#7 毒りんごは誰の手に
悠平が琉生を誘ったのはターミナル駅からほど近い小さなビルの地下にあるバーだった。事前に場所と口コミをチェックしてみたら、口コミの数こそ少ないものの、えらく評価は高いようで。
ドアベルを軽やかに鳴らしながら店に入れば、そんなに広くない店でもあったし、飲み会では座敷だったからあまり気がつかなかったが、悠平は上背がある、その後ろ姿にすぐ目を留めた。店の奥、壁に向かったカウンター席のハイスツールに、彼は背伸びした風もなく腰掛けていた。
「赤城ってこういうとこ慣れてる感じだ」
「……越智さん」
後ろから声をかければ、悠平はぱっと琉生を振り返り、苦笑いした。
「慣れてはないよ。俺、酒強くないし」
「そう? その割にこういう店知ってるし」
「無理難題出したの越智さんでしょ」
「越智でいいよ、さん付けとか変な感じ。ていうか、ごめんね、なかなか都合つかなくて」
「いや俺は構わないよ。越智さ……越智、妹さん大変なんでしょ」
律儀に訂正する悠平は、やはり人当たりがよく妙に空気に馴染む。琉生も少し笑いながらスツールに掛けた。
「ほかの人からしたら大変なのかもしれないけど。でも、琉生とみちるは二人きりだから」
口癖のように合い言葉を紡ぎながら、琉生はメニューに目を通し、口当たりの軽いカクテルを直感でオーダーする。悠平はしばらく琉生の横顔を見つめ、ふっと微笑んだ。
「仲良しだね。やっぱり女の子同士だからかな」
「……は?」
ぐわん、頭が鳴る。
「え?」
目の前で瞬く青年がなにを言ったか、琉生は瞬時理解できなかった。運ばれてきたカクテル、グリーンアイズ、意図せず連想する、ヘーゼル色の瞳。自分がよく知っているのは、誰の、瞳だ。
「越智?」
悠平の声が遠い。ぼんやりと、導かれるようにグラスに指をかけ、一口、口に含む。カクテルは最初30秒がもっとも美しいドラマだ、誰かが嬉々として語っていた記憶。ヘーゼルの瞳。バイト先のカフェは夜にはバーとして営業しているのだと、そこのバーテンが教えてくれたのだと言っていた、あれは、母ではない、みちるでもない、間違いなく、琉生だ。どうして琉生がこの言葉を、バーテンの言葉としてでなく、琉生の言葉として、こんなもに客観的に覚えている?
アルコールが鼻へ抜けて、謎解きの快楽へと誘う。これは、ほんとうに紐解いて良いのか、分からない、分からない、怖い、ああ、助けて、
「……る……」
思考がスパークしたそのとき、口からこぼれ落ちたのは、誰の名前だったか。
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