16「アダンタル弔慰霊廟・2」

 大ぶりなバトルアックスを〈流刃〉で受け止め、胴を薙いで大きく後退させる。クチナワナンバーのような頑丈さは感じられず、いやな弾力が俺の手に響いた。


「なんなんだこいつら……異世界人の死体なのか?」

「色白すぎるし、そうかもね!」


 わらわら湧いて出る敵は、確かに「霊廟」という名前のダンジョンに出るにはふさわしい気がした。工場ではわざわざ警備員を用意するような周到さだから、死者を起こして侵入者を迎撃させるようには思えなかったが、あちらが例外なのかもしれない。


 黒い礼服にベールやドミノマスク、しかしとくに統一感のない武器。体力ゲージが確認できるのはボスモンスターだけで、情報のないモンスターは名前すらあいまいなので、敵の正体は不明のままだ。奇妙に安定したたいまつの灯りの中で、その病的に白い肌は異常にくっきりした陰影を作り出していた。


「強いね。前衛ばかりだけど」

「そうじゃなきゃ、負けが見えてきてるよ……!」


 武器種はさまざまだが、だいたいが剣士や戦士タイプで、弓矢やボウガン、魔法や銃を使うタイプの敵はひとりもいない。攻撃パターンもスキル頼りのぶん回しばかりで、強敵と言えるほどの敵はいない。困難があるとすれば、人間を相手にしているようで、ものすごく気分が悪いということくらいだろう。


 降り注ぐ魔法や銃弾が敵の数を削り、ひらめく槍も剣も、すさまじい勢いで敵を処理していく。あの感触も、二人にとっては大したことのないものだったようだ。急に精度が上がった斧使いの死人は、石突も駆使して〈流刃〉の防御をこじ開けてきた。


「やるな、こいつ!」


 適正が高い武器は、ある程度重量を無視することがあるという。かなり巨大なバトルアックスでも、死人にとってはらくらく振り回せるのだろう。人間の形をしているからといって、適正まで付与しなくていい気がするが……敵のパラメータにも、まだまだ俺の知らない事実があるようだった。


 石突でこじ開け、肩に刃を乗せるようにして構えた一撃を、横に跳んで交わす。防御を捨てて〈三爪〉すべてを集中させた横殴りの一撃は、敵の肋骨を粉砕した。ぐしゃり、という惨たらしい音は、しかし敵を止めるためにひとつも貢献していなかった。化け物じみた耐久力の敵は、そして斧をもう一度振るう。


「こいつら、急に強くなってない!?」

「あとから追加されたから、かな……!」


 前衛ひとりにひとりずつ、強力な死人が相対しているようだった。俺には斧使い、志崎にはハルバード使い、羽沢さんには剣士……武器の大きさを合わせてでもいるかのように、気味悪いほどぴったりはまった相手だ。


「これがほんとのダンジョンってわけか!」

「どういう納得!?」


 外の敵と比べると、数で押したり中ボスを出したりと、かなりの工夫が見られる。敵の斧を下からかち上げて、返す刃で肩口からざっくりと切り裂く――ふらふらとよろめいた敵は、そのまま倒れて粒子状にほどけていった。


「がん、が……」

「え、しゃべるのか……」


 悔しそうにこちらを見た敵は、手を伸ばして「がん……」と言い残した。


 数が一体減った瞬間に、敵はいっきに形勢を崩されて、スムーズに処理された。それまでの苦戦がウソだったかのように、動きが甘くなったのだ。もともと情け容赦なかった二人は、その隙を見逃さず手早く仕留めた。


「妙な敵だったな。世界観に合わないっていうか」

「警備員用意してる世界とは思えないよねー……」


 羽沢さんもそう思っていたのか、首をかしげていた。


「霊廟ですし、アンデッド系はいくらでも出てきそうですけど……」

「ゴースト系もね。心の準備は?」


 ゲームにめちゃくちゃ親しんでいるせいか、雪見さんの感覚はそっち方面でぶっ壊れているようだ。志崎は苦笑しつつ、冒険を先に進めようと笑いかける。


 外見と同じタール光沢の石材で固められた床は、足音を固く響かせながら、ひどく長く続いていた。霊廟の内部構造は、長い回廊と敵のいる部屋という、かなり雑なデザインになっているようだ。いわゆるダンジョンなら、お宝のある部屋やトラップ、モンスターハウスなんてあってもおかしくないのだが、今のところは見当たらない。


 俺の遊んだことのあるゲームは少ないから、情報が偏っているんだろうか――と思って一歩を踏み出そうとすると、急にトラの声が聞こえた。


『止まれ!』

「ん? なんだよ」

『踏んではならん。死臭があふれておるぞ』

「危なかったな、ありがとう」


 周りから見るとひとりごとだったのか、志崎は「どうしたんだい?」と首をかしげている。


「ここ、トラップがあったみたいだ。落とし穴……かな」

「ちょっと、石ころでも投げ込んでみようか。……っと、消えた」


 よく見ると微妙に煙のようなものが出ている穴があって、志崎が投げ込んだ石ころはすっと落ちて消えてしまった。無差別の転移トラップのようだ。


「便利ですね、知らせてもらえるなんて」

「そこも、テイマー系の利点っぽいな。気付けてよかったよ」


 空間系の能力を持つトラは、こういう危険に敏感らしかった。警戒する人数が増えれば危険に気付きやすくなるのは当然だが、誰にもカバーできない特殊な罠があることもわかった。先んじて対策手段を持っていたからよかったが、そうでなければ今頃は仲間とはぐれてしまっていただろう。


「けっこう危険な場所みたいだし、俺が先導するよ。いいよな?」

「しょうがないねー。ワンミス即死みたいなの避けられるなら、助かるし」


 無言でうなずくほかの三人も、異論はないようだった。

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