12「お買い物」
かなり疲れてから寝たせいか、少し遅く起きた。
「起きたか。今日はトーストじゃ」
「ごめんな、食材なくて……」
肉も野菜もそれなりに買い込んでいたはずなのだが、もうすっからかんだった。近くにスーパーもショッピングモールもあるが、三日かもう少しくらいの単位で買い出しに行っていたので、量のことはさほど考えていない。チキンカレーを作ったあと適当にそれでしのいで、残った食材は余裕のあるときにざっと調理するつもりだった。さすがに、三人分を支えるほどの量はない。
「ん。バター、ぜいたくする」
「別にいいぞ。気持ち悪くならないようにな」
トースターから出てきたカリカリの食パンに、バターを塗る。一人暮らしを始めて日が浅いので、高騰しているだとかはぜんぜん分からない。まだ「一個も並んでいない」なんて状況には出くわしたことがないが、ばあちゃんはたまに愚痴を言っていた。
「今日は買い出しに行くわけだけど……何を買おうか」
「いつも通りの食材で構わんぞ。量は多めにな」
「踏み台は、ちゃんと見た方がいいんじゃないか?」
「んむ……まあ、そうじゃのう」
小さい女の子を連れているから不審者だ、なんていわれるほど不寛容な町ではない……はずだ。新しい服だとかの、彼女らの欲しいものも今後は増えてくるはずなので、二人がいること自体はいつか誰かに知らせなくてはならない。
そのとき、ドアチャイムが鳴った。
『おっはー! こみっちいるよねー?』
「羽沢さん!? 二人とも隠れ……」
『誰連れ込んでるの?』
「……バレてた」
ドアを開けると、怪訝そうな顔をした色黒の女性がいた。
「壁越しにめっさ聞こえてたよ、会話。その子たち?」
「ああ、うん……ナギサと、トラっていうんだ」
「昨日の子じゃん! ……そっちの子がトラちゃん? マリアローゼとかアリスとかじゃなくて?」
「持ち主の知り合いにおったのう。ま、生きてはおらんじゃろうがの」
少女漫画みたいな名前を言われたトラは、ものすごく冷たく返した。
羽沢さんに車を出してもらい、近くにあるショッピングモールに向かった。ママチャリでどうにかなるだろうと運転免許証は持っていなかったのだが、ナギサのはしゃぎっぷりを見ると、持っておいた方がよかったのかなと思う。
「サモナーだもんね、勘違いしてごめんね」
「いや、別にいいよ。今日は朝ごはん作ってもらったりしてたし」
「あーららー、けっこう男の恥な気がするわー」
「やめてくれって……」
童女にご飯を作ってもらいたい、なんてアニメや漫画ではそこそこありそうだが、リアルでやると相当アウトだろう。
「たまたま買い出しの日がかぶってよかったよー。ね」
「ん。うれしい」
後部座席で窓にぴったりくっついて景色を眺めているナギサは、駐車場で降りてからもかなり楽しそうにしていた。
「実体あるし、テイマーなの?」
「いや、うーん……? どっちに分類されるんだろう、俺のって」
「まあいいや、あとで聞くね。先に雑貨屋とか行こう」
「だな。食器とか踏み台とか……」
有谷のショッピングモールは、大きさも中身もちょうどいい感じにまとまっている。大人なら一回で内訳を覚えられるくらいの面積で、三階建てにだいたいなんでも入っている便利さだ。モールのある通りにはいろんな食べ物屋やら書店も揃っているので、ウィンドウショッピングまでできてしまう完璧な場所である。
三人より増えるかもしれないので、食器をあれこれと買い足す。百円ショップに行って、トラたちが〈格納庫〉の中で使う風呂桶やら櫛なんかも買った。買ったものをいったん車に置いて、俺たちは一階の屋台でたい焼きを買って食べていた。お互いの話題があるのか、トラとナギサは離れたベンチに移動している。昼食をかんたんに終えた後に食べるには、ちょうどいい食べ物だった。
「そんでそんで? こみっちのジョブってなんなのさ」
「笑わないよな?」
「職に貴賎なし、だよー。うちのお姉ちゃん、お水だし」
「そう、なのか。俺のは、〈ゴミ使い〉っていうジョブなんだ」
へぇ、ととくに動揺するでもなく、羽沢さんはたい焼きをもう一口かじった。
「うち、四人兄弟なんだ。三番目だけ男で、ほかみんな女。お母さんは体弱いし、オヤジは女作って逃げやがってさー。上のお姉ちゃんがホステスやって、養ってくれてたの」
「だから、……なのか」
「トイレ掃除だとか、死体処理とか、客に媚び売ったりとか。いろいろ汚いかもしんないけど、お金必要だし、もらえるよね」
「シビアだなあ……」
高卒の探索者とかヤバいよね、と彼女は笑う。
「でもさ、それで稼げたらいいやーって思ったし。適性アリなら、メイ・フリスタみたいに超強い人になれるかもでしょ。〈精霊剣士〉って超レアジョブらしいし」
「それ、世界二位と同じのだっけ? すごいな……」
どうりでバレリーナのような服装だったわけだ、といまさら納得した。
「それで、〈ゴミ使い〉がどうやってサモナーになったの?」
「スキルで、ゴミを動かせるようになるって書いてあってさ。あの二人、もとはビーチグラスとトランクなんだ」
「え、え……? 二人がゴミ?」
「テイマーが「魔物使い」って訳されることがあるだろ。逆に、〈ゴミ使い〉を別の言葉に翻訳したら……「ダスト・トレイナー」とかさ。「使い」が「手なづけるもの」とかになるんじゃないかって思うんだ」
根本の仕組みとして、〈ゴミ使い〉は〈
「えーっと、……モノを人間にできるジョブ? ってこと?」
「そうっぽいな」
「すっご、最強じゃん!」
「悪用はできそうだけどな。でも、俺は食っていけるくらいでとどめるつもりだよ」
派遣会社みたいなこともできるだろうし、ナギサ一人だけでもチートアイテムを作って売れば大儲けできる。この世からゴミがなくなることなんてないから、死なない限り能力が使えなくなる可能性はゼロといっていい。
「それに、なあ……ほら」
「ん? あの子たちがどうかした?」
「たい焼きの包み紙。あるだろ」
「そりゃそうでしょ」
「プラスにはならないんだよ、たぶん」
「……あー、そういうこと?」
ゴミから生み出した二人が出すゴミは、きっと彼女らのもとになったゴミよりもずっと多い。ナギサが言った“念”という概念も併せて考えれば、今しがた出たところのゴミであるたい焼きの包み紙は、俺のスキルにも反応しないだろう。やりたい放題は、おそらくできない。
「ふいー。休憩もじゅーぶん取れたし、こみっちの話も聞けたし。食料だね」
「だな。トラ、ナギサ、行くぞー!」
どこか哀愁を漂わせる羽沢さんは、一足先に歩いていった。
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