謎のジョブ〈ゴミ使い〉が最強すぎました ~茫然自失から始まるまったりダンジョン探索ライフ~

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

1「使えて使えなくて」

「では、発表の時間ですが――」


 この現実世界にダンジョンが出現してからというもの、人の生きる街の治安は比較的よくなったらしい。働き手がダンジョンに分散したり、鍛え上げた体の引退後は農業に従事したりと、モンスターという危険な生物の出現も役に立つことはあったようだ。たとえば就職に失敗した俺が、ギリギリで適性を拾われて探索者試験を受けられるのも――不謹慎ながら、モンスターのおかげなのかもしれない。


「こちらに呼ばれた皆さんは合格です」


 呼ばれた会館で合格発表を受けた百人くらいの人間にまぎれて、俺もこっそりガッツポーズしていた。友人が一人でもいれば違ったのだろうが、幸運なことにドロップアウトなんてしたのは俺だけだ。みんなまっとうな職に就いているのは、落ちぶれた俺からしても嬉しかった。


「では次に、ジョブの診断を受けてください」


 資格を取得するには、講習を受けて免許をもらうだけでいい。初歩的なマナーや常識的な危険行為の禁止なんかは、素人でも分かることだった。しかし、ステータスやスキルを決定する基礎になる「ジョブ」=職業は、本人の資質によって決まる。スポーツや頭脳でもとくに優れたところはなかった俺が、いったいどんなジョブを授かるのか。


 大喜びする人、とくに感慨のなさそうな人、露骨にがっかりしている人とバリエーションも豊富に取りそろえてから、やっと俺の順番が来た。


「次の方」


 返事をして、俺は円筒形の筒に手を入れた。手首からひじあたりまでをスキャンするとジョブとスキルが分かる、なんてなんともインチキくさい話だが、実際にそうなるのだから不思議なものだ。


「こちらになります」

「っす、どうも」


 しごく事務的に手渡された紙には〈ゴミ使い〉と書かれていた。


「……なん、ですかこれ」

「適性装備の受け取りに移ってください。次がつかえていますので」


 探索者志望の人は年齢性別問わず大勢いるので、対応がお役所仕事になるのも当然ではある。事実をそのまま書き起こして報告している受付の人は、なんの感情も抱いていないらしかった。


 剣士だとか魔術師だとかの系統がまるで分からない〈ゴミ使い〉の適性装備を、列に並びながら確認する。いわゆるテイマーやサモナーみたいな職業なら、術師やシノビの装備が使えるらしいと聞いている。しかし、どうにも変だった。


 適性武器は「なし」で、防具のタイプも「軽装」としか書いていない。どんなジョブでも、スキルを補助したり不可分のものである武器があったりするはずなのに、その適性がどこにも書いていなかった。


「適性装備のうちから、もっともタイプの合うものを選んでください。新しい武具を手に入れたら、必ず返却してくださいね」

「はい……あの。軽装の防具でもうちょっと軽いのありますか?」

「そう、ですね。ジャケットやベルトタイプの防具なら、少しは」

「すいません、もう軽かったらなんでもいいんで……」


 マジかこいつみたいな顔をされているが、要所だけを守る鎧みたいな防具でも、まったく適性装備になっていない。ほとんどただの服くらいでもないと、ちゃんと装備できないようだった。


 結局俺は、プラントリザードの革を使ったベルトしか装備できなかった。プラントというのは植物ではなくて、工場生産されているんじゃないかという勢いで増えるから付いた名前だ。要するに、いくらでもいる雑魚の低級素材である。


「事前にパーティーを組んでいかれますか?」

「いえ、ちょっと……後でまた考えてみます」


 やる前からネガティブなことを考えるのはよくないのだが、結果が見えていることをやるのもいいこととは言えない。祖父母から独り立ちしてアパート暮らしを始めたのに、すぐに逆戻りしてしまうかもしれない。


 探索者組合の会館を出て、駅に向かう。いくつか経由して自宅にたどり着くのだが、帰って何かできそうにも思えなかった。


「……反対側って、海だったよな」


 海を見て気晴らしするのもいいかもしれない。そんなに気分が晴れてくれる気もしないのだが、今はただ現実逃避したかった。何があると思っていたわけでもなく、何か強く望むことがあったわけでもないけれど――だからといって、こんなことになるなんて思っていなかった。


 切符を買って改札を通り、端末を見るでもなくぼんやりと電車を待つ。こちらの方面に帰っていく人もいるのだろう、田舎の駅でもそれなりに人が多かった。楽しげに話している人やうわさ話をしている人、端末をぽちぽちやっている人など、バリエーションはかなり豊かだ。


「最近モンスターめっちゃ強くなってるらしいよ」「あ、聞いた聞いた。何人も行方不明になってるって」「ダンジョンで死ぬの絶対いやだよなー」「リスクは承知だけどさ、そういうとこまで受け入れますってなるわけないよな」


 せっかく探索者の免許取れたのになと思いながら、やってきた電車に乗る。どうにも、ネガティブな気分になることばかり立て続けに振りかかっている気がした。就活は「目標がない人はいらない」という理由で五社くらい切られたし、ようやく転がり込んだつもりの探索者も、幸先がいいとは言えない状態らしい。


 どんな危険がある、こういうことが起こっている、今のトレンドはこうで、こうやると儲かりやすい……事前知識を仕入れるには絶好の機会のはずなのに、ただ上滑りしていく。聞き耳を立てるだけでいいのに、そんなことさえ億劫になっていた。ただ茫然として電車に揺られながら、はるか遠くに流れていく景色の中に海を見た。


 小さく見える砂浜にわずかなりとも心を躍らせながら、俺はようやく到着した海の近くで電車を降りた。

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