カスタマイズショップ13Bの日常〜凶界の吸血鬼短編集〜
管理人
セブンと海
『ここが由比ヶ浜ですね。潮風がとても気持ち良いです』
店に備え付けのテレビの中で、女性タレントが晴れ渡る砂浜を歩いていた。暑くなる日も出てきたがまだまだ5月。由比ヶ浜にはサーフィンを楽しむ人がまばらにいるだけだ。しかし、画面に映る海は鮮やかな青で彩られ、穏やかに波が立っている。
その模様をセブンは興味津々に見ていた。
「エリック」
「あ?」
「私、海が見たいです」
突然のお願いにカウンターに座るエリックは一瞬困惑してしまう。
「海なんてたまに見るだろう」
「あの人みたいに近くで見たことは一度もありません」
「あー……そういえばそうだな」
そう言うとエリックは画面に映る海を見ながら少し考えていた。
「……次の日曜日暇だから、あそこに行ってみるか?」
「はい、お願い……」
「ちょっと待って」
二人の会話にナターシャが入り込む。
「セブンもしかしてその格好で行くつもり?」
「はい、そのつもりですが……」
ナターシャの質問にセブンは首をかしげながら答える。今の彼女は半袖のワイシャツにグレーのジレという夏のスーツ姿だった。
「ダメよ。せっかく二人きりで行くんだもの、オシャレしてかないと。あなた服ってスーツしかないの?」
「はい」
「ちょっとエリックー?」
「おいおいなんだよ。俺だって前に聞いたぞ。そしたら『いえ、特に欲しい服はありません』って言うんだぜ?」
「まったくもう。セブンも一着くらい持ってなきゃダメよ」
「はあ……」
少し困惑するセブン。すると、何かを思いついたのか突然ナターシャがパンと手を鳴らす。
「そうだ。今日は私空いてるからこれからモールへ買いに行かない?四川軒の
――1時間後、
「どこ行きます?」
「あそこなんてどうかしら?」
2人はセブンをよそにまるで観光客のようにはしゃいでいた。一方のセブンはというと、無表情で彼女たちの少し後ろを歩いている。二人の勢いに彼女は中々ついていけずにいた。
「あの……」
「あ、ここいいんじゃないですか?」
「うん、いいわね。ちょっと行ってみる?」
「ほら、セブンちゃんも早く早く!」
「ちょ……ちょっと!」
「セブンちゃんいい?」
「え……ええ」
「とってもかわいいよ~!」
「そ、そうでしょうか……スカートはあまり履かないのでその……少し恥ずかしいです……」
普段着ないような服を着て顔を少し赤らめるセブン。
「それじゃあこれはどう?」
ナターシャが選んだのは白い半袖ブラウスにジーンズ製のレギンスパンツの少しカジュアルなものだった。
「大人っぽくて良いじゃない」
「次はこれ着てみて!」
その後も二人は様々な服をセブンに着せていった。
「あの……二人とも私で遊んでいませんか?」
――試着を繰り返すこと30分後
「とっても似合ってるよセブンちゃん!」
「ええ、これならエリックもメロメロよ」
「はい、私も気に入りました。これにします」
セブンの服が決まり三人は会計を済ませショッピングモールをあとにする。外はすっかり日が沈み薄っすら暗くなっていた。
「今日はありがとうございます」
「いいよいいよ!とても楽しかったからまたみんなで行こ!」
「今度はソアラちゃんもさそってみない?」
夕暮れ時を走るWRXの車内は三人の会話で賑わっていた。ハンドルを握りながらセブンは彼女達との距離がさらに縮まったのを感じ少し微笑んだ。
そして日曜日。晴れ渡る空の下、店の前にはエリックとジャックが立っている。エリックは相変わらず黒いタンクトップにジーパンという変わり映えしないファッションをしていた。
「エリック、お前その車持ってたんだな」
「ああ。俺の秘蔵のスポーツカー『虎の子』の第一号さ」
エリックの横にはメタリックブルーのスポーツカー――ホンダ S2000が停まっている。ビニール製の天井は車体の後ろに格納されオープンカー状態となっていた。
「お……おまたせしました」
エリックが振り向くと、そこにはナターシャと少し恥ずかしがっているセブンが立っていた。白のサマードレスは所々にフリルがあしらわれ、胸元には水色のリボンタイが結ばれている。白銀のロングヘアーの上に白の帽子を被っている姿はまるでどこかの令嬢を思わせるようなものだった。
「セブン……」
「お、顔赤くなってるぞエリック」
「う……うるせえ。そんなジロジロ見んじゃねえよ……さ、早く行こうぜ」
「は……はい」
二人は少しぎこちない動きで車へと乗り込む。
「じゃあ行ってくるぜ」
「おう、楽しんでこいよ」
「二人とも気をつけてね」
二人に挨拶を済ませるとエリックは車を発進させ店を出発する。しばらくするとスピードが乗り始め、吹けの良いエンジンサウンドが二人の鼓膜を刺激していく。
「セブン……とても似合ってるぞ、その服」
彼の口から待ちわびていた言葉が聞けてセブンは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、できればもっと早く言ってほしかったです」
「アイツらがいる前だとちょっとなー……」
「エリックって意外と恥ずかしがりやなんですね」
「うっせえ」
しばらく走っていると車内に新緑の風が吹き込み、セブンの髪をなびかせる。
「気持ちいい……」
「絶好のオープンカー日和だな。
「後でこの車、私にも運転させて下さい」
「ああ、いいぜ」
高速を乗り継ぐこと約3時間弱、二人は由比ヶ浜へと辿り着いた。
「凄い……とても綺麗ですね」
