契約書
次の日、子供たちの許可も出たことで仕事の返事をするためにハインツに案内され再びロワーズと面会する。
「ロワーズさん、このお仕事を受けたいと思います」
「それは良かった。だが『ロワーズさん』と呼ぶのはいささか他人行儀だ。ロワーズと呼ぶようにしてくれ」
「分かりました。ロ、ロワーズ。これでいいですか?」
「ああ」
ロワーズがなぜか穏やかに返事をする。微かに口角が上がっているような気もする。
ハインツが契約書を持ってくる間、二人きりになったので今後の移動予定を尋ねてみた。
「出発は数週間後という話でしたが、目的地までどれくらいの時間が掛かるのでしょうか?」
「騎士だけならば、侯爵領ミュエラまでは十二日程、王都まではそこから三日だ」
子供たちもいるのでもう少し時間が掛かるだろうとロワーズが付け加えた。長旅になりそうだ。あれ……待って。移動手段ってもしかして――
「それは……馬車での移動ということですよね? ここへ来た時と同じ馬車ですか?」
「そうだな。長距離用の馬車になるが、大きく変わるわけではない」
王都まで最短で十五日……子供たちの負担が不安だ。それに……確実に私の尻が死んでしまう。どうにかしないと。
「あの、馬車なのですが……できれば揺れを軽減するために付けたいものがあります」
「あの魔法の水のベッドか?」
「それではないのですが……車輪と車体を繋ぐ場所にバネを付けたいのです。数週間で間に合かどうかわからない上に馬車を改良してしまうのですが……その、可能なら――」
「そんな物で揺れが軽減するのか?」
「私の故郷では、そうでしたが時間がないので簡単な物になります。私も子供たちも十五日もあの馬車の揺れに耐えられるか分からないので……」
「そうであるな……車庫に一台使用してない私の所有する長距離馬車がある。それだったら間に合わなくても、使用しない物だから問題ないだろう。どうだ、ハインツ?」
部屋に戻り隣で話を聞いていたハインツが思い出したかのように頷く。
「ええ、そうでございますね。昨年まで使用していた物ですので、問題はないと思います。鍛冶屋と布屋にも依頼を追加しておきます」
長距離用の旅に備えて馬車を修繕してくれるという。
「我が儘を言って申し訳ありません」
「こんなのは、我が儘の内には入らん。そのバネという物も気になるしな」
「ありがとうございます」
「エマ様。こちらが契約書となります」
ハインツが羊皮紙だろう契約書を目の前に置く。
そういえば、こちらに来て字をあまり見てない……契約書を見るとミミズみたいな字が書いてあるが読める。言語翻訳スキルのおかげかな? 凄い。
「必要ならこちら、代わりに読みましょうか?」
「大丈夫です」
「エマ様は字が読めるのですか? 素晴らしいですね」
識字率が低いのだろう。シオンとマークはどれくらい読み書き出来るのだろうか? その辺も後々勉強させないといけないかもしれない。契約書は話した通りの内容だったので、サインをする。って字は書けるのだろうか?
署名だし別に漢字でもいいっか。一応、この国の言葉を考えながら集中して字を書いてみる。
「書けた……」
ミミズみたいな字だけど指が勝手に動いてくれた。なんだか変な気分だ。
「字もお書きになられるなら、今後のお仕事にも幅が出てくると思われます。では、ロワーズ様も署名お願いいたします」
ハインツが微笑みながら言う。
この国を知らないはずなのに字は読めるって……顔を上げるとロワーズは笑顔のままだったが目は笑っていなかった。
「言語翻訳というスキルはどうやら読み書きもできるようだな」
「はい……」
「それならば、丁度良い。エマの身分をこの国の辺境の準男爵の出身にする。そのほうが都合がいいであろう」
ロワーズが以前借金と引き換えに差し押さえた準男爵マックールの身分をもらった。
「それは、これからはエマ・マックールになるのでしょうか?」
別に白川の姓にそこまで未練があるわけではないけど……せっかくシオンも白川になったのだ。すぐにまた変更するのもなんだか寂しい。
「いや、シラカワのままでよい」
「それならよかった」
この国の準男爵の地位はあくまで平民で、売買されることも多く家名の変更も可能らしい。ということで女準男爵になった。あくまでも仮の身分だから実感はないけど。
「これからよろしく頼むぞ。愛人殿」
「ア、ハイ」
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