3「二人の仲間」

 少女は、とても美しかった。それこそビンに感じるそれのような、芸術的な曲線がそこにあった。ほっそりとした繊細さとやわらかな曲線、そして透き通るように純粋な興味をこちらに向ける表情。ガラスがその美しさを保ったままに、しなやかな動作でもって動き出したのなら、必ずこうなるほかにはないだろうと思える不可思議がそこにあった。


「ナギサ……それが、君の名前?」

「うん。あなたは」

「俺は、小宮ショウ」

「こみやしょう。覚えた」


 うんうんとうなずく少女は、そして愛らしいサンダルで歩き出す。手近にあった漂流物のトランクを指して「ん」と言った。


「使えってことかな?」

「ん。これは、わたしよりすごいもの」

「私より、って……自分の強さが分かるの?」

「ん。わたしには、“念”がほとんどない。これは、たくさん」


 言っていることはよく理解できなかったが、彼女の方が〈ゴミ使い〉の仕組みを詳しく把握しているようだった。そんな彼女が言った「強い」ものに、おずおずと触れる。


「……〈盛衰往路〉!」


 今度こそ、何かのエネルギーを注ぎ込んだ実感があった。ぼろぼろになっていたブランドもののトランクは、光を放ちながらすうっと浮き上がって、シックな色合いのドレスに身を包んだ童女に変わる。


「なんじゃ。おやすみからお陀仏かと思えば、えらく乱暴にたたき起こすのう」

「俺はこ」「聞いておったわ」

「そっか……」

「ね。つよい」

「……あ、そうか! こうなる前の意識があるってことか」

「うっすらと、じゃがの。わしも百年ものじゃからのう」


 相手もとんでもないことを言っているのだが、俺は自分の力に驚愕していて、よく聞いていなかった。


「これが〈ゴミ使い〉の力なのか……最強じゃないかこれ」

「間違いではないのう。わしらを養えるのならな」

「え?」

「食事もなしにこき使うつもりではないじゃろうな。そうなれば、わしらも全力でおぬしを倒して逃げ出すぞ?」


 いやそんなつもりないよ、とわたわた手を振ってごまかしたが、ものすごく重要なことに気が付いた。


「俺さ、まだ収入ないんだ」

「うむ。そうじゃろうな」


 まあアレじゃろ、とトランクの童女はいじわるそうに笑う。


「スーツを着て浜辺に来とるようなら、着ておった意味がなくなったか、もともとないんじゃろう? 仕事にあぶれたやけくそで、汚れきった浜辺まで来たか。こんな場所があるのも含めて、世も末じゃのう」

「心が痛いっ……!」


 あまりの名推理に、俺の心がざっくりとえぐられた。


「まあよいわ。代々使われておったはずの縁が切れたところに、外つ国でこうして新たな縁ができた。あれじゃの、試用期間というやつじゃ」


 的確に鋭い言葉を使いつつ、童女は微笑む。


「わしはトラ。長く受け継がれてきたついでじゃ、おぬしの人柄を見極めるついでに、わずかなりとも力を貸そう」

「ありがとう、トラ。トラ……さん?」

「いい歳をした男が幼子にへいこらしておっては怪しまれよう、外ではトラでよい」

「あ、ああ……わかった」


 敬語を使うべきなのか、いまひとつ分からないままだった。


「ん。仲間、できた」

「ありがとうな、ナギサ。ところでなんだけど、このまま歩いて帰るのか?」

「うん? おぬし、どこへどうやって帰るつもりなんじゃ」

「いや、駅まで歩いて電車に乗って……君たちの家があるなら別だけど」


 あるわけなかろう、とド正論が直球でぶつかってきた。


「ここが住みよい場所じゃと思うなら、置いて行っても構わんぞ」

「いや、そんなわけないだろ。どうしようかな……」


 端末の情報から何かないかと探していると、ジョブスキルに〈格納庫〉というものが追加されていた。


「ひとまず、この〈格納庫〉で我慢して。家に着いたらちゃんと出すから」

「ん。了解した」「仕方ないのう」


 スキルを使った瞬間に、『ほう』と声が聞こえた。


『なかなか悪くないのう。これならしばらくはよかろうて』

「そうなのか? じゃあ、移動するからな」

『ん』

「返事できないけど、今のうちに言っとくことないか?」


 二人とも特にないようで、妙に楽しげな声ではしゃいでいる。いったいどこから聞こえているのか分からない音を極力無視して、俺は歩き出した。


 来た道をそのまま戻って、夕刻になりつつある寂れた町を後にした。気分転換になったのかならなかったのかはともかく、俺は自分に与えられたジョブの力を知ることができた。二人の力がどんなものかは未知数だが、それを抜きにしても「戦力を生み出せる」という能力が弱いわけがないことだけはわかる。


「そういや、ふたりのステータスって見られるんだよな……」


 配下扱いになっている二人のステータスは、俺よりもずっと高かった。自分よりも強いものを仲間に、と提案してきたナギサのものでも、俺の倍近い数値である。電車に揺られながら、俺は端末で二人の情報を詳しく確認した。


 ナギサはどうやら魔法使いタイプらしく、魔法力がとんでもなく高かった。彼女のスキルは〈流々転変〉というもので、自在に変形するガラスを出して操るらしい。水や氷を扱う能力者のガラス版、みたいなものだろうか。トラはというとステータスが全体的に低くて、スキル特化らしかった。そのスキルというのが〈立方解併〉、説明を読む限り空間操作である。


 最初からこんなチートすぎる仲間を迎えておいて、俺は情けない心配をしていた。


「これ、俺が前衛になる流れか……?」

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