30「決心」

 仲間探しは、より早く行うべき急務になった。


 ゴミだらけの場所を検索しても、思ったように見つからなかった。ところが、ナギサが提案してきたのは、「同じゴミが近くにたくさんある場所を探すこと」だった。


「ん……ひとつじゃ成立しないものは、たくさん集まる。私みたいに」

「そうは言ってもなあ……。そんなもの、あるのか?」

「ん。思いつかない」

「歩いて探すか。春先だし、散歩するにも悪くない天気だ」


 すぐに形が崩れる、同じものがたくさんある――量販品なら何にでも当てはまるように思えるのだが、ぱっと思いついた「空き缶」はどう考えてもマズい。


「ナギサ、そういえば聞いておきたかったんだけど……ナギサが作れるものの制限って、あったりするのか?」

「ん、ある。スキルを付与しないと形が保てない」

「それ、ふつうの人間にはいらないものなんじゃないか?」

「うん。使えないし、使わない」


 トラは、組合と警察が踏み込んだ〈格納庫〉のメンテナンスがしたいようで、「わしはこもっておるからな!」とちょっと怒っていた。


「形が変わるコップ、とか作れても……緩衝材に、ならない。スキルを発動するマナも、ないから」

「探索者以外に売れないもの、作ってもしょうがないんだよな……」


 靴を履いて、戸締まりをする。今日はどこかに出かけているのか、羽沢さんが声をかけてくることもなかった。


 今までは意識していなかったが、ナギサはガラスから生まれた。ほっぺもぷにぷにで、回転寿司に大喜びする子供っぽいところもあるが、それとは一切関係なく彼女はガラスである。ビーチグラスを業者が回収しにくるか、それをリサイクルして瓶にするかと言われれば、そうはならないだろうが……金属資源の場合は別である。


「空き缶はやめよう。何トンも金属を消したら、とんでもないことになる」

「ん。あぶない」

「回収されてないからオッケー、ってな……金属は、ならないんだよな」

「やりたかったら、ダンジョン産にしないと、かも」


 スキル〈盛衰往路〉の追加された説明を読んだ俺は、明確にデメリットと呼べる部分を見つけた。それは、代舞呼よぶこにしたものが現実世界から消えることだ。ナギサとして生きているガラスは当然ガラスに戻らないし、ナギサが命を終えれば彼女自身が消滅する。言い換えれば、代舞呼になったものはもう二度と元の形に戻らないし、成分を取り出すこともできなくなる、ということだ。


 長い時間をかけて、じっくり自然に戻っていく予定だったのだろうガラスはともかく、すぐにでも再利用したいアルミ缶やスチール缶は絶対にマズい。何の間違いでもなく、その辺にある空き缶をすべて巻き込むことになるだろうし、正確に計測できもしない量の鉄やアルミニウムが地球から消える。できあがるものは探索者にしか使えない製品なので、全人類を塗り替える大事件になってしまう。


「散歩、どこ行く?」

「まずは広めの公園かな。梨野公園っていうんだ」


 どうして土地を遊ばせているのか分からないくらい広い、誰かしらの邸宅だったという公園だ。先祖代々このあたりの地主だか豪族だか、とにかく名士だったそうなのだが、没落して滅んだらしい。アパートからは歩いてすぐなので、お出かけにはもってこいの場所だ。


「ん。もう見えてる?」

「ああ、あそこだよ」


 寺社仏閣と間違えるくらい、とにかく巨大なケヤキとクスノキが植わっている入り口が、梨野公園の目印だ。中に人工とはいえ川が通っていたり、それなりに大きな池もあるので、季節も感じられる。


 ナギサは、入り口のケヤキに触れて「ふわ……」と驚いていた。


「おっきい……これが木。すごく、みっしりしてる」

「そうだな。ガラスとはぜんぜん質感が違うよな」


 結晶と液体の中間らしいガラスは、繊維が組み合わさってできた木材とはまったく違う。オノマトペでは「コンコン」と表現される音でも、音の遠さや固さ、軽さも同じには聞こえないことだろう。


「ん。この草、白い毛が生えてる。ガラスみたい」

「どれどれ……どうなんだろうな、これ」

「ガラスじゃない?」

「ガラスが含まれてる草もあるらしいし、もしかしたらガラスかもな」


 地面に生えている草を見たり、ベンチに座ってみたり、ナギサは公園をとても楽しんでいた。俺も、昨日のことをほとんど忘れそうになるくらい、ナギサの笑顔に救われていた。


「ん……忘れてた。ゴミ探し」

「いいんだ。ここには、ゴミなんてないのが正解だから」

「そうなの?」

「けっこう歴史ある土地で、ボランティアもしょっちゅう来てるからな。このあたりじゃ一番きれいなところなんじゃないか?」


 なんで来たの、と当然の疑問を口にされてしまったが、俺は笑ってごまかした。


「ん。戦わなくていいの?」

「そのつもりをしてても、さ……」


 お膳立ては整っている。情報は、交錯しているように見えて、何もかもがまっすぐにつながっていた。すべての情報が俺というひとりの人間に集まった今、答えを出さないわけにはいかなかった。


「ナギサたちは、俺が死んでも問題ないよな?」

「ん。トラに〈格納庫〉渡してるから、ダンジョンの生き物になる」

「それ、けっこう大問題じゃないか?」

「たぶん、モンスター扱い。組合に加入したりとか、できたら勝ち、かも」


 じいちゃんには「心配ない」とメールをしているし、ばあちゃんにもそう電話していた。ここへ来て、初めて限界が来た――自分を鼓舞するように、SNSを開く。グループ全員が沈黙している、社会人だとしてもこんなことはあり得ないだろう、と言いたくなる惨状だった。


『明日はどうする?』

『アダンタルでいいんじゃないか?』


 少し経って帰ってきた言葉に、うなずいておく。


『そうしよう』

『十時でいい?』


 スタンプを送って、俺はアプリを閉じた。

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