24「買い物・1」

 小滝の探索者組合会館は、とてつもなく大きな建物だった。インフラを一手に担い、警備会社や軍事力の統率に近いことまでしているため、組合の金銭的な余裕は大きい。その末端に自分もいることを痛感しながら、俺は車を降りた。


「それじゃ、行ってくるねー。お昼時に集合ね」

「ああ、分かった。俺も行ってくるよ」


 さっきの話がウソだったかのように、羽沢さん――羽沢ネアは笑顔で去っていく。あれだけドスの利いた声を出していたことも、突き刺さりそうなくらいに真剣な目も、面影すら残していない。


「なかなかに聡いようじゃのう。吉と出るか凶と出るか」

「協力者が近くにいれば、ありがたい限りだと思うけどな」


 知りすぎたものは始末される、なんて展開はフィクションでよく見かける気がするが、それは敵側がこちらを上回っていればの話だ。誘拐が起きるペースはひと月に一度あれば多い方で、単独行動をしたときに限られている。


「問題があるとすれば……ダンジョンで行方不明になってるときのことと、帰ってきたときのことがわかんないってことだろうな」

「ん。無事じゃない証拠があればいい?」

「ああ。――証拠? あっ、もしかしてこれって」

「いまさら気付いたか……あちらが気付いておる理由は、それに決まっておろうが」


 五人で作ったSNSのグループで、雪見さんの口調がまったく変わっていたのを思い出した。あのときは、男の家にでも泊まってテンションがおかしかったのかと思っていたが、ほかにも妙なことがあった。


「このスタンプ、なんか押してるタイミングがおかしかったんだよな……」


 キャラクターグッズとしてのスタンプは、キャラ一人分がセットになっているものだ。よく使うものや履歴に残っているものならともかく、友達がほとんどいない彼女が、何種類ものスタンプをログに残しているとは考えにくい。端末で調べてみると、あのキャラクターの「忘れないでね」スタンプはほかのキャラと抱き合わせ販売で、マイナーすぎるのか、ほとんど最後にあった。半秒のラグもなしに送ることは、まず不可能だろう。


「画面を二人が触っておったとでも言いたいのかのう」

「いや、それはないだろ。端末、一人が片手で持てるサイズなんだから」

「ともかく、じゃ……すでにあやつの文面を知っておったネイは、敵の動きに感づいて探りを入れたんじゃろうな。その結果がこれじゃ」

「心霊現象じゃあるまいしさ……」


 考えるのがいやになった俺は、車の脇で話すのをやめて、会館へ入ることにした。




 ほとんどフリーマーケットのような、もしくは物産展のような……現代日本の基準で言うとコスプレグッズにしか見えないものが、ごちゃごちゃに並んでいる。武器も防具もあるが、どれだけ惹かれても武器は不必要だ。〈水爪ミヅメの大太刀〉よりも強い武器があったとしても、武器スキルには貢献しないし、高額すぎて買えないだろう。


 ネガティブな引き算思考もたまには役に立つな、と考えながら、俺は軽装の防具を取り扱っている場所へ入る。二人は手をつないで仲良く歩いているので、あとで回収すればよさそうだった。


「よっ、けっこう体格いいのに軽装探してるのかい」

「これでもサモナー系でして。いちばん軽いのから見せてもらえませんか」

「いいよ。装備補正は低くなるけど」

「防具が揃わない方がマズいんで……」


 そりゃそうだよなあ、とサングラスの青年も笑った。


「サモナー系だと、MP増えるやつ? キャパシティー増やしとこうか」

「今のところ、どっちも使ってないですね……」

「ふうん、自己進化系かな。異常耐性積んどく?」

「そっすね、それで。やっぱMP増えるやつも……」


 足元のアイテムボックスをガサゴソやりながら、青年はつぶやく。


「おれ、占いもやってるんだけど。どうかな、占ってく?」

「いや、別に……」

「ああ、ごめん。これ「魔眼」っていうんだ、れっきとしたスキルだから。当たるよ?」

「うおっ、だからサングラスを」


 まるでダイアモンドをはめ込んだような、あからさまに義眼だと分かるものが、ちらりとずらしたサングラスの奥にあった。


「無償でやってるし、おれもやりたいからさ。なっ?」

「まあ、いっすよ」


 にかっと少年のように笑った彼は、俺の顔をじっと見た。


「ふうん、ずいぶん多く殺すんだな。ジェノサイドってほどじゃないが、ふつうの人生じゃないのか」

「え? 殺すって、何を」

「俺は割り切ってるからね。モンスター相手にわざわざ“殺す”なんて言わない」


 ゾッとするようなことを言いながらも、その表情はあくまで無邪気だった。


「決断は早いが、タイミングが合わないのか。残念だけど、君が救えるものはほとんどないな……こんなにマイナスに飲み込まれてる人も珍しい」


 何を見ているのかはまったく分からないが、占いでこんなことを言われても困惑するだけだ。相手の言葉は矢継ぎ早に出てきて、止めようもなかった。


「これは面白いなあ。なるほど……魔眼を使った甲斐があったよ。とりあえず、君の適正武器を教えてあげる」

「へっ? あるんですか俺に」

「ちょうどこのあたりの時間で決まるみたいだ。未来……今日の夕方には持ってるね」

「マジか……ってかありなのかそれ」


 ほら、と渡されたものはカードだった。


「カード……?」

「カードだよ。投げて使うんだ」


 ほとんど聞いたこともない武器だったが、端末の探索者用ARアプリで見ると、確かに武器としてのプロパティが出てきた。


「便利だよ、カード。ちょっとコツは要るけど」

「はあ……投げるんですかね」


 基本はね、と青年は笑った。


「投げても強いし、防御もいけるよ。あと、本懐はそこじゃないんだ」

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