車から降りた二人の眼前には雄大な相模湾が広がっていた。サファイアブルーの海に白い砂浜のコントラストは目に焼き付くほど美しく、セブンは目を輝かせる。
「砂浜に降りよう」
砂浜へ移動すると、セブンは小走りで波打ち際近くへと向かっていく。潮の香りが鼻腔をくすぐり、聞こえて来るのは穏やかな波音とウミネコの鳴き声くらいだった。
「エリック。ちょっと海に入ってもいいですか?」
「ああ、気をつけてな」
セブンは白いサンダルを脱ぐとスカートの裾を少し上げながらゆっくりと足を浸けていく。
「冷たいですね」
「まあまだ5月だからなー」
「でも、少し気持ちいいです」
彼女はそのままゆっくりと波打ち際を歩いていく。何度も寄せてくる波の感触に思わずくすりと笑ってしまう。柔らかい潮風が吹く度に白銀の髪はさらさらと流れ、スカートはふわりと舞い上がる。
そんな光景に少し後ろを歩くエリックは完全に見惚れてしまう。いつもは見せない彼女の表情、仕草の一つ一つが彼の鼓動を高鳴らせていた。
「エリック、どうかしたんですか?」
「あ……いや……楽しそうで何よりだなあって思ってさ」
「はい、とても楽しいです」
少し嬉しくなったのか、セブンはくるりと一回転したり、軽いステップを踏みながら歩くようになった。
「お、おい、ちゃんと歩かねえと転ぶぞ」
その時、セブンは少し足をもつらせてしまい転びそうになる。
「おっと」
寸前のところでエリックは彼女をお姫様抱っこのように受け止めた。彼女がゆっくりとまぶたを開けると、至近距離まで近づいたエリックの顔が現れる。
「あっぶねえ……ちょっとでも遅かったら服が台無しになるところだったぞ」
彼女は思わず頬を赤らめ、すぐに彼から視線を逸らし立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
「腹減ったし近くで何か食べるか」
「そう……ですね。私もお腹が減りました」
二人は再び駐車場へと戻り車に乗ろうとする。
「あ、わりいちょっとトイレ」
エリックは車の近くにセブンを残し、公衆トイレへと駆け込んでいく。残された彼女は車のボンネットに少し腰を掛けながら海を見ていた。目を閉じて穏やかな波音に耳を傾けていたその時――
「ねえ、キミ今一人?暇ならさ、これからオレ達と一緒に遊びに行かない?」
振り向くとそこにいたのは金髪姿の若い男性二人組だった。
「いえ、人を待っていますので」
「いいじゃ〜ん。オレ達と一緒に遊びに行こうぜ~」
男の一人がセブンの手首を強引に掴み連れて行こうとする。
「やめてください」
振り払う手に思わず力が入ってしまう。男はそのまま投げ飛ばされ、彼らが乗る黒いミニバンのフロント部分に叩きつけられる。
「ケンジいいー!おい、お前何してくれてんだよ!!」
怒ったもう一人の男がセブンに殴りかかろうとしたその時、その手首を誰かがガッシリと掴んだ。恐る恐る男が振り向くと、眉間にシワを寄せながら笑っているエリックの姿があった。
「俺の連れに何してるのかなあ~キミい……」
エリックは手に思いっきり力を込める。
「いだだだだだだだ!!!」
「女の子に殴りかかるなんて駄目じゃないか〜」
痛がる男をよそにさらに力を入れるエリック。
「あーだだだだだ骨折れる〜!ギブッ、ギブです!!すみませんでしたー!!!」
「分かったならとっとと失せろクソガキ!」
「し……失礼しましたあああ!」
男は目を回している仲間を車に乗せると逃げるように駐車場から去っていった。
「ったく……大丈夫かセブン?」
「は……はい。ありがとうございます」
「早いとこ飯食いにいこうぜ」
その後二人は近くの店で昼食をとり、セブンの運転で周辺をドライブしたりした。S2000は少しクセがある車だが彼女はものの数十分で運転をマスターしドライブを楽しんでいた。
そしていつしか夕暮れ時となり、由比ヶ浜の砂浜はオレンジ色に染まり太陽が水平線に消えていこうとしていた。
「綺麗……」
「ここって夕日スポットとしても有名なんだって」
二人はしばらく沈みゆく夕日に見入っていた。
「エリック……」
「なんだ?」
「私、もっといろんなところに行ってみたいです。任務とかじゃなくて、こうして二人きりで……」
「ああ、いくらでも連れてってやるよ」
「ありがとうございます」
二人のもとに潮風が吹く。オレンジ色の光を受け、彼女のさらさらとなびいている髪が輝いていた。
「この時間が、いつまでも続けば……」
「セブン、何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
そして二人はそのまましばらく夕日を見ていたのだった。
帰り道。S2000が奏でるVTECエンジンのサウンドを聞きながらエリックは今日のことを思い出していた。彼の脳裏に焼き付いているのは楽しそうにしているセブンの姿ばかりだ。髪とスカートをなびかせながら海辺を歩く姿を思い出すだけで胸がドキドキしてしまう。血を吸われたわけではないのに彼女が見せてくれた仕草や表情の全てが可愛く、愛おしく感じてしまう。それはまるで――
「セブン」
ちらりと助手席へ視線を向けると、セブンは帽子を抱えながらすやすやと寝ていた。
「……眠り姫を起こさないようにしねえとな」
エリックは彼女を起こさないようになるべくエンジンを鳴らさずに運転していく。
ふとセブンへと視線を向けると彼は思わず顔がほころぶ。柔らかい笑みを浮かべる彼女の寝顔がとても幸せそうに見えていた。
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