#5 音楽隊はどんちゃん騒ぎ

 人見知りもあって、気が進まなかったのは確かだ。丁度よく、もとい、運悪く倫理の教授に捕まりレポート回収をしていたら、これに存外手こずり、気がついたらとっぷりと日は暮れていた。


 本当なら、杏樹も同じ講義を取っていたのだから助けてくれたら多少は違ったのだ。しかし彼女は琉生と目を合わせるやいなや、アイラインばっちりのその左目をぱちんと閉じたのだ。どんまい、と。


 そんな訳で、琉生は飲み会に遅れて参加、という、人見知りには至極避けたい現実と対面していた。


 しかし居酒屋の前で延々たららを踏み続けるのも不毛である。少しだけ顔を出してみちるの名を出して帰るとしよう。その点は幸い、事情を知る杏樹がいる。説明を省いて帰ってもどうとでもなるだろう。


 琉生はすっと息を吸った。いざ。


 煙草臭い居酒屋の一番奥の座敷を、映画サークルは陣取っていた。紫煙の間を縫い、琉生は丁度近くにいた杏樹にこれ幸いと声をかける。


「ごめん、遅れた」

「ああ越智! 遅いよー、もう大体自己紹介終わっちゃった」

「……自己紹介?」


 杏樹の言葉に、琉生ははたと場を見渡す。そういえば琉生の所属する映画サークルはかなりの弱小で、確か、こんなに人数はいなかった、気が。


 思い当たって、反射的に琉生は杏樹を睨みつけた。


「アンジー」

「あ、合コンじゃないよ、ほら、ほかの大学のサークルとも親交もっときたいじゃん? みんな、これが越智ね!」


 悪びれずに杏樹は琉生を乱暴に紹介する。まあ仲良くする気はないから、雑なのは一向に構わないのだが。ひゅう、と見知らぬ青年が下手な口笛を吹いた。


「いいね、俺結構タイプかも」

「よしてよ冗談」


 ばっさり切り捨てれば、あたりから笑い声が上がる。琉生からしたら笑い事じゃない。しかしその呆気ない切り返しがうっかり気難しげな印象を拭ってしまったようで、ちらちら、視線が集まる。


 琉生は一杯適当に空けて、さっさと帰る決意をした。実に不毛な会である。みちるは楽しんできてと行ってくれたが、半ば騙されたような飲み会で楽しめそうもない。


 届いたばかりの仄白いグラスを半分ほど一気に飲み干す。酒に弱くはないし、居酒屋のチューハイなんて薄いものだが、一気飲みの危険さくらいは常識程度に理解している。もどかしいけれど。


「お、良い飲みっぷり」


 笑み交じりにかけられた声に、琉生は視線だけで応じた。そこにいたのはやはり見覚えのない青年ではあるが、先ほどの口笛の下手な男よりいくらか好青年然として見えた。


「越智さん、飲み会とか苦手なんすね?」

「……まあ、合コンまがいの集まりは苦手ではありますね」

「あはは、俺も。気が合いますね。俺、赤城 悠平。ね、気の合うもの同士、飲み直さない?」

「ない。そういうのはもっと可愛い女の子に言ったら。アンジー……杏樹とかさ。まああいつは尻軽だからおすすめしないけど」


 不機嫌さの滲む琉生の言葉に悠平は二度瞬いて、ふっと吹き出す。


「容赦ないね」

「アンジーに良い思い出ないよ」

「腐れ縁か」

「そうそれ。……まあ実際、妹の面倒見なきゃだからさ、二次会はパスなんだ。悪いね」

「妹さん? 小さいの?」

「ああいや、双子なんだけど、目が悪くて……それこそアンジーがよく知ってるから彼女から聞いて」


 害のなさそうな悠平に毒気を抜かれてうっかり喋りすぎたと琉生は思い直し、グラスを一気に空けた。それから杏樹に一声かけて、さっと席を立つ。


「ああねえ越智さん」


 スニーカーを引っ掛けた琉生を、悠平は呼び止める。それで留まってしまった琉生も自分が不思議だった。悠平は宴会のBGMが大きくて困ったというように一瞬苦笑いして、続ける。


「今度、ほんと都合良い日で良いから、飲み行こうよ」

「……静かでお洒落でリーズナブルなバーとかなら付き合うよ」

「無茶ぶりだな、オーケー探すよ。これ、連絡先ね」


 その無茶な口約束を数週間後、悠平はさらりとクリアして琉生を飲みに誘うのだが、その仕事の速さだとか、社交的な口振りだとかが、妙に琉生の中に印象を強く残した。あまり周りにいなかったタイプだからかもしれない。なんとなく仲良くなれるかもしれない、と思った。

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