11「夕食と、これから」

 トラもナギサも、朝作った残りの洋風鍋、それにパスタを入れただけの思いっきり二番煎じな夕食にはちょっと不満げだった。毎度ちゃんと作っているひまなんてないし、ダンジョン帰りで疲れているのもある。残っていた豚肉を足して煮込んでから、深めの皿に人数分を盛った。


「二人は、なにか調理できないのか?」

「ん、だめ」

「わしは問題ないぞ。ちょいと時間がかかってもよければな」

「じゃあトラが作ってくれればいいだろ……」


 また買い出しに行ったらじゃの、と麦茶をこくりと飲む。


「思ったより悪くないが、食材が足らん。背丈もな」

「踏み台、用意しようか」

「まあ、また明日以降じゃの。戦いの方はどうなんじゃ」

「仲間も四人増えたし、やっていけそうかな。明日はおのおの休憩をとるってことになってるから、買い出しに行こう」


 ふむ、とトラは難しい顔をした。


「思ったよりも、戦える男のようじゃのう」

「俺が?」

「自分の手を汚して、敵の命を奪ったんじゃろ? 初日で平気なものかのう」

「……相手が命を持ってる感じってのが、ないからかな」


 頭蓋骨を砕いた感触も、敵の心臓を貫いた感触も……たしかにこの手に残っている。しかしそれと同時に、知り得る限りの敵の情報は、すべて戦いを空疎にするものでしかなかった。


「敵は……少なくともクチナワナンバーは、俺たちが工場に侵入した瞬間に出てくる。中をのぞき込んでもそこにいないけど、入ったときに生成されるんだ。警備のために作り出された敵をいくら倒しても、“殺した”って思えないんだろうな」


 死ぬことはなくなることだが、今しがた生まれたものにはなくすものがない。復讐するために追いかけてくる同僚がいるでもなく、工場がアップデートを重ねているわけでもない。クチナワは、俺が見る限り何もなくしてはいない――相対して感じた暴威さえ、その場でできあがったものなのだ。それが「なくなるもの」だとはまったく思えなかった。


「ふむ。おぬし、なかなか面白いことを言うのう」

「じいちゃんとばあちゃんに育てられて、ちょっと複雑な家庭だったからかな」

「ん、聞いてない」

「まだ会って二日目だぞ、俺たち」


 ズッキーニとナスを一緒くたに口に運んで、俺は言葉を押し込めた。


「やれやれ、秘密の多いやつじゃの。このぶんでは、まだ仲間にジョブのことを言えておらんな?」

「んぐむっ……ま、まあそうだけど」


 彼らがどう思っているのかは、まったく分からない。サモナー系のレアジョブだけど適性低め、くらいが妥当なところだろうか。


「とりあえず、お金持ってそうとか言われなくてよかったよ……」

「ん。なにそれ」

「最初から強い武器を持ち込めば、初心者でも強いから。親が資産家だとかで、そういうことになる人もいるらしいよ」

「そんな希少なもの、値段もばかにならんじゃろうに」


 装備補正なんてある武器の方が珍しくて、職人系のジョブを習得した人物が、相応にいい素材を使って性能を付与するのがふつうだ。俺が持っているのは武器じゃなくてアクセサリーだが、三つもスキルを獲得できるなら、売るだけでひと財産を築くことができるだろう。


「まあ、ね……トップクラスの探索者なら、武器とかジョブコスチュームも合わせてひとつのイメージになったり、通り名がつくこともあるらしいし。“セイレーン”ことメイ・フリスタ、とか。引退を匂わせてたってことだけど、……」


 鳥の翼のような装飾のついたドレス、そして何種類もの音やビットを使い分けて戦う〈歌姫〉というジョブ。免許をとれるギリギリの十八歳から活躍し続け、現在は三十六歳だが容貌の衰えはいっさいないという、生ける伝説である。


 結局のところ、ジョブが強くて適性が高くてレベルアップを続けられる、その三つがあればそこそこの強さにはなれる。最初から強い武器を持っているだなんて、ちっともアドバンテージにはならないのだ。


「あんなに強い武器もらったけど、思ったより使いこなせなくてさ。スタートダッシュを華麗に決めたいって思うのは当然だけど、本人が強くなきゃ意味ないって分かったよ」

「うむ、よい心がけじゃの」


 夕飯を終えた二人は、洗い物をやってくれていた。けっこう時間がかかるので、疲れた後だとものすごくありがたい。


「これからどうするつもりじゃ、ショウ?」

「風呂入っ」「ばかもん、探索者としてじゃ」

「ああ、そっちか。まずあの五人で、貯金ができるくらいやってみようと思ってる」

「貯金はできるじゃろう。わしらの食費以外かからんのじゃから」


 探索者の主な支出は、武器・防具の修繕費と買取手数料だ。とくに意識の高い人だと、職人に依頼して武具を作ってもらうそうだが、レベルで言って四十から五十に到達してからの話だろう。日々の食費と光熱費、家賃と税金以外にそれだけ考える必要があるため、探索者が儲かる職業だというのはウソだ、とも言われている。


 しかし、俺は防具ひとつしか修理しなくていいし、企業系探索者でたまにあるらしい分配の計算なんかもまったくやっていない。個人のアイテムボックスに入ってきたものについて、所有権をどうこういう制度とは無縁だ。おかげで、入ってきたものはぜんぶ自分のものにしていいことになっている。仕組みだけを見れば、俺は戦うほど儲けられることになる。


「とりあえず、風呂入って寝るよ。二人は?」

「作った。あちらでなんとかするわい」

「ん。二人で入ってくる」

「空間操作でお風呂って作れるんだな……」


 改めて二人の性能に戦慄しつつ、俺は一日を終えた。

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