6「大太刀」
ダンジョン出現前からあるいわゆるマップアプリでも、場所ごとに撮影された写真を見ることができた。端末から見たここの画像はずいぶん寂れてボロボロに見えたのだが、眼前にある「アダンタル工場跡地」は、まるで遺跡のような威容を誇っている。
「二人とも、頼めるか?」
「ん」「着いたか」
出てくるなり、二人はうんと背伸びをした。
「……寝てたのか?」
「いいや。待ちくたびれておったのよ」
「ごめんな、二人とも。ところで、どうやって戦おうか?」
「ん。あげる」
ナギサが手からガラスを大量に出して、身の丈よりもデカい長物を作り出した。
「え? あげるって、これをか?」
「ん」
「いや、だって俺には適正武器が……」
「問題ない。武器じゃない」
何をどこまで把握しているのか、ナギサは無表情にちょっとばかりの誇らしさを乗せて「むふー」と鼻息を強めた。
「えーっと。〈
海色の刀身の周りに、より薄い色の刃が二本も浮いている、かなり前衛的なデザインだった。攻撃スキルを追加するアクセサリー扱いで、装備制限もない。手に持った重さは金属バットよりも少し軽いくらいだ。振るうにはそれなりの力と技量が必要そうだが、慣れるまでに時間がかかっても、それ以上の価値があるだろうことは間違いない。
「すごいな、これ……ちょっと手こずりそうだけど。トラは?」
「わしに何を期待しておるんじゃ。空間を操るというても、せいぜい部屋を広くする程度じゃぞ」
「ごめん、何か装備できそうなものとかあったら言うから……」
「すまんが、このまま引っ込んでおるぞ」
忘れそうになっていたが、トラはスキル特化型だ。もとになったものの量も質もかなりのものがあったナギサは、超強力なスキルとかなりのステータスを備えているが、トラの方は百年ものでもトランクひとつから変化した配下である。形作る“念”はトラの方が強いとしても、質量はナギサの方が上だった。
「じゃあナギサ、行こうか」
「ん。分かった」
大太刀を背中に差して、俺は歩き出した。
モンスターが出現する仕組みは、現時点では「原生生物である」「配置された生物兵器である」というふたつのパターンがあるらしい。とはいえ、どちらであっても人間に対してむやみやたらに敵対的だという事実に変わりはない。
「いた……プラントリザードだ」
「ん、怖い顔してる」
この世界でいちばん多く倒されたモンスターとして、初心者がモンスターと向かい合っても平気かどうか、そこのスタートラインになる敵だ。工場で生産されているという噂が立つくらい、いくらでも湧いて出てくる。トカゲにはクローンで増える種類がいるらしい、という眉唾ものの話も聞いたことがあるが、真相は不明のままだ。
感知能力は高くないが、どたどた歩くわりには早く、噛みつきや尻尾の一撃はかなり強力らしい。そこまでの脅威には見えないのだが、毎年のように初心者の「ファーストダイ」が話題になっている。最初の探索から帰ってくるだけでも、おおげさに褒められるような世界なのだ。
「ナギサ。魔法なら仕留められるか?」
「お膳立てした。大きすぎるから、たくさんの敵向け」
「そ、そうか……」
「だいじょうぶ。負けない」
ビビらずに自分で倒せ、という意味のことを言われてしまった。
手をかけた瞬間左右に割れた鞘から、海色の大太刀を抜き放つ。探索者免許には戦闘訓練はまったくなく、適正武器やジョブが明らかになってから、オプションとして訓練所を借りる人がいるくらいだ。無収入から手っ取り早く稼ごうと思ったら、そういう細かいところから節約していかなければならない。
のそのそと歩いていたトカゲは、急にきょろきょろとあたりを警戒し始めた。感知圏内に入ったのか、尻尾をびたんと地面に叩きつける。物陰に隠れるのもやめにして、俺はトカゲの前に飛び出した。
「シュウゥ……」
「ごめんな」
見かけや感じているもの以上の重量があったのか、振り下ろした一撃に、トカゲはひしゃげて倒れた。システムの定める通りに、敵はすうっと粒子状にほどけて消滅する。ひどく固いものを殴ったような感触も、びっくりするほどあっさり消えていった。
「ん。おみごと」
「ああ、ありがとう」
手ごたえも、死のグロテスクさも、確かに目の前にあったはずなのに……消えたとおりに消えていく。最初の一歩は、問題なく踏み出せたようだった。
「これ、スキル特化のアクセサリーじゃなかったのか?」
「実体、あるから」
どうにも分からなかったので、装備の情報をきっちり詳しく見ることにした。
[〈
装着部位:アクセサリー
装備スキル:〈裂晶〉〈三爪〉〈流刃〉]
「ん? 武器には耐久度があるはずだけど」
「書かれてない。ないけど、使える」
武器と防具には耐久度があり、下がるとスキルの威力が下がったり破損したりする。そうなる前に修理するものだし、探索中でも細かくチェックしなければならない。このあいだの講習でも何度も繰り返していた、探索者に必須の常識だ。
「いや、コスト全カットは強すぎるだろ……!」
「ん。節約はコスト削減がいちばんいい」
何より正しいことを言っているナギサが、とても怖く見えた。
「じゃあ、このまま進んでいくか。体力さえ保てば、いくらでも進めることになったし」
「ん、それが一番」
ふんわりとやわらかなワンピースの少女は、そういって笑った。
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