20「疑念」
アパートの扉を開けた瞬間、トラが仁王立ちしているのが見えた。ただならぬ雰囲気を感じて、俺は「えっと」と声をかけるのをためらった。
「な、何かあったのか……?」
「何かもなにも、おぬし、気付いておらなんだのか?」
「何に」
「おぬしが踏みかけた穴は〈格納庫〉じゃぞ! おぬしらの仲間に裏切り者がおる、人さらいか何かをやっておるはずじゃ」
急にとんでもないことを言い出したトラは、用意していたらしい夕食を温め直しつつ、ものすごく不機嫌そうにしていた。
「人さらいか何かって……できないよ。探索者は免許の提示が必須だし、更新もしなきゃいけない。当然、出入国管理でも出さないと犯罪だ」
「すでに抜け穴が出揃っておるではないか。更新の年月日以内、国内から出なければよいということじゃろ?」
ゴスロリの童女でも、俺と同等以上に会話ができる……知ってはいても、気圧されてしまうのが不思議だった。
「確かに、最近このあたりで行方不明者が出てるらしいけど……」
「それ見たことか、容疑者がおるのではないか」
探索者が行方不明になる事件が相次いでいて、組合も捜査に乗り出している――ネットニュースでも、かなり上の方に表示されている事件だった。実際に何が起きているのかということすら調査中で、犯人がいるのかいないのかさえ不明らしい。
「この人たち、全員が泊まりがけで探索に出かける人だったみたいだからなあ。捜索願が出るまでけっこうタイムラグがあって、その後の目撃例がある人もいるとか」
「ややこしいもんじゃなあ。結局、全員が行方不明になっておるんじゃろう?」
「結論としてはそうっぽいな……有谷から空瀬あたりが範囲らしいから、犯人がいるとすればこのあたりなんだろうけど」
「とにかく、じゃ。間近から操作せねば〈格納庫〉は開けられん、そしてこのスキルを持つのは人間側なのじゃ。足をくじくであれ、おぬしを誘拐するであれ、危害を加えようとしたことは間違いない」
インスタンスダンジョンに入ることができるのは、パーティー単位で集まった人だけだ。入った後から連絡してパーティーを組むことはできるが、その場合は分かりやすいアナウンスやメンバーの瞬間移動が起こる。それ以外に「人が間近で操作する」ことができるとすれば、トラの言った通り、メンバーの誰かに裏切り者がいることになる。
「わしはメンバーを誰も見ておらぬでな。思いつく限り、述べてみるのじゃ」
「志崎、羽沢、波瀬、雪見、……まあ、波瀬さんはないかな?」
「なぜじゃ。わしは何にも知らんぞ」
「あの人のジョブ、銃士だから。武器はいつも背負ってるし、空間系のスキルはひとつも持ってないはずだ」
ふむ、とトラはうなずいた。
自己申告とはいえ、高適性のジョブコスチューム持ちが、本分と関係のないスキルを習得するとは思えない。剣士は斬撃・切断系のスキルをいくつも習得するが、全体回復や望遠観測のような方向へは向かわないものだ。あの人に怪しい部分があるとすれば、あのとき出てきた死人に似たコスチュームを身に着けていることくらいだろう。そんなもの、難癖にしかならない。
「雪見さんは……そういえば、サモナーか。〈格納庫〉はまったく必要ないから持ってないだろうけど、部屋に帰ってないんだよな」
「都度呼び出すものじゃから、当然ではあるが。ちょいと怪しいのう」
こちらもジョブコスチューム持ち、探索者業を始めた初日からウンディーネ三体を呼び出すという、とんでもない素質の持ち主だ。誘拐するのではなくされる側なら納得も行くが、彼女は俺たちの前に姿を現している。居所もだいたい分かっているうえに連絡もできるので、心配する必要はないだろう。
「羽沢さんはどうだろうな……車持ってるから、誘拐自体はできそうだけど、隣の部屋にいるし。誰か連れ込んだら一瞬でわかるよ」
「当然じゃな」
「ジョブも〈精霊剣士〉だし、空間系のスキルは、よっぽど強い精霊と契約しないと生えてこないんじゃないか?」
「可能性自体はあるんじゃな。信じすぎてもいかんぞ」
言葉の冷たさが、逆に暖かく感じられた。
召喚術師は、じゅうぶんに強くなった配下の能力を、自分に足し合わせることができるそうだ。いくつものスキルを持つ精霊を従えれば、彼女はいくらでもスキルを手に入れることができる。可能性の話であって、現状はまったく関係なさそうなので、彼女を疑うのも難しいものがある。
「志崎は……うーん。あれが実力じゃない気はするな。いろいろ知ってるから、実働時間が短かったのかも」
「ジョブは何なんじゃ」
「槍使いだな。武器は上等なのに、わりと弱いよ」
「本体のレベルが低すぎるのかのう。ステータスが伴っておらんと、そうなるようじゃが」
顔だけはいいので、今まではホストか何かだったのかもしれない。知識量だけは本物なのに、前衛としての性能は俺と大して変わらない。〈槍使い〉は突き・切り・薙ぎなどの技と槍投げを覚えるそうだが、これまた空間系のスキルとは縁がない。
「全員、別に疑わしくなんてないぞ。無理やり疑うなら、また別になるかもしれないけど……」
「ならば、ひねり出すのじゃ。手遅れになってはいかん」
「うーん。波瀬さんがもとから敵側だった可能性とか、いまの雪見さんがいなくなる前にちょっと現れただけの状態かもとか。羽沢さんがすでに精霊を隠し持ってる場合とか、志崎がジョブをぜんぜん別に申告してる可能性とか……?」
「あるではないか、たくさん!」
そう言われても、こんなもの「男はみんな痴漢予備軍」くらいむちゃくちゃな言いがかりである。服装が似ているだけだとか、一日いなくなっただけだとか、隣人でもだましているかもだとか、悪意があって偽装しているだとか……そんなことを、仲間に対して思いたくなかった。
「ともかく、じゃ。明日は防具を新しく買うんじゃったな。仲間と再会したとき、戦いになったとても対応できねばならんのう。よく選ぶのじゃぞ」
「……可能性として、考えとくよ。防具はちゃんと選ぶ」
その警告が、近い将来ほんとうのことになるとも知らず――俺は、生返事でごまかした。
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