4「相談」
日が沈んで暗くなってしまったが、アパートに帰ってきた。
「出てこないのか?」
『案外、こちらもよいものでな』
住みよいとかなんとか言っていたので、ふたりにも人間としての感覚は多少なりともあるはずなのだが、名前のわりに〈格納庫〉は暮らしやすい場所らしかった。様子を見る手段はないので、出てくるまで待っておくことにした。
独り立ちしてやってきたアパートの一室は、三人が住むには手狭だ。昨日作っておいたチキンカレーの残りを温めながら、炊飯器のスイッチを押す。いったん作れば、ただ待つだけで三日は食べられるカレーは、覚えておいてよかった料理のひとつだ。
そんなことを考えていると、ふたりが唐突に格納庫から出てきた。
「ん。カレー」
「気が利くのう。わしらの分もあるんじゃろ?」
「え? ああ、まあ……量的には?」
「さては、食費が膨れ上がったことも実感しておらんな?」
炊飯器で明日の朝食分も炊いたつもりだったが、俺はライスに代えた惣菜パンとカレーとで夕食を済ませることにした。うきうきでカレーをよそっている二人の食器は、ばあちゃんが「お友達を呼んだときに使いなさい」と渡してくれたものである。俺って友達いないし、と強めに断ったつもりだったのだが、それを押し切ったばあちゃんは未来でも見えていたのだろうか。
「ん。おいしい」
「男の一人暮らしにしては、よくやっておるのう。教えられたことをきっちりこなしておるようじゃ」
「そう言ってもらえると、ばあちゃんも褒めてくれてるみたいで嬉しいよ」
「ん。とてもぐっじょぶ」
見た目はどう見ても小学生かそれ以下の童女なのだが、口調も感性もものすごく老成している。フランス人形みたいな見た目で「トラ」と自ら名乗るのだから、そのあたりも人間でないことは明白なのだが。
「えーっと。二人の能力はだいたい分かったんだけど、どうしようか」
「ん。ショウはなにやる人?」
「む、それもそうじゃな。こんなことをして、おぬしは何をするつもりじゃ」
「ダンジョンに潜って、金稼ぎ?」
なんじゃそりゃ、と童女は眉をひん曲げる。
「何を言うとるのか、まったく分からんぞ」
「えぇ……? 常識があるし、話がふつうに通じてるし、知ってそうなのに」
「ん。なぞ」
「いや、ナギサもトラの方が強そうだって……」
それは分かった、とだけ言って、ナギサはまたカレーをすくった。
「……三十年くらい前に、世界のあちこちにダンジョンが現れたんだ。確か、廃トンネルから帰ってこなくなった人がいる、っていうのが最初だったかな。とにかく、おかしな場所につながる穴とか扉とかが、世界中に現れ始めた」
俺が生まれる前のことなので、当時のことはよく知らない。ただ、俺が生まれた後にもダンジョン関連の災害は起きていたらしい。
「モンスターが外側にあふれてきたり、不思議な能力を手に入れた人が現れたりしたんだけど、そのうちふたつが噛み合ってさ。ゲームみたいなダンジョンが現れたから、ゲームみたいな能力を持つ人間が現れたんだって……」
ふむー、とナギサは首をかしげていた。分かっているのかいないのかは謎だ。
「効率がいい資源とか、目新しい動植物から取れたあれこれだとか。そういうものを取ってきてこっちの世界に引き渡すのが「探索者」なんだ」
「なるほど。おぬしの言った話の逆で、ダンジョンに潜ろうとするものがダンジョンで使える力を手に入れると、そういうことじゃな」
「うん。さすが、理解が早くて助かるよ」
「年の功じゃな」
言わないようにしていたことを言われると、反応に困る。
「しかし、おぬし……なぜダンジョンの外で能力を使ったのじゃ?」
「トラが言い当てたとおりだよ。〈ゴミ使い〉ってジョブの字面がひどかったから、がっくり来ちゃって……海で気分転換しようとしてたら、たまたま能力を使っちゃったんだ」
違う、とナギサが否定した。
「トラが言いたいこと……ダンジョンのゴミの方が、強いかも、てこと」
「ん? ダンジョンのゴミって」
「戦いで折れた剣やら、加工できなんだ端切れやら、いろいろと思いつくじゃろ」
「……言われてみれば」
ガラスの破片がガラス使いになり、トランクが空間操作できるのなら、飲み残しのポーションだって一流の治療師になるだろう。ちょっとしたナイフのかけらが魔剣以上の性能を発揮するかもしれないし、テキストの設定だけはすごいアクセサリーも、書いてある通りのオリジナルに戻せるかもしれない。
「や、やらかした……」
「冗談じゃ。検証もなしに無駄死にされては、わしらも生きておらぬよ」
すまんの、とさすがに申し訳なさそうな顔をしたトラは、カレーに入っていた鶏肉をひとつ俺の皿に入れてくれた。
「おぬしの力は確かにすごいものじゃが、問題もある。ひとつめは、扱える“ゴミ”の範囲があいまいなことじゃ。もうひとつは、能力を使うたびに食い扶持が増えることじゃな。格納庫の居心地はよいが、食料はおぬしが用意せねばならん」
「ありがとう、いろいろ考えてくれてたんだな……。何をするにも先立つものが必要だからさ……明日から、ダンジョンに行こう」
きれいに空になった鍋を見ながら、俺は言った。
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