旅支度
ロワーズの執務室を退出、数週間のうちに旅支度を済ませないと行けないことに気持ちが少し焦る。
「エマ様、それでは馬車に案内させていただきます」
「ありがとうございます」
ハインツに案内してもらい早速ロワーズの馬車を見せてもらった。
外見は北の塔に乗ってきた馬車とほぼ変わらない。違いは少しサイズが大きいくらいかな。馬車を覆う布部分はところどころ外れていたり破れていたりするので補修が必要なくらいだ。車輪部分も見る限り特に問題は無さそうだ。
昔、父親が海外に骨董品の買い付けに行った時についていった場所で馬車の博物館を訪れたことがあった。父親はとにかく、昔の物が好きで延々と博物館にあった当時の馬車の話をしていた。そういう関係で馬車の構造は数回見ていたのでそれなりに覚えている。良く覚えているのはリーフスプリングの方だ。コイルスプリングも何となく覚えているけど……この国にコイル状を精密に作れる技術があるかも分からない。もっと時間があれば試してもいいけど……やっぱり今回はリーフ状で行こう。
ハインツが御者席に遇った布を剝がしながら言う。
「馬を準備しますので、幌馬車で鍛冶屋に向かいましょう」
「今からですか?」
「馬車に調整を入れるのならば、すぐにでも預けないとお時間的な問題があります」
「分かりました」
子供たちはリリアとデイジーが見るとのことだったので、馬を連れて来たハインツと共に御者席に座る。何気にこの席に座ったのは初めてだ。
「エマ様、フードをお願いいたします」
「ああ、そうですね。ありがとうございます」
銀髪は目立つのでフードを深くかぶり早速出発する。う、尻に来る。やはり乗り心地はイマイチだ。
鍛冶屋に到着して注文の説明するために紙をお願いしたが……発注は木簡でということだったので、ハインツの助言を元に木簡にできるだけ説明を書く。紙はまだ貴重で、木簡でのやり取りが主流のようだ。
「できました」
「はーい。うーん、これは……親方を呼んで来るので待ってて」
接客係の女性が注文書を奥に持っていくと四十代くらいの大きな男が代わりに出てきた。
「それで、これを発注したいのはそちらのレディか?」
「レディ? あ、はい。期限が短いですが、可能でしょうか?」
「長さがちげぇ板を重ねて、この形にすればいいのか? 出来ねぇことはないが、何のために使うんだ?」
「馬車用に使います。車輪と車体を繋ぎ車体にくる振動を軽減するためです」
「ほぉ。これでそんなことが可能なのか? 本当かぁ? まぁ興味がある。それに団長様の紹介だからな。できるだけ仕事は受けるさ。だが、馬車の長さや仕様を実際見せてくれ」
外に停めていた馬車を男に見せると、しばらく確認した後にニカッと笑う。
「特に修理は多くはない。この仕様ならできそうだ」
「本当ですか! よかったです」
「俺はここの親方のガンツだ。レディ、よろしく頼む」
「エマと言います。ガンツさんよろしくお願いいたします」
幌馬車をガンツに預け、ハインツと下町を歩く。馬車の屋根部分の麻のキャンバス布は布屋にハインツが発注してくれるということだった。
戻る前にハインツと市場に寄ることになった。旅の間の食事は野営の場合はいつかの嚙み切れない携帯食が増えると聞いたのでどうしてもあのゴム肉を回避したかった。我儘かもしれないけど、子供たちにもあの携帯食はつらいと思う。
作り置きして私のエコバッグに入れれば、場所を取らないし誰の邪魔にもならない。
この世界に来て初めて町を歩いているのだが、賑やかだ。ギランの森は雪が降っていたがこちらは肌寒いだけで雪の心配はなさそう。
「エマ様、市場はこちらになります」
マントをさらに深く被り、ハインツと市場を巡る。
言語翻訳のおかげである程度の売っている物は分かる。記憶している食材と少し形や色が違うものもあるけど……。
とある忙しそうな店の前で小麦粉を発見する。いい小麦粉を購入しようと情報収集する。
小麦粉5kg――リーヌ産小麦粉、石、麩
粗悪品
価格相場:大銅貨三枚
