何十年と使われ、海外旅行にも必携だったトランクは、さまざまな経験を積んでいる。海で揺られて砕けていたガラスとは、確かに違うだろう。


「身になる知識の本とか、買った方がいいのかな……」

「ん。欲しい」

「分かった、買うよ。絵付きのやつ、選ぼう」

「楽しみ」


 図書館でもよかったかな、といまさら思ったが、それはあとで考えることにした。


 大きめの橋の脇から、土手の道を経由して階段を下る。広めの河原ながら、川自体の存在感も負けてはいない。新幹線がこのあたりを通るときも、この川と河原の対比はとても目立つのだと聞いている。


「思ったより、汚い?」

「まあ、なあ……川辺で遊んでからゴミ放ってくやつとか、橋の上から捨てるやつとか」

「ん、公園はきれいだったのに、どうして?」

「気にする人が少ないから、かなあ。いまだに邸宅跡に足しげく通う人もいるらしいし、あそこでゴミ捨てたらヤバいって分かるんだろうな」


 要は意識の問題で、県外からの客もいる歴史ある場所で堂々と、というのは誰にだって難しいのだろう。一方の有谷川はというと、夏にちょっとにぎわう年もある、くらいの大したことのない場所だ。ここにゴミを捨てることに抵抗があるのは、よほど育ちのいい人くらいのものだと思う。


 明るいだけで犯罪の発生率が下がる、というくらいだから、「はっきりしている」ことはそれだけ強く働きかけるのに違いない。逆に言えば、誰の目もなく、責任の所在だってすぐに紛れてしまうここは、ゴミを捨てやすい場所なのだ。


「俺にとっては……いや、俺にとっても迷惑だけど。誰かがこんなので助かってるなら、これでもいいんだろうけどな」

「ん、なさそう」


 いつも通りというべきか、ナギサはめちゃくちゃ辛辣だった。


 あの浜ほどではないが、この河原も石ころとゴミが入り混じっていて、かなり歩きにくかった。もとがシステム側の存在だからか、ナギサはひょいひょい歩いている。HPではない方の「体力」は、かなりあるようだ。


「いっぱいある」

「ゴミっていうか、漂着物もあるな」


 上流から流れてきたらしい木の実や流木もあれば、釣り糸やルアーの切れ端もある。そんな中で、ひときわ目に付いたものがあった。


「なんか気になるな。ただのレジ袋なのに」

「ん、私も。数が多い、かも?」


 これまでに二回しかスキルを使っていないとはいえ、勘どころもわずかずつ掴めてきたらしい。透明なものや白いもの、茶色いものなど、ビニール袋のゴミは大量にあった。橋から投げ込まれたものや風で流れ着いたものが、土手で囲まれて低いところへ集まってきているのだろう。


「……ところでなんだけど、めっちゃ光るよな?」

「ん。橋の下、狭い隙間でやる」

「ナイス! それじゃあ、その案で」

「やろう」


 透明なビニール袋をひとつ持ってきて、できるだけ光が漏れなさそうな、秘密基地に使えそうなくらい狭苦しいところに入る。光が漏れてもギリギリごまかせそうだな、と周囲を見てもらいながら、俺はスキルを発動した。


「〈盛衰往路〉!」


 小声でコールしたのにもかかわらず、とんでもなくド派手に光ったうえに、バシャバシャがさがさとすさまじい勢いでレジ袋が集合していく。目を瞑っていても視界が赤紫になるほどのすごい光が、ゆっくりと収まっていって、やがて消えた。


「あらぁ……生まれちゃった」

「ちゃった?」

「お姉さんに思いを向けてくれる人、ほとんどいなかったのよね」

「かもな……」


 健康的なほんのり小麦色の肌に、本物でもこう美しくは見えないだろう、と思うほどに素晴らしいプラチナ色の髪。チューブトップと巻きスカート、というよりはベリーダンス衣装にベールをかけたような衣装だ。白のグラデーションめいた、バリエーションに乏しい色彩でありつつ、ひどく豪奢な印象だった。


 ルビー色の瞳が、まっすぐこちらを見据えた。


「お姉さん、レビって名前なの。よろしくね?」

「俺は小宮ショウだ。こちらこそ、よろしく」


 光が少し漏れていたのか、遠くの釣り人は少しだけこちらを見ていた。


「レビ、君はどんな能力を持ってるんだ?」

「あらぁ、お話してくれるのね? 配下の情報なんて見られるでしょうけれど」


 じつに楽しげに、レビは微笑む。


「一定の方向にだけ強いひもを出せたり、あとは人をだませたり。文字通りの搦め手ばっかりね。お嫌いかしら?」

「いや、どんな手でもいいよ。勝ちたいからな」


 うふふ、とひどく妖艶な笑みを浮かべたレビは、そして〈格納庫〉に入った。


『あらぁ、趣味のいいところ。お邪魔させてもらうわね?』

『なんじゃこいつは……もうちょっと、女の趣味はどうにかならんのか』


 的確にクリティカルをぶっ刺されながら、俺はナギサと歩いて帰宅した。

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