19「予定の話」
電車に乗ってやってきた都合上、俺と羽沢さんはアパートまで一緒に歩くことになった。何かしら買い物や身支度に時間を取られるかと思っていたのだが、ジョブコスチューム持ちは衣装を洗濯する必要がない。汗臭いジャージの男と隣を歩いて大丈夫なのか、と思っている俺をよそに、羽沢さんはとくに何も思わず歩いているようだった。
「そういえばさ。今日、あの子たちは?」
「トラは戦いに向いてないから、ダンジョンじゃ出てこないんだ。ナギサは……頼み事したら、かかりっきりになっちゃってさ」
「刀のこと?」
「鋭いな。……色でバレたのか」
そうだよ、と彼女は苦笑いした。
「何か縁があるかな、とは思ったけど。新しいの作ってもらってるの?」
「強化だけだよ。まあ、それも難しいみたいなんだけど……」
自分だけが持っているアドバンテージだ、と思っていたが……どうやら、羽沢さんの使う魔法剣も、仕組みはかなり似ているようだった。
「そういえば、聞いておきたかったんだけど……精霊魔法って、いったい何ができるんだ?」
「全属性の劣化バージョンかな、今のとこ。ネットで情報見たらへこんだ」
「世界二位と同じなら、大器晩成型とかなのか?」
「んー、どうだろう……あたしもサモナー系っぽいんだけど、育て方がわかんなくて。アドバイスとかもらえないかな?」
「いいよ、いくらでも」
「ありがと。歩きながらにしよっか」
探索者“組合”は日本にしかないが、「ユーロ・ダイバーズギルド」など、国ごとに違った名称で同じような組織がある。どの国でも、ダンジョンがあってモンスターがいて、下手をするとあふれてくるからだ。アジア総合の「潜淵孔」という組織に所属する「チゥ・ロゥジィエン」という女性は、世界各国の探索者の中でも、「討伐スコア」と呼ばれるパラメータで二位にいるらしい。
「スキルを使うと熟練度が溜まって、スキルレベルが上がる……よな? 成長させる要素って、召喚中にエサやりするとかか?」
「それがさー、精霊を見つけてから仲間にして育てて、ってやらないといけないみたいで。なんとなく、こみっちのに似てない?」
「あの魔法って、じつは無属性だったりするのか」
「うん……ジョブコスチュームにある宝石、精霊を惹きつけやすいみたいなんだけどね」
日本の組合はデータアーカイブをインターネットで公開しているが、「潜淵孔」はかなりの秘密主義であり、上位陣で名前が知れ渡っているのは世界二位さんくらいだ。組合でも、前例がないジョブの情報や、先駆けとなる例が公開を拒んだ情報は、掲載がかなり遅れる傾向にある。必然、一般人が〈精霊剣士〉の情報を知る手段はなくなってしまう。
「組合に問い合わせたりしなかったのか?」
「情報が集まったら教えてください、の一点張り。だめっぽい」
「困ったもんだな」
「ほんとだよー、もう」
駅に到着した。平日の昼過ぎという微妙な時間、田舎の駅に人は誰もいなかった。
「俺はわざわざ探す必要なかったけど、そうだな……魔法使いで精霊を使役してる人っているんだろ? そういう人に聞けばいいんじゃないかな」
「ありかも……っていうか、それしかないかー。でもさ」
不思議だよね、という彼女はどこか遠くを見ている。
「ダンジョンじゃないこっちの世界にも、精霊がいるんでしょ? その子たちにもゲームみたいなステータスがあって、さ……」
「あるのか、後付けなのかは分からないけど。いるんだよな、実際に」
実在が証明されていないものは、おしなべて「オカルト」としてまとめられている。空想の世界を舞台にしたゲームはいくらでもあったし、そういったゲームを現実にしたとしか思えないダンジョンは出現した。
俺の就いている〈ゴミ使い〉でなくても、現実世界のものをダンジョンに持ち込めるジョブが存在する――これは、画期的な発見かもしれない。
「でもさ、だとしたら……最弱の状態でアレなのか?」
「ん、そうなるよね。強くならないとなんだけど」
今日の「アダンタル弔慰霊廟」は、レベルで言えば二十を超えるような、とても数回の挑戦で向かうようなダンジョンではなかった。装備もろくに整っていない状態で挑んだが、本来ならあそこに行くか、という話になるまで半月以上はかかるだろう。防御に関してはかなりのものがある俺たちでも、五人揃って昼過ぎまでかかったのだから、同じレベル帯の探索者にはほとんど不可能といってもいい。
「レベル、まだ十四なんだよな……」
「そりゃ、そんな簡単には上がらないよー。これでも早いよ?」
言われてみれば、二回の探索でこれなら、恐ろしく早い方だ。適正レベルをはるかに上回る敵を倒し続けた俺たちは、かなりのハイペースで強くなっている。そのうち、レベルだけでは太刀打ちできない強敵も現れるのだろうが……今のところ、苦戦するビジョンは見えなかった。
「明日は小滝の方に行ってみようと思ってるんだ。防具、替えたくてさ」
「ベルトだけだよね? 防御力めっちゃ低そうだもんね」
「羽沢さんも、魔術師の組合に行ったらいいんじゃないか?」
「だねぇ……お? ちょうどマーケットと組合会館近いじゃん!」
彼女が見ている情報を俺も検索してみると、小滝の組合には、それなりに有名な魔術師が何人も所属しているようだった。
「どうせだし、車出してあげよっか?」
「いいのか? 助かるよ」
「いーのいーの、あたしも防具見たいし」
「ありがとう。それじゃあ頼むよ」
話はとんとん拍子にまとまって、俺たちはそれぞれの部屋へと帰着した。
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