厨房で調理

 次の日、早朝の市場のほうがいい食材を手に入れられると聞いたので、リリアと共に市場に来ている。子供たちはお留守番だ。シオンもマークがいるからか、大丈夫だと言っていた。念のために子供たちにはアリアナが護衛としてついている。

買い物くらい一人で行けるようにはなりたいけど、リリアがいてくれて心強い。こっそりとディエゴついてきているのは実は気が付いている。

 狙っているのは肉類やパン類、それから食器、調理器具、そして毛布などだ。ハインツはある程度の物は揃っていると言ったが、ないよりあったほうがいいと思うので購入する予定だ。 

衣食住はロワーズ持ちなので食事の材料に関してはある程度の支度金も頂いた。

 先ずはパン屋の向かいライ麦パンを購入する。白パンは食べ物以外の表示があったのでやめた。卵屋ではコッコ鳥と言う鳥の卵が売ってあり、中にはサルモネラの表示がいくつかあった。菌の付いてない新鮮且つ割れていない卵を探すのに苦労した。卵は購入後、すぐに洗浄してからエコバッグへと入れた。卵買うのにだいぶ時間を削られた……。

 次に向かった肉屋でも菌で苦労した。

肉の中でも魔物の肉はあまり菌に侵されていなかったので、値段こそは張るが魔物の肉を中心に購入した。魔物の肉がどんな味なのか分からないけど、見かけは普通の肉とそんなに変わらない。

今回購入した魔物の肉はオーク、ロック鳥、それからビッグボアだ。なんだか蟹みたいなのがぶら下がっていたけど、鑑定したらフォレストスパイダーと出たのでスルーした。

 塩屋では塩を購入。それからハーブ屋のような場所で見つけたニンニクと生姜、それから薬として売られていたローズマリー、マジョラム、ディル……だと思うんだけど、ノインドと表示が出ていたものを購入した。そのほかにハーブ屋では乾燥したヤマドリタケというキノコを鑑定したら食用のようなので購入した。これは、ポルチーニっぽい。ドライプラムとドライアップルもあったのでそれぞれ購入した。

 牛乳はチーズ屋でチーズと共に購入。バターはなぜか化粧品屋に行けと言われた。バター、それからハーブのタイムは化粧品を売っている店にあったのでそこで購入した。

 最後は馬車のキャンバス布を注文していた布屋で追加の馬車用のウルフの毛皮やウールの毛布を注文した。まだまだ気候は寒いのでできるだけたくさん買い込んだ。リリアがそれぞれのお店の場所を知っていたので助かった。

 正午頃には、買い物も終わり子供たちの待つ部屋に戻ることができた。

シオンとマークは私の帰りを待ちぼうけしていたようでとても暇そうにしていた。準備には時間が掛かりそうなので、明日から私のいない間は二人に体術を教えてあげて欲しいとアリアナにお願いした。

 午後からは調理場を借り、旅路のための作り置きの食事の準備を始めた。紹介された料理長のガスは本当に気さくな人で話しやすかった。ガスにアイリスの話がしたかったが、彼にどのように説明されているのかを分からなかったのでその話はひとまず後にした。

淑女はキッチンに立たたないとリリアに注意されたのだが……私は淑女ではないのでキッチンの使用許可をお願いしていた。使える日が限られていて、今日使えるということだったので出発まで数週間あるけどエコバッグに入れておけばいいか。


「じゃあ、始めるか!」


 今回、エコバッグの中の地球産の食材や調味料は極力使わないことにした。

 ロック鳥は肉と骨を分けてからニンニク、生姜、塩とともにガラスープを作っていく。

 甜菜を風魔法ですりおろし、水を加えて高温で煮込む。こっちの人はこれをどう調理しているんだろう? そのままだと普通に泥臭い。

 近くにいたディエゴに甜菜を見せながら尋ねる。


「ディエゴさんはこれ食べたことありますか?」

「それですか? ありますね。子供の頃はそのシチューが苦手だったな。今もちょっと苦手です」

「少し泥臭いですよね」

「少しどころではなく、不味いです」


 ディエゴが思い出したかのように苦い顔をする。やっぱり普通に調理しても美味しくはないようだ。

 次に芋を取り、風魔法で皮を剥き細かく切る。麻のタオルに包み水にさらす。残りは鍋で蒸す。

 ビックボアを挽肉にして二つに分け、一つに細かく刻んだ玉葱を炒めた物を入れる。

 硬めのパンを風魔法で粉々にし、ビックボアとオークのミンチ肉を玉葱、ニンニク、牛乳、塩、胡椒、溶き卵、それからみじん切りにした人参と混ぜた。胡椒は地球産だけど……胡椒自体こちらにもあったので使用した。因みに胡椒は小さい瓶で銀貨五枚だった……めちゃめちゃ高い。ナツメグは残念ながら探すことはできなかった。作るのはハンバーグだ。

 ハンバーグの生地こねるがオークの油が思ったより多く手に絡みついた。水魔法を出し冷却するイメージでボウルを冷やしていると、どんどん水が凍っていった。 あれ?


ドドン

『氷魔法を覚えました』


 おお、凄い。全属性が未だに何属性まであるのか知らない。


(氷魔法は重宝しそう)


 油は買い忘れたので、ガスに分けてもらったケシの油とヘーゼルナッツの油を大きなフライパンに引きハンバーグを焼き上げる。出来たハンバーグをまとめてもらっていいと言われた皿に入れそのままエコバッグに入れた。油にはラードもあり、それも分けてもらったが……非常に獣臭い。今は使い方が分からないのでとりあえずエコバッグへ入れた。

 鶏ガラスープも一時間ほど煮込んだので味見をする。


「悪くないよね? というか結構美味しい」


 塩で味を調整して鶏がらスープを二つに分ける。片方は火魔法を使いながら粉状に乾燥させた。芋の澱粉も沈澱したので同じ方法で芋の片栗粉を作った。甜菜の甘汁も魔法でさっさと乾燥させ、必要な容量だけ残しエコバッグに入れる。


「魔法、便利すぎる」


 片栗粉はスキルでコピー出来たが、ハンバーグと鶏ガラスープはコピー不可だった。動物はコピー出来ないのか? と思ったけどコッコ鳥の卵は普通にコピーできたので、どうやら魔物に分類されているものがコピー不可らしい。でも、生鮮食品は農家のこともあるので出来るだけコピーはしないで購入するようにしようと思う。

 少しすると仕事を終えたガスが私のいる厨房を覗きに来た。


「いい匂いだ。これはなんでしょうか?」

「こんにちは。厨房を使わせて頂いてありがとうございます。えーと、今から作るのは餃子用のミンチにしたオークです」

「ほう、クズ肉をどのように?」

「ちょうど今から皮で包むんですよ。見ていきますか?」

「それなら、私も手伝っていいでしょうか?」

「はい。大丈夫ですよ」


 オーク、鶏ガラスープ、キャベツ、塩胡椒、ニンニク、生姜で餃子餡を作り、小麦粉と片栗粉で作った皮で包めば完成。三百個くらい出来たかな。良かった、ガスに手伝ってもらって。

 せっかくなのでいくつか餃子を焼き、先程のハンバーグとともにガスとディエゴに味見してもらった。


「美味しいな!」


 ディエゴが嬉しそうに食べたので、私も餃子を頬張る。美味しいけどタレに醤油を使いたい……。


「凄い肉汁ですね。あのクズ肉からこれが出来るとは……他の調理も見て行っていいですか?」

「はい。もちろんです」


 それからコロッケ、卵焼き、芽キャベツとオークソーセージのキッシュ、ボアのシチュー、そして母がよく作っていたチェコ料理のポテトダンプリンとクリスマスによく食べた大麦のクバを作り最後の唐揚げに取り掛かった。

 料理を作る度にガスは興奮していった。


「蒸す。これだけでも画期的です。揚げるという調理法は新しくないですが、今までは魚の素揚げくらいだった。本当に素晴らしい! エマ様、芋というのも最近入ってきたばかりの食材です。それにこんなにも利用法があるとは! 素晴らしいですよ!」


 絶賛だ。ガスがどんどん興奮して声を荒げる。ディエゴは餃子が大変気に入ったようで私を尊敬の目で見て来たのでどこかこそばゆい気持ちになった。


「次はロック鳥の唐揚げです。時間的にもこれが最後ですね。ガスさん、夕食の準備大丈夫ですか?」

「大丈夫です! この材料なら夕食は私もからあげというものにしてもいいですか?」

「まだ作ってないし……美味しいかも分からないのにですか?」

「絶対に美味しいです!」


 ガス、私よりも自信満々だ。しかし、唐揚げには甜菜糖を入れる予定だったんだよね。ガスが来たからとりあえず甜菜糖作るのを中断したけど……ナシでもいいけど。うーん。

 悩んでいたら視線の先にとあるものを発見、もしかしてあれが使えるかも。


「ガスさん、これを少し分けてもらうことはできますか?」

蜂蜜酒ミードですか? いいですよ」


 唐揚げ用に切ったロック鳥に塩、ケシの油、鶏ガラスープ、ニンニク、生姜、それからガスに分けてもらったが蜂蜜酒を入れ、肉をもみもみしてしばらく漬ける。待っている間に芋の片栗粉も準備しているとガスが片栗粉を興味深く見ながら尋ねる。


「この白い粉は一体……上質な小麦粉? いや違う。なんだ?」

「これは芋の片栗粉です。肉をつける時間もあるので片栗粉を実際に作ってみましょうか?」

「ぜひ!」


 一通り澱粉を沈澱させ魔法で乾燥させるとガスは唸りながら眉間に皺を寄せた。


「時短のために魔法を使いましたが、普通に乾燥させたら一日か二日でこの状態になります。液体に溶かすととろみがつき、食材にまぶして揚げるとサクサクにできます。ただとろみに使用する場合、高温の中に入れるとダマになりますから……必ず水に溶かして入れてくださいね」


 そう説明をしながらできた片栗粉をガスにおすそ分けする。


「小麦粉に似ているのですか?」

「うーん。ちょっと違いますね。こちらのほうはとろみが強いです。いろいろと試して見るといいですよ。そろそろ唐揚げを揚げはじめましょう」


 サクサクに揚がった唐揚げにガスは感動のあまり『これは女神の食べ物ですとか?』などと言いはじめ、ディエゴはうめぇうめぇとしか言わなくなった。唐揚げは最強だ。


「エマ様の元で美味しいものを食べられるのならマーク坊も幸せですね。急に居なくなったので心配しましたが……あいつは上手くやっていますか?」

「マークもガスさんのことを気にしていましたよ。ご存知かもしれませんが、数週間後に私たちは北の砦を離れます。また会えるでしょうが……いつになるか分からないので、もしよければマークと出立の前に話す時間を取れませんか?」

「そうですね。私もあいつと会いたいです」


 しかしこれだけの唐揚げを作ったのは初めてだ。スキルのおかげで時短できて苦ではなかったけど、今日はもう食べ物は見たくない。

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