18「アダンタル弔慰霊廟・4」
ダンジョン内の安全地帯は、思ったよりも多い。モンスターのいる場所はかなり限定されていて、感知圏内に入るまではとくに何もしてこないからだ。インスタンスダンジョンだとさらに顕著で、巡回ルートの範囲はものすごく狭い。ときたま隠れたレアモンスターもいるそうで、見つけるとハイリスク・ハイリターンながらいろいろと手に入るらしい。
ボスを討伐した後の玄室は、ひどく静かだった。明度がある程度確保されていて、遅れてやってくるモンスターもいない。安全だけを考えれば、ここで休憩するのが一番だろう。俺と羽沢さんが隣同士、わずかに離れて志崎、壁際には波瀬さんと雪見さんが姉妹のように並んで座っている。
なぜか隣にいる羽沢さんは、俺の弁当箱をのぞき込む。
「こみっち、お弁当どうしたの?」
「昨日の残りを入れただけだけど」
「それにしちゃー凝ってますなー、このこのぅ」
「仲良しですね……」
雪見さんに突っ込まれつつ、俺はお好み焼き風キャベツ餅とアクアパッツァもどきを少しずつ食べる。トラの作ってくれた料理は、不思議なくらい懐かしさや慈しみを感じて、とても落ち着く。
「お弁当って、別にちゃんと作らなくてもいいだろ? なんなら昨日の晩に用意しとけばいいし……」
「小器用なこと言うなこいつぅ、主婦かー?」
死ぬほど適当なささみとブロッコリーのチーズ焼き、それにスペースいっぱいに詰め込まれた白米、男子高校生が自分で作ったのかと思うようなお弁当である。聞く限り、そんなに料理が得意そうではなかったので、そこらのパンではないだけマシなのだろうか。トラがいなければ、俺もパンふたつくらいで済ませていたと思うが。
「ずいぶん仲良しだね。何かあったのかい?」
「たまたま、アパートが隣だったんだ。買い出しも一緒に行った」
「ふうん、面白いこともあるものだね」
「安アパートだからねー。住み着く人もいろいろあんのよ、たぶん」
何かをごまかすように、羽沢さんは肩をすくめた。俺にはあれだけあっさりと打ち明け話をしたのに、何かしら隠しておきたいことがあるようだ。
「そういや、ゆきみんと波瀬ちゃん、なんか同じもの食べてない?」
「カロリーバーか? ふたりとも?」
雪見さんについてはいちおう納得できるのだが、どこからどう見てもスタイル抜群の美女である波瀬さんまでこうだと、どこか変な感じがする。顔がいいのは自己管理がきっちりしているからだよ、とばあちゃんが言っていた気がするのだが、違うのだろうか。
「今日は用意できなかったの。ちょっとね……」
「いろいろと、ありまして」
波瀬さんは、雪見さんの首元に手を回した。意味を察した俺たちは、「ああ、なるほどね」と話題を流してしまうことにした。
朝帰りした理由、それに「買い出しならあの人と行く」という発言――どうやら、出会って初日に美女にナンパされて、そのままお泊まりコースだったから、ということらしい。こんな肉食系だったのか、と意外に思う部分もあったが、ほとんどすべてが腑に落ちるのも確かだった。
視線を外した俺は、もう一人に行き着く。
「志崎は……自作っぽいな」
「総菜パンっぽい、コッペパンのアレンジだね。最近ハマってるんだ」
「くぅう……女子力が男性陣以下……!?」
「俺は自作してないぞ。ってかアレンジで女子力って……」
ぐわー、とわざとらしく嘆く羽沢さんは、そんなことをまったく聞いていないふうだった。別にいいか、と俺は残り少ない弁当にラストスパートをかける。
「今日の儲けっていくらくらいになるかな」
「インスタンスダンジョンは、一回潜れば五万円くらいになるかな。ボスドロップが多めだったら、五千円くらい上乗せもされるよ」
ぽつりと漏らした程度の言葉に、志崎は詳細に答えた。何年も探索者をやっているというだけあって、強さは別として、知識はかなりあるようだ。〈槍使い〉なんて、ステータスが上がりやすいジョブの代表例に思えるのだが……わざわざ初心者の俺たちと組まなければならない、特別な理由でもあるのだろうか。
「おお……これで修繕費が無料だったら、すごいことになるな」
「ははっ、言うじゃないか。ジャージと刀だけなんだろう?」
すこし悔しさがにじんでいるように感じるのは、武器の等級が高いほど修繕費も高い……志崎の槍が、かなりの金食い虫だからだろう。装備のことは、ジョブと同じく隠した状態で、羽沢さんにすら詳細は打ち明けていない。
免許取得時に配布されたベルトは、あと数回のダンジョンアタックを経ても問題なさそうだ。もともと攻撃をほとんど受けていないので、防具の耐久値はちっとも減らない。そして、アクセサリーには耐久値が設定されていないので、大太刀を修理する必要はない。一回あたり平均で三万円、五~六回ごとに装備を修繕する……週に三、四回ダンジョンに潜るのが常識だそうなので、その通りに計算すると、軽く考えても月収四十万円だ。
「今日のところはこれで帰るとして……明日はどうする?」
「ズタボロだし、あたしはパスかなー。二人はー?」
「かなり魔力を使ったので、ゆっくり休もうかと」
「そうね、私も。集中しすぎて、ちょっと目が痛いくらいだもの」
順繰りに感想を聞いてみても、連日ダンジョンに潜りたい人はいないようだった。かく言う俺も、飛んだり跳ねたりと無茶な動きをして、大太刀を幾度も振るって、びっくりするほど疲れている。
「じゃあ、明日は休みだな。ゆっくりするか」
全員が食事を終えて、その日は解散になった。
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