第18話
領主様に建ててもらった料理屋は、とても立派な建物だったが、タッシェも観光地として有名になって発展したこともあり、5年経つ頃には店の建物を買い取ることができた。
タルツが治安部隊にいた頃は、クンストで家を借りて一緒に住んでいたが、タルツの能力が認められて領主様の護衛騎士となってからは、タッシェの店の裏に家を建てて、そこに住んでいる。
1人で経営するのは少し不安もあったが、最初の頃は領主様が度々訪れて相談に乗ってくれたし、商人ギルドを通して人を雇う際にも付き添ってくれた。
今の俺は平民だし、そんなことまでしてくれるなんて思ってもみなかった。
それに、領主様は本当にルスカートのズモートの街のことを調べてくれた。
あの事件の後、なんと皇帝が動いたらしい。
料理評論家と薬草を俺の料理に混ぜた人物は繋がっていて、やはり私を嵌めるために行ったようだった。
皇帝の怒りに触れたのか、その2人は家族含めて処刑されたらしい。
ルスカートではよくあることだが、タッシェで平穏な生活をしていると、自分がいかに恐ろしい国にいたのかが分かってゾッとした。
一歩間違えば、俺も処刑されていたかもしれない。
ブラクテークは、私たちが街を出てすぐに閉店したそうだ。
そうだよな・・・。師匠と女将さんはもう年だ。2人でやっていくなど無理だよな・・・。
しかし、2人は元気にしているそうだ。
俺たちが元気でいることも伝えてくれたらしい。
伯爵家はその後、皇帝の怒りを買ったとかで取り潰され、俺の父を領主にという話が出ていると教えてくれた。
本当は実家にも連絡を取りたい気持ちはあったけれど、あんな小さな街の事件に皇帝が出て行ったという事実が怖い。
下手に連絡を取って両親や弟を危険に晒すようなことはしたくない。
いや、もう俺は死んでいると思われているだろうな。
「タルツ、元気だったか?」
「あぁ。もう私もすっかり歳をとった。」
「いや、まだ38だろ?」
「私もそう思っていたが、もう昔のようには動けない。
治安部隊ならできるかもしれないが、旦那様の護衛は難しい。それに、次の護衛というかあいつは側近か、まぁやっと戻ってきたからな。あいつは凄いぞ。私より強いし頭もいい。」
「そっか。あの真っ白な髪で水色の目の
シュペア君だよね?そんなに凄い子なんだね。」
「5歳から領主様に仕えると決めて、努力を重ねてきた青年だ。」
「そっか。それでその子が戻ってくるまでタルツは領主様の護衛を続けていたんだね。」
「あぁ。2年前に戻ってくるはずだったんだが、まだ弱いからあと2年修行したいと言ってな。それで私の引退も2年延びてしまった。」
「引退って言っても、まだ治安部隊の育成には関わるんでしょ?」
「そうだな。まぁ、月に3度ほどだが。」
「そうだ、ルスカートでは皇帝が代替わりしたらしいよ。」
「そうなのか。」
「それで規制が緩和されたとかで、ルスカートとエトワーレの行き来も随分楽になったんだって。」
「そうか。ファルトはルスカートに帰るのか?」
「いや、俺はここに店もあるし、従業員もいるし、嫁も子供もいるからな。ずっとここで料理屋を続けるよ。領主様には返しきれないほどの恩もあるし。
代替わりしたからと言ってそう簡単に腐敗した連中が変わるとも思えないしな。
まぁでも、手紙くらいは出してみようかな。
タルツはどうするの?」
「そうか。私はルスカートに家族がいるわけでもないから帰る理由がない。もう一度騎士として働かせてくれた旦那様には感謝しているが、余生はファルトの店を手伝いながらのんびり暮らしたいと思っている。
フェルゼン領にいれば安全だしな。」
「そっか。じゃあこれからもよろしくね。」
「あぁ。」
「なぁ、聞いたか?」
「何をだ?」
「この前タッシェの近くでブラックベアが出たらしいぞ。」
「マジか。」
「でも、料理屋のウエイターが食事用のナイフで