15「アダンタル弔慰霊廟・1」

 あくる日の十時、「アダンタル工場跡地」前のゲートにて。


 駐車場の近くにある丘へぽっかりと開いた穴は、世界中にダンジョンが出現した日に突然できたものなのだそうだ。現在は組合の出張事務所ができているが、それまでは単なる月極駐車場にすぎなかった。ゲート周辺は見張りが何人も立っているし、付近の監視体制も厳重だ。もとが広めの駐車場ということもあって、やってきた探索者が車を停めて行くことも多い。


「お待たせ。ぎりぎりの到着でごめんよ」

「まだ二人しか揃ってないから、別にいいよ」


 五人で集まってダンジョンアタックしようという話なのに、連れ立って電車に乗った俺と羽沢さんしか来ていなかった。結局帰ってくる様子のなかった雪見さん、案外時間にはずぼららしい波瀬さんも遅れて、志崎が三番目である。


「お待たせしました」

「ごめんなさい、寝坊しちゃった」


 そこからはさほど待つこともなく、全員が揃った。


「ったくー、オトコができて余裕こいとるんかー?」

「ちょっとだけ、そうかも」


 雪見さんは、慌てるでもなく冷静に返す。たった一日の経験でよくここまで落ち着いたな、と思うところもあるが……彼氏の影響でこれだけ変わったなら、きっとこれからは幸せに生きられるのだろう。


「遅れて来ておいてなんだけど、行こうか」

「次は遅れんなよ。車あるんだからさ」


 ああ、と志崎は苦笑した。


 歩きながら、志崎は背負った槍をちょっと直す。ジョブコスチュームがあるとないでは得物の据わりの良さがかなり違うらしい。そこのところは、才能に恵まれなかったもの同士、傷の舐め合いでもするほかないのだろう。


「今日はあの子たちはいないのか?」

「呼べる時間に制限があるんだ」


 俺はてきとうにウソをついてごまかした。


 トラはそもそも戦いには向いていないため、基本的に〈格納庫〉から出てこない。ナギサはというと、「大太刀が強化できないか」と提案したら開発を始めてしまった。最初はぽんと出してくれたから、それ以上でも問題ないかと考えていたのだが、そんなことはなかったらしい。


 俺のジョブのことは黙っていてくれ、と頼んであるので、羽沢さんが何か言うこともないだろう。そういう人間には見えないが、買い出しで車に乗せてもらった仲を茶化されるのも面倒だ。


「今日も工場の中に入るの?」

「そのつもりだったけど。お弁当がおいしくない、だったっけ」


 雪見さんがやや不安げにいった言葉に、波瀬さんが答える。


「ここの近く、ボスモンスターもいるんだっけか。そっちにしないか?」

「げっ、本気? インスタンスダンジョン、儲かるらしいけどさー……」


 ゲームで言う「ダンジョン」は、狭苦しいモンスターの巣窟にボスが君臨する、みたいなイメージだ。それと同じようなものが、俺たちが「ダンジョン」と呼ぶこの異世界のような場所にもある……それが「インスタンスダンジョン」である。


「いいんじゃないかな。あんまりやらないけど、たまには」

「歴長めって言ってたけど、あんま大したことないのね」


 羽沢さんのごもっともな言葉を聞き流す。


 クチナワナンバーは工場の警備員で、工場の機能で生み出されている。それをもっと拡張・先鋭化したような空間があり、外とは一線を画す強敵が大量に出現する。人間を閉じ込めるために使われたのか、ボスモンスターを保存するために使われたのかは不明だが、ともかくとして「モンスターが大量にいる空間」=「インスタンスダンジョン」というものが、二重空間として存在するのは事実だ。


「行こうぜ。どうせ儲かるなら、額面が多い方がいいし」

「思ったより俗物ね……」


 波瀬さんのあきれ顔を放って、俺はマップにある「アダンタル弔慰霊廟」に急いだ。今のところ、俺の目標は金しかない――なんて、言う必要性も感じなかった。




 畜産工場には、慰霊碑がセットになっていると聞いたことがある。兵隊を生産しては派遣する、あるいは改造や研究するといったことを行う施設にも、こういうものが必要だったのだろうか。


 すさまじく大きいタール光沢を放つ墓石と、地上・地下を問わず広がる内部構造。それがインスタンスダンジョン「アダンタル弔慰霊廟」だ。一度侵入すれば地上部分と地下部分のふたつを攻略できるので、強さに自信があれば倍近く儲かるというお得な場所でもある。


 なんだかんだで、俺たち五人の総合戦力はかなりある方だ。魔法剣を操る羽沢さんにかなり強力な槍を使う志崎、スキル頼りでも二人に並べる俺――この三人が前衛をやっているだけでも、初心者より数段上にいるだろう。しかし、銃士という超火力のジョブに就いている波瀬さん、ウンディーネを呼び出してさまざまな魔法を使える雪見さんと、後衛も負けてはいない。むしろ、後衛の方が圧倒的に強いくらいだ。


 このあいだも何度も戦って、五人の強さはすでに理解している。長いことやっているという志崎だけ、これが本来の強さではなさそうなのが気になるが……バランスが取れた組み合わせでぐんぐんレベルアップしていけば、このまま何年もやっていけるかもしれない。いつか全員にジョブのことを明かせるといいな、と思いながら、俺は霊廟の入り口をくぐった。


「すっごいね、一気に寒くなった」

「壁がいくら温まっても、中まで届かないんだろうね」


 長い隧道に、よく音が反響する。内部構造があるので、墓石のすべてが密に詰まっているわけではないのだが、トンネルに音が響きやすいのはダンジョンでも同じらしい。小さなざわめきのようなものが、あちこちから聞こえてくる。


「霊廟っていうだけあるな……ホラー系か」

「怖いんですか?」

「思ったよりはぜんぜんだな」

「それならよかった」


 喜んでいるような口ぶりだが、雪見さんはまったくの無表情のままだった。


 最初の部屋に出ると、じわりと湧き出るように黒服の男女が現れる。不気味なほど白い肌に、夜会風の露出の多い礼服――波瀬さんを振り向くと、彼女はかぶりを振る。知り合いではなくモンスターらしい、と理解した俺は、大太刀を抜き放った。


「やるか」

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