初めてのクリスマス

 12月のある日。エリックとセブンは郊外にあるショッピングモールを訪れていた。冷たい北風が吹く外とは違いモール内は暖房が効き、行き交う人々はみなセーターやフリースジャケットなど暖かい冬ものの服装に身を包んでいる。


 今日は年末に向けてナターシャから色々と買い出しを頼まれており、エリックの右手にはパンパンのレジ袋がぶら下がっていた。一方のセブンは辺りをキョロキョロしながらその隣を歩いている。


「あの、エリック」


「どうした?」


「今日のモールはなぜこんなにも飾り付けがされているのでしょうか?」


「ん?ああ、そういえばもうすぐクリスマスだったな」


 辺りを見回すとモール内は白と赤を基調とした飾り付けがされ、クリスマスリースや小さなクリスマスツリーなども置かれクリスマス一色となっていた。


「クリスマス……」


「なんだ知らないのか?」


「キリスト教の誕生祭ということは知っているのですが……こんなにも派手な飾り付けをして祝うのは知らなかったです」


 まだセブンが外の世界に出てきてから日も浅い。皆が当たり前だと思っていることも彼女にとっては全てが未知で興味をひくものに見えているのだ。


「ま、日本人の大多数は心の底から救世主の誕生日を祝ってないんだろうけどな。どーせサンタからプレゼントが貰える日とでも思ってんだろ」


「サンタ?」


「夜中ガキンチョ達にプレゼントを届けるジジイさ」


「全く分かりません」


 エリックのガサツ過ぎる説明にセブンはさらに首を傾げてしまう。きっと夜な夜な子どもにプレゼントを配り回る物好きな老人とでも思っているのだろう。


 しばらく歩いていると二人は中央の広場の前でふと立ち止まる。


「凄い……とても大きいですね」


 広場の中央には色とりどりの飾り付けがされた巨大なクリスマスツリーがそびえ立っていた。二階まで突き抜ける巨木には一定の間隔で赤や黄色など様々な色に点滅する電飾も施され、みな一様に立ち止まって見上げている。


「すげー……どうやって入れたんだろうな」


「不思議ですね」


 二人はしばらくの間、宝石のように光り輝くツリーに見とれていた。


「さあて、そろそろ行かねえと。あとは三階で買い物をすれば終わりだ」


「そうですね」


 広場の側にあるエスカレーターで二階へと上がり買い出しの続きを再開した。このモールの三階は主にリーズナブルな服や日用品を中心に扱っているフロアである。ここで買うのは年末の大掃除に使う掃除用品や仕事で使う新しい防寒着だ。二人は売り場をまわり頼まれていたものを次々と買っていった。


 そして最後に防寒着を買っているときセブンの歩みが止まる。


「……」


 彼女の視線の先にあったのは、ワインレッドのハットバンドが巻かれた黒い中折れ帽だった。


「5000円……」


 横に置かれた値札には¥5000と印字されている。少々値が張るが、それでも彼女はとても羨ましそうな視線をその帽子に向けていた。


「おーいセブン帰るぞー!」


「は、はい今行きます」


 購入品を抱えるエリックに呼ばれ小走りで追いかけていく。その際も何度か後ろを振り返り帽子に羨望の眼差しを向けていた。


 ――帰宅後


「そっかー。もうそんな時期なのね」


 ナターシャはコーヒーが入ったマグカップを片手に帰ってきた二人とジャックに喋りかける。


「あんなにも派手な飾り付けをして祝うというのは初めて知りました」


「そうか、セブンはここに来てから初めてのクリスマスだったな」


 ジャックが話し終えた時、ナターシャは何かを思いついたのかパンッと手を鳴らした。


「そうだ!今年はここでクリスマスパーティーをしない?」


「いいなそれ!せっかく新しい仲間が入ったんだし盛大にいこうぜ。ソアラちゃんや小猫シャオマオちゃんも呼んでさ」


「そうと来れば早速準備しなくちゃね!」


 その言葉を聞いた瞬間、エリックは苦虫を噛み潰したよう顔になった。


「お、おいまさか……」


「ということでエリックごめん!また買い出しに行ってくれない?」


「だああ!またかよお……」


 その後、各々は来るクリスマスパーティーのために材料の用意やツリーの飾りつけなどの準備を着々と進めていった。


 そしてクリスマス当日。


 この日、関東の上空に寒波が襲来したためエリック達が暮らす群馬の多代戸町たよとちょうでは夕方頃から雪が降り始めた。しんしんと雪が降りしきる外とは対象的に店内は鮮やかなクリスマスの飾りつけがなされテーブルの上にはナターシャとエリックお手製の料理の数々がところ狭しと並べられている。


「まさかホワイトクリスマスになるとはね……」


「だな」


 赤いサンタ帽を被ったジャックとナターシャが外を眺めていると、大きなエキゾーストサウンドとともにシルバーのスポーツカー――日産フェアレディZ(Z34)が駐車場へと入ってくる。


「やっほーみんな!メリクリー!」


 勢いよく店のドアを開けてやって来たのはピンク髪の少女――ソアラだった。


「メリークリスマス。あら、サンタのコスプレじゃない!とてもかわいいわよ」


 ソアラが身にまとっていたのはワンピースタイプのサンタ服だった。それも某ディスカウント・ストアで売っているような安物ではなく、見るからに上質な生地で作られている一級品のものだった。


