17「アダンタル弔慰霊廟・3」
不思議なことに、それからは一度もトラップに出くわさなかった。そして、アンデッドのおぞましさも増していった。クチナワナンバーの失敗作なのか、死体だからと無茶な改造を施したのか、四本腕の骨が大暴れしている。
「なんなんだよこいつは……! ってか出てくるの人間じゃなかったのかよ!」
「つべこべ言わない!」
頭蓋骨の形を見る限り、クチナワの骨バージョンらしい。もとになった生き物がどれだけ冒涜されているのか、ちょっと考えたくもないが、ともかく材料として便利な生き物だったのだろう。現実でも「実験がしやすい動物」というものすごい言葉を聞いたことがあるので、ダンジョンではクチナワがそうだったようだ。
地面を叩き、二本ある尻尾を振るい、敵はすさまじい勢いで攻撃を仕掛けてきている。痛みもなく強度でも勝っているために、動きがまったく鈍らない。速度は同じくらいだが、大きさからくる威圧感がものすごかった。
「思ったより、手数で負けてるのか……?」
三つの刃を自在に操れる俺と槍で受け流せる志崎、受けることなく避けて魔法の壁で止める羽沢さん――防御できる壁になるものは五枚だ。ところが、敵の攻撃手段は四本の腕と二本の尻尾、合計で六つある。攻撃を止めようとしても、どうしても無理が出てくる。それを補う手段があれば別だったのだが、思ったよりもうまくいかない。
「もうちょっとスキルないか!?」
「あったら出してるからっ!」
「残念だけど、右に同じだ!」
「マジかよ……!」
攻撃に攻撃を当てて止める技術もあるし、武器で受け流すパリィという技術もある。それでも、そういった努力がまったく無意味に思えるほど敵はいい動きをしていた。まさしく化け物じみていて、どこか異様に思えるくらいだ。
「ねえ、あの動き……」
「どうした?」
大きく腕を弾いた羽沢さんは、俺の方へ跳んできた。
「腕が一本ずつ違う動きみたいに見えない? 別々の糸につながってるみたいに」
「なる、ほど……たしかに、そうかもな」
左右の手を別々に動かすことは難しい。それはモンスターでも同じで、クチナワでもランクごとの武器の扱いの練度は正確に定められていた。「二つ防人」だと攻撃も防御も甘かったが、「四つ浪人」ではしつこく攻撃の隙を狙ってきた。「六つ近衛」にいたっては、全員で攻撃しないとまともに削れないほど、隙が少なかった。
モンスターが強い理由は、しっかりと決められているのだ。
「志崎。あいつの腕、一本ずつ別々に動いてないか?」
「うーん……ネクロマンシーでいう、複数の魂が憑依した状態なのかな?」
「そんなのあるのか!?」
「聞いたことがある。かなり強烈な改造を施していないと、いくつもの魂を入れることは難しいんだけど……あれは、条件を満たしていそうだね」
歴が長いと、自分のものとは違うジョブの情報も持っているものらしい。
腕にそれぞれ違う色の炎が灯っているといったような、分かりやすい指標はない。動きを観察しながら、俺たちは情報を更新し続ける。
「尻尾は二又、両方が独立しているみたいだ!」
「頭と右上、同じみたいだぞ!」
「左下、独立しているようです」
「ゆきみん、やるぅ!」
攻撃のリズムはひどく乱れているように見えるが、数が増えていけば規則性も見えてくるものだ。同じ流れに乗ってくる攻撃を俺が受けて、それとはズレた攻撃を俺以外が受ける、そういったフローがゆっくりとできあがってきた。
「かなり傷んできたね……そろそろ壊れるか」
「そのままお願い!」
自由自在に揺れる尻尾に、志崎はかなり柔軟に対応していた。槍は大太刀と違って重心をフレキシブルに変えられる武器なので、自分の手元に限れば、俺の〈流刃〉よりもはるかに自由度が高い。襲いかかる尻尾をぐるりと受け流しつつ、志崎は追撃を入れて尻尾の先端をがりっと削った。びきっとひびの入った骨は、そのまま割れて大きく損傷する。
「負けてらんないな……!」
俺の大太刀は、攻撃を二回同時までならまったくの無傷で受けることができる。この〈流刃〉の限界がどこにあるのかは分からないが、骨の攻撃ではびくともしていない。これまで揺らぐことなく俺を守り続けてきた刃は、今も敵の爪を押しとどめた。
手刀、張り手、そこからつなげた引っかきを本体の変形でゆるやかに流す。叩き潰そうとした手のひらへ、振り上げた手首に刃をぶつけることで体勢を崩させる。わずかに揺らいだリズムは、胴体ががら空きになる隙を生み出した。
「おりゃあっ!!」
「やぁーっ!」
肋骨がガリガリ削れ、内側にあるコアのようなものにも羽沢さんの魔法剣が届いた。いやいやをするように頭を激しく揺らし、敵は狂乱する。だが、どれだけ化け物じみたスピードだろうと、見えていれば先回りで止められる。回り込もうとした尻尾を志崎が止め、わずかな隙間を羽沢さんがこじ開け、まっすぐに飛んできた銃弾がコアを射抜く。
「あとわずかだ!」
明らかに動きが鈍り、一撃を受けるたびにぐらぐらと上体がふらつく。もはや死に体の骨は、悪あがきをしようとしたのか、体ごと尻尾をぐるんと一回転させた。
「させません」
しかし、ウンディーネが放った水流が二又に分かれた尻尾の両方をからめ取った。
「ありがと!」
どうやら複数の魂もふたつまで減ったせいか、姿勢に無理が出て、攻撃も防御も甘くなっている。恐ろしい固さの骨に、〈三爪〉すべてを連続でぶつけ、ようやくあばら骨を打ち砕いた。
「今だ!」
「ああ!」
水球がいくつも殺到し、白い魔法剣が飛び交う。槍が中核を貫いたかと思うと、敵は尻尾を振るって、志崎を大きく吹き飛ばした。
「決めろ!!」
「――〈裂晶〉!」
打ち合えば打ち合うほど、敵は体内に〈裂晶〉を流し込まれて動きが鈍くなる。ある閾値を超えるとHPを削る効果まで出始め、使用者がこうしてコールすることで、爆発的に成長を始める。
肋骨の内側をすべて結晶で埋め尽くされた骨は、コアを跡形もなく砕かれて倒れた。粒子状にほどけて倒れたダンジョンボスは、かなりたくさんのアイテムを落とした。
「だいぶキツかったな……」
「今回は、下の方に行くのはやめておこうか。体力がもたない」
「そうね。まだお昼時だけど、ここで食べ終えて帰っちゃいましょうか」
「それがいいかもしれませんね」
話はまとまり、俺たちはアイテムボックスから取り出したお弁当を広げた。
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