25「買い物・2」
あれこれと話を聞きながら、俺はものすごく軽い防具をいくつか仕入れることができた。シャツとズボンの重量なんて考えたこともなかったが、学ランがハンガーから抜けて落っこちたとき、それなりに重そうな音がしたのを覚えている。きちんと意識している人は、風呂上がりに体重を測るというから、案外重いものなのだろう。
「どうだろう、いちおう五万円くらいの予算で考えてみたんだけど」
「おお、安いな……すぐ買います」
貯金を崩さないギリギリで十万円くらい、そこからもうわずかしか上乗せの投資はできないので、なんとかほかの買い物ができる限界すれすれの金額だった。
「カードはおまけしとくよ。君にとって、それがいいみたいだしね」
「そりゃどうも……」
ジョブのことはすでに見抜かれているようだ。隠す必要があるのかないのか、最近ではよく分からなくなってきている。パーティーメンバーや信頼できる仲間でもなければ、明かす必要はないのだろうが……どうやって信頼を勝ち得るかも、悩むことになるかもしれない。
「それじゃあ、いちおう性能を解説しとくよ。名前としては「陽炎シリーズ」っていって、「エメロドラグーン」素材の防具だ」
「トンボでしたっけ。ラピスガーデンの」
「そうそう、それそれ。とにかく数だけが異常に多いのに、ほぼ無限湧きで素材がいっぱい溜まる。そんなわけで、捨て値で素材が入ってくるんだよね」
「おお……下からすると、ありがたいですね」
探索者の人口は、思ったよりは少ない。しかし、「ここは儲かる」と毎日のように攻略されるダンジョンがあれば、そこから取れる素材はどんどん蓄積されていく。レシピ通りのアイテムを規定数集めればいいシステムの都合上、死蔵されるアイテムやあふれるアイテムも出てくる。ラピスガーデンのトンボといえば、その代表例だ。
「猛毒耐性に麻痺耐性もついてる。でも、セールスポイントはやっぱり「支配」耐性かな? ベテランだと暴走耐性に切り替える人が多いけど、けっこう重要だよ」
「ゲームでいう混乱っすよね」
「近い。女王蜂とか竜王とかが持ってる「支配」を無効化できるんだよね。仲間が同士討ちさせられないように、サモナー系にはぜひ持っててほしい装備だ」
「おお……」
俺ひとりが装備するだけで、配下全員に効果が発揮されるタイプのようだ。いくら素材価格が大暴落しているとはいえ、びっくりするほどお得な価格だった。
「軽いから、防御力はかなり低い。そこだけ注意してね。属性耐性もほぼないようなものだから、ほかで補填するか、行く場所を選ぶのが吉かな」
「今のとこ、問題なさそうですね」
「ならいい。耐性が強いだけで、ほかはお値段相応だからね……過信はしちゃダメだ。占いと同じ」
「覚えときます」
いくら防御力が低いと言われても、俺が今まで装備していたのはベルトだけだ。そんな状態と比べたら、全身分の装備が揃うだけでも倍以上は強くなるだろう。
目的を終えたので、俺は露店が並んだ場所をてきとうに通るだけ通って、会館を抜け出した。予算も欲しいものもないので、買い物を続ける理由はない。とっとと駐車場に戻ろうと歩いていると、急にトラとナギサの二人が現れた。
「買えたかの?」
「ああ。テイマーにありがたい防具、ちゃんと買えたよ」
「ん、よかった。相談」
「どうかしたのか? 予算はあんまり余ってないけど……」
張り詰めた空気で、直感的に買い物の話ではないと察した。
「ショウも、〈格納庫〉入れるようになった」
「おお! これ、けっこうすごいことじゃないか?」
「ん。緊急のときだけ」
「そ、そうだな。そうだけど……トラ、どうしたんだよ」
どこから来たとしても、〈格納庫〉を経由すれば俺のすぐ近くに行ける。駐車場にほど近い街路樹の茂みに向かいながら、俺は横目でゴスロリ少女の言葉を待つ。
「隠し玉を用意しておかんか? どうにも、心もとないように感じての」
「隠し玉……って、今から増やすのか」
トラが言おうとしていることを文字通りに捉えることはできない――今から戦力を増やしておこう、という考え自体はギリギリ納得できるものだが、それをしなくてもいい理由がある。羽沢さんとお互いが知っている情報を交換し合ったのだから、より信頼できる仲間が増えた、と考えるのがふつうだ。
ここで個人的に戦力を増やすということは、彼女への背信に他ならない。そして、それを提案してきたトラは、彼女を信じていないということになる。
「まだ分かっておらんようじゃが……敵が誰かは未だにはっきりしておらん。人である、という一点を除いてはな。疑う理由が消えたわけでも、戦う理由が失せたわけでもないのじゃぞ」
「彼女を疑うのか、まだ?」
用事終わったよ、とメッセージが飛んできたので『もうちょっと時間ください』とごまかしておく。
「どうもあやつ、少ない根拠でも決めてかかっておるように見えてのう……あやつなりにでも、決定的な証拠だと思うものを見つければ、暴走しかねん。あれがこちらに向けられて、戦えるか?」
「いや、キツいな……かなり。未完成とかなんとか言ってるけど、真っ向からパワーで押し合いになったら負ける。まあ、でも」
スポーツ少女らしい見た目の羽沢さんは、かなりの速度で突っ走ってきた。
「なに、密談?」
「そろそろ仲間を増やそうかって相談をしてたんだ」
なぜ言うのだ、という顔を一瞬だけ見せたトラは、しかし平静を装ってかぶせる。
「わしは戦えんからのう。もうちょいと、手札を補充しようと思っておったんじゃ」
「むっ、もしかして一人でワンパーティー作っちゃうつもり? ハーレムかよー」
「こいつらがどういう存在かにもよるな……」
「ん。個別に大好きな子は、現れるかも」
やーいふられてやんのーとクソほどからかわれながら、俺は回転寿司に向かう車に乗った。
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