「わーい!オーダーメイドで作ってもらって良かった!」


 ソアラが喜んでいるとまたドアが開き誰かがやって来た。


「メリークリスマス!今日はパーティーに招待してくれてありがとうございます!」


 次にやって来たのは四川軒の小猫シャオマオロンだった。


「美味い飯が食えるって聞いてオレもついて来ちまった!あ、これお祝いのビールだ」


「ありがとうなロンさん。一緒に楽しんでってくれ」


 ジャックがビール瓶の入ったカゴを受け取ると、店の奥からトナカイのツノをつけたエリックが睨みながら二人のもとへと近寄ってくる。


「おいコラ、なんでお前が来てんだよ。ここは中年のオヤジが来るような場所じゃねえんだ。ビール置いたらとっとと帰ってマズいタバコでも吸ってろ!」


「なんだとこのクソ坊主!!」


「こーら二人とも喧嘩しない!」


 二人の間にナターシャが入り込み互いを引き離すが、それでもなお二人は散歩中に鉢合わせた犬のように睨み続けていた。


「これで全員揃いましたね」


「よし!それじゃあ……」


 全員が席に着くと持っていたクラッカーを勢いよく鳴らした。


『メリークリスマース!』


 その後、エリック達は机に並べられた豪華な料理に舌鼓を打ちながら特別な一夜を楽しんだ。一方のセブンは最初の方では少し緊張をしていたが、ソアラと小猫シャオマオと喋っているうちにだんだんと顔が和らいでいった。


 ――約2時間後


「「ヂングルベエ〜ル ヂングルベエ〜ルお正月〜!!」」


 さっきまでバチバチだったエリックとロンだったが、今では顔を真っ赤にさせ肩を組みながら下手くそな歌を大合唱していた。


「お前ら飲み過ぎだ」


「明日どうなっても知りませんよ」


 呆れ果てるセブンとジャックをよそに二人はビール瓶の蓋を勢いよく開けるとそのままお互いの顔に浴びせるようにかけ合った。


「アハハ!超ウケるんだけどw」


「ちょっとあなた達何やってんのよ!?」


 そして1時間後、皿の料理はすっかりと姿を消しパーティーはついに幕を閉じた。


「皆さん今日はありがとうございました。ほらお父さんしっかり立って!」


「あいあい、それでは皆様ご機嫌麗しゅう」


「おいおい大丈夫かよ?心配だからちょっと送ってくるわ」


 文字通りへべれけになっているロンを支えながら小猫シャオマオとジャックは店を後にする。


「みんな今日はありがとう!また呼んでね〜」


「ソアラちゃんも気をつけてね」


 雪が薄く降り積もる中、ソアラも別れを告げ颯爽とフェアレディZで走り去っていった。


「終わってしまいましたね」


「ええ」


「今日はありがとうございました。私のためにパーティーを開いてくれて」


「なに硬いこと言ってるの。あなたは私達の仲間――家族、でしょ?」


 微笑み合う二人の後ろで、椅子にもたれ掛かるエリック酔っぱらいはゆっくりと最後のビール瓶に手を伸ばす。


「エヘヘ……もう一本」


「こらエリック。もうその辺にしなさい」


 あと数センチというところでビール瓶はナターシャに取り上げられてしまう。


「ええ〜そんなあ……」


 涙を浮かべながらエリックはバタリと机に突っ伏しそのままイビキをかきながら眠ってしまった。


「本当……みっともないですね」

















 その夜、セブンの寝室にあるドアがゆっくりと開かれ人影が現れる。


「うへえ……飲み過ぎたあ」


 人影はふらつきながらもセブンが寝静まるベットを目指し歩いていく。カーテンがされた窓からは薄明かりが漏れ新雪のような彼女の銀髪をやさしく照らしていた。


「これでOKっと……ヤ、ヤベ吐きそう」


 枕元に何かを置いた人影はそのまま千鳥足で寝室を抜け出していった。


 ――翌朝


「ん……」


目をこすりながら目覚めると、セブンは枕元に置かれたものに気づく。


「こ、これって……!」


それは彼女がずっと欲しがっていたあの中折れ帽だった。


「エリック!これは……」


ネグリジェ姿のまま食堂に駆け込むと、そこには青白い顔で机に突っ伏すエリックの姿があった。


「うええ気持ちわりい〜 頭いてえ〜……」


「だからあれほど言ったのに……バカだなお前」


「はい、これしじみ汁。前もって買っておいて正解だったわね」


ナターシャが置いたしじみ汁をエリックはちびちびと啜っていく。


「はああ……沁みるう」


「あの」


「おうセブン。どうだ、不良サンタからのプレゼントは……?」


「はい……とても嬉しいです」


「ハハハ……そりゃ良かっ……ヤベ、また吐きそう」


「バ、バカここで吐くな!さっさとトイレ行ってこい!!」


エリックはヨロヨロと立ち上がり、おぼつかない足取りでトイレへと駆け込んでいった。


「まったく……あれじゃあ『あわてんぼうのサンタクロース』じゃなくて」


「酔っぱらいのサンタクロース、ですね」


ハットバンドを見ると名刺大のクリスマスカードが挟まっており、そこには草書体でこう書かれていた。


『Merry Christmas My buddy !(メリークリスマス 相棒!)』

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