待って。石って……。粗悪品どころの問題じゃない。ショックで小麦粉を凝視していたら店員に声を掛けられる。
「お姉さんお姉さん、通常は銀貨二枚のだけど、お姉さんだったら銀貨一枚でいいよ」
「結構です」
「なんだい。買わないのかい」
店員は私が購入しないと分かるとすぐに態度を変え次の客へと移った。客は入っているみたいだけど……石入りなんて要らん。
見れば、その隣の店は閑古鳥が鳴いている。
気になったので同じいくつか金額が異なる小麦粉の情報収集してみる。
小麦粉5kg――リーヌ産小麦粉
良品
価格相場:銀貨二枚
小麦粉5kg――リーヌ産小麦粉、麩
良品
価格相場:大銅貨六枚
小麦粉5kg――リーヌ産小麦粉、胚芽
良品
価格相場:大銅貨五枚
なるほど……麩や胚芽が含まれている小麦粉は灰色や赤黄色っぽい物か。日本では健康食材として流行っていたね。何が違うのか忘れたけどパンとかが膨らみにくい? だったかな。それぞれの価格には結構な違いがある。他を見ても、この店は良品が多いのでここで買おう。お、グリッツもあるし大麦もある。
とうもろこしのグリッツ1kg――リーヌ産とうもろこし
良品
価格相場:大銅貨3枚
いろいろ手に取っていたら店員に声を掛けられる。
「決まったら声をかけてね」
そう言って座っていた椅子に戻る。
邪険にはされてないけど、そっけない感じがする。商品は良いけど、商売上手じゃないのかもしれない。
購入したい商品が決まったのでスキルの信頼関係を発動して店員に声を掛ける。
「えーと、小麦粉にグリッツと玉葱、キャベツ、芽キャベツ、人参、甜菜。あとは、おっ、芋もあるんだ。これも下さい」
「こんなにたくさんかい? 後、これは別大陸からの商品でね。商人に絶対売れるからって出したんだけど、ちっとも売れなくてねぇ。無理して買わなくていいよ」
さっきよりはなんだか店員の態度が柔らかくなったような気がする。
「その商人は良い目を持っていますよ。ただ、このように日に当たる場所には置かないようにしたほうがいいですよ。緑色になったものや芽が出たりしたものを食べるとお腹を壊しますので」
「そうなのかい? 今日入荷したんだよ。食べてみたんだが、あまり美味しいとは言えなくてね」
お店の女将さんに芋のオススメの食べ方レシピをいくつか教えた。蒸す調理法を知らなかった女将さんは、早速試してみると目が輝いていた。
「合計金貨二枚と銀貨一枚だけど、おまけして金貨二枚でいいよ!」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
「こっちこそ、ありがとうね」
大きく手を振って見送ってくれた店員を背にもう一度芋の情報収集をする。
芋――グランダル帝国イルアー地方産芋
中級品
価格相場:銅貨五枚
この世界は、地球の中世と似ているが地球とは違う。まず魔法がある時点で地球とは全然違うのだけど……この辺境の地でもこれだけ食べ物があるのならばうまくやっていけそう。
どこかの帝国からの輸入品だけど、これで芋の片栗粉ができる。甜菜もあるし甜菜糖もできるんじゃない? 砂糖はあるから急ぎじゃないけど、おいそれと地球産を出さない用に気をつけている。時間があれば、片栗粉と甜菜糖を作ってみようかな。
帰り道、ハインツが不思議そうに尋ねてくる。
「エマ様。先程はなぜ安くて人気の店ではなく隣の店を利用されたのでしょうか?」
「ああ、あの店は粗悪品が多く……買い物をした店は良品で妥当な値段でしたので」
「粗悪品と申しますと?」
「小麦粉に石を入れているみたいです。どれくらい入れているかは分かりませんが、私が小麦粉を購入した店にその表示はありませんでしたので……」
「石……でしょうか? それは全ての小麦粉に入っていたのでしょうか?」
「凄いですよね。見た限りの全ての小麦粉に入っていました」
「それはヨハン様に報告しなければ……」
ハインツの最後の呟きは行きかう人の活気良さでかき消された。
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