2「ゴミ使い」
いつか来たことのあるような港町の光景は、不思議なほど懐かしく感じた。確かこっちには海があると聞いただけで、実際に来たことはなかったのだが、どこか古い町並みが琴線に触れたからだろうか。テレビの旅番組にでも出てきそうな光景へと、電車から降りた人々が吐き出されていく。
春先だからか、俺と同じように海へ向かう道を行く人はかなり少なかった。人の少なさが俺の情けなさまで強調しているようで、孤独に酔ってでもいるかのように感じた。ガードレール越しに見た川は、川底の赤錆めいた茶色とはまったく関係なく、さらさらと涼やかな音を立てて流れている。田舎のひなびた光景に、おろしたてのリクルートスーツを着ていったのがよけい無駄に思えて、虚しさがずっしりのしかかった。
駅前にあった地図を見る限り、道なりに進むと浜辺に着くという話だったが……あまり役に立たなさそうな防風林と、ごみで散らかり放題の草っぱらもどきしか見えてこなかった。海で気分転換しようと思っていた矢先にこれでは、余計に沈み込みそうだ。
「あーあ、マジか……不法投棄とかなのかな、これ」
ゴミ置き場が放棄されたようには見えず、単に雑然とゴミが放り込まれ続けた結果に見える。有害物質の流出はかなり厳しく規制されているはずなので、こんなところにゴミ置き場なんて作らないだろうけど。
「砂浜、道のもっと先ですよ」
「あ、地元の人ですか」
「ええ、まあ」
ゴミ拾いでもしていたのだろうか、俺とはまるで違う爽やかな青年が、防風林を通り抜けて歩いてきた。横倒しになってがばっと開いた冷蔵庫を、金ばさみでこつんとやる。
「ちょうど車で通ると、このあたりでゴミを捨てる人が多いみたいでね。近寄る人が少ないから、こんなものまで」
「ひっどいっすね」
「ほんとにね、いい迷惑です。あなたは何を?」
「ちょっと気分転換にと思ってきたんですけどね……これじゃ、無理かなあ」
砂浜ね、と青年は案内してくれた。
「志崎です。人がいないのとぎりぎり汚くないくらいの境界線はね、知ってるんで……案内しますよ」
「おお、さすが地元民。小宮です」
廃墟とかお好きですか、と青年はおどける。
「この防風林も、なんだったら江戸時代から続いてるそうなんですよ。……終わった後っていうのは、なんでもこうなるんでしょうかね。形が残って、そのまま続いてるはずなのにね。どうしようもなく汚くて……、地元民からすると、耐えがたいものですよ」
砂とゴミが混じった地面を、ザゴリザゴリとへんな音を立てながら歩いていく。
「志崎さんは、ゴミ拾いのボランティアなんかを?」
「僕一人じゃとても追いつきませんよ。ときどきそういう企画もやってますけどね」
自嘲よりも小ばかにしたような冷たさが見えた。ごみを捨てる観光客も、それに便乗して大型ごみを捨てる地元民も、彼からすると同じに見えているのだろう。砂浜は開けているが、それでも転がるものはいくらでも転がっている。あるいは廃墟という言い方も、ミクロ単位で集積すれば同じように感じるのかもしれない。
「ここ、あんまり人が来ないんですよ。夜は危ないから、近付かない方がいいですよ」
「なんかヤバいことでも?」
「いやいや。そのへんゴミだらけでしょう、こけてケガしたら、傷に何が入るかわかったもんじゃないですよ」
「ああ、それは確かに」
言われてみれば納得の注意だった。家電が不法投棄されているから、どんな有害物質がそのへんに垂れ流しになっているか分かったものじゃない。そうでなくても、ビンの破片や空き缶でざっくりやるなんて、考えたくもなかった。
「じゃあ、僕はこれで」
「どうも、あざっした」
笑顔で手を振りながら、青年は去っていった。
ひとり取り残された俺は、午後一番のあたたかな潮風を、漂着したらしいトランクと一緒に浴びた。浜の形が影響して漂着物もやってきやすくなっているのか、大きな流木もある。比較的きれいなところに腰を下ろして、俺はひとりごちた。
「はぁ……。一から十まで、何やってんだろうな俺って」
大きな目標がないことがそんなに悪いか、と大声を出す気力も、もうない。ゴミ使いだとか名付けられる前に、俺自身が人の形をしたゴミなのかもしれなかった。
「念動力とか修理工みたいな能力なのかな、〈ゴミ使い〉って」
名前だけでもう嫌になっていたジョブの詳細を、いまさらになって確かめることにした。免許のコードを端末でスキャンして、俺自身に付与された情報にアクセスする。ジョブの名前は見間違うこともなく〈ゴミ使い〉のままで、適正武器もないままだ。画面を下へスワイプして、ジョブスキルの項目を見る。
「〈盛衰往路〉……? って」
[〈盛衰往路〉
あなたは捨てられたものをもう一度動かす力を得る。
なくなることさえ行く道ならば、進む戻るは手のうちに。]
「事実だけ書けよ、詳細項目だろ……」
ジョブの詳細は体系的に把握されている、と聞いたことはあるが……もしかして、単体で読んでも意味不明だから情報を統合するしかない、という意味だったのだろうか。
「捨てられたものを、もう一度……? じゃあ、……」
いわゆる「ビーチグラス」、波打ち際で削れて角の取れたガラス片を拾い上げる。これも、海に捨てられて割れて砕けた、もともとはガラス瓶なんかの破片だ。物体をたったひとつ完全コントロールできるだけでも、実験としては上々だろう。
「――〈盛衰往路〉!」
酒瓶の破片だったらしい緑がかった水色のガラス片は、急にものすごい力で浮き上がって、俺の手から離れた。そして、すさまじい光を放つ。
「うおわっ!? なん、なんだ!?」
昼間でもまぶしく感じるほどの光が目を焼く。そこらじゅうからザラザラと音が聞こえて、キロどころかトン単位のガラス片が集まっていくのが見えた。光は途切れず乱反射し続けて、視界が赤紫に焼き付く。
「えっ、ちょっ、なんだよこれ!?」
音が消えたかと思うと光も消え、じゃり、と重量のある物体が着地する音が聞こえた。焼き付いた色が変わって緑に支配された視界の中で、それが人のような形をしていることが分かった。
「え、え? 人……?」
「わたしは、ナギサ。よろしく、ね」
ようやくまともになり始めた視界の中で、水色のワンピースをなびかせる少女が笑っていた。
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