5「入場」

 あんなことがあった翌日――


 俺は思ったよりずっとすっきり目覚めて、カーテンを開けた。朝の支度を済ませて、今日出すゴミもまとめる。朝食にするつもりだったカレーも白米もないので、ビン詰めのトマトソースと野菜の残りをてきとうに使って、パスタを作ることにした。こっちの方は、手抜き料理にやたら詳しかったじいちゃん直伝である。


「ん。起きた」

「おはよう。こっちが起こされるとは、ふたりともしっかりしておるのう」


 匂いに釣られてか、二人が起きてきた。


「教育がよいのかの。わしが知っておる若いのとは大違いじゃ」

「ブランド品を受け継ぐような家なら、男はわざわざ料理しないだろうし」


 軽く流して、いつもよりちょっと長めにパスタを茹でる。いつもは茹で具合もいいかげんで固くても食べているが、いちおう他人である二人がいるので、やわらかくしておくべきだろう。本来なら、洋風の鍋物にパスタをそのまま突っ込むなんて、あんまりやらないとは思うが……正式なレシピに則ったまともな調理法ではないので、そこんとこツッコミ禁止である。


 洋風鍋にパスタを突っ込んだ朝食を食べ終えて、俺は近場で危険度の低いダンジョンのリストをぱらぱらめくる。


「今日から行くのか」

「そうだよ、貯金そんなにないし」


 アルバイトもほぼ受からず、俺自身で稼いだ金はほんの数万円しか持っていない。新卒の歳になってまだ祖父母にお小遣いをもらっていた、なんて情けなくて話せたものではない。新生活が始まった今、俺は自分で俺自身……に配下を加えた人数が食べていける額を稼ぎ出さなくてはならないのだ。


「どうしようかな。まずは「アダンタル工場跡地」かな……いちばん近いし」

「ん。おまかせ」


 俺の能力はダンジョン産のものだと考えると、彼女らもダンジョン産のはずなのだが、二人にはダンジョンの知識がない。常識や力の使い方は知っているので、いちから育児をするようなことにはならなかったが、それにしても不思議な情報だった。


「俺、まったく戦闘技能ないけど……どうしようか」

「ん、なんとかする。私は強い」

「あ、ああ。頼んだ」

「だいじょうぶ。負けない」


 具体的な方策が出てこないあたり、ここが彼女の本領発揮、何も言わなくてもどうにかなるのだろう。かなりの自信を見せるナギサに軽く礼を言いながら、食器を片付けて出発の準備をした。


「では、我らは〈格納庫〉におるぞ」

「ああ。着いたら連絡するよ」


 玄関の扉を開ける直前に、ナギサとトラの二人は〈格納庫〉に引っ込んだ。どうにも説明が難しいところだし、理解が早くて寛容な心を持った人でないと、〈ゴミ使い〉の詳細は話せそうにない。二人が引っ込んでくれたのは、そういう配慮もあるようだった。


 まだまだ検証の余地はあるが、「動かなくなったもの」にスキルを使うことで、疑似的な命を与えることができる――そして、スキルを使うコストはいっさい必要ない。最大MPを削ることで召喚を行うサモナーや、〈格納庫〉の上位互換を持っていても食費が段違いのテイマーと比べても、まだ上だ。


 問題があるとすれば、こっちにも戦力を分けてくれと言われる可能性があったり、美少女を無制限に生み出せるとかロリコンか変態か、と言われたりする可能性が思いつくくらいだ。誰に従うかをどう決めているのかは不明だし、二人で打ち止めだったから、美少女以外におっさんやばーちゃんや謎の異形が出てくるパターンもあるかもしれない。


 ゴミ出しを済ませて、俺は駅への道を歩き出す。すると、どうやら同じアパートで何人か、まったく同じ道を歩いているらしいことに気付いた。それなりに住みよい土地で、都会とも田舎とも言えない微妙な場所だから、どちらに向かうにしても交通の便がいい。この街に住む人は、昼間はいない人ばかりだ。


 駅に着いて、時間つぶしがてら端末でダンジョンのニュースを見る。今日のトピックは「メイ・フリスタ引退匂わせる投稿」「特撮俳優のダンジョンデビュー七人目、今後は定例化か」「有谷付近で行方不明者多発中、組合の調査開始」と……明るいニュースの比重は低めだった。


「有谷って、もろこの辺りだな……」


 昨日誰かが噂していたのはもちろん聞いていたが、こうしてニュースにもなって正確な情報へと変わってしまうと、緊張感が違う。世界的に有名な探索者が引退をほのめかしたり、食っていけなくなった俳優が逃げ道としてダンジョンにやってきたり……全体的に、この業界自体が妙な流れに乗りつつあるようだった。


 そういえばと思って確認されているレアジョブの一覧表も見てみたのだが、だいたいはタロットカードや星座、伝説や神話になぞらえたもののようだ。〈ゴミ使い〉なんてどこにも書かれていないし、未確認であってもレアではないのかもしれない。


 そんなことを考えていると、最寄りの空瀬駅に着いた。危険度低めのダンジョンがあるからか、降りていく人は多い。そこまで密でもない人波に乗りながら、俺は初心者向けの「アダンタル工場跡地」に向かった。


 三十年もすると、ダンジョン同士の関係も明らかになってくる――いわゆるダンジョンは別世界で、あちらにも地名や気候の分布が存在することが判明している。マッピングもされたし、何なら別の入り口から出ることで他府県に移動することもできる。死ぬほど遠いし、モンスターがうろつく中をサバイバルしながら徒歩で移動するなんて、犯罪者でもなければやらないと思うが。それでも結局「ボスモンスターのいる閉鎖空間」という、いわゆるダンジョンはある。こちらの世界を学習したのか、それともそういう世界なのかは謎のままだ。


 そんな謎の一角、魔獣を開発していたとされる工場が廃棄された跡地「アダンタル工場跡地」。魔法機械のたぐいは回収し尽くされ、観測以前に歴史が終わっていながら、モンスターが湧き出し続ける……要するに何も考えなくていい、モンスターさえ倒せば小銭にはなる場所だった。


「パーティーを組む方はこちらへどうぞー」


 泣く泣く組合員さんの親切をスルーしつつ、俺は入場門をくぐった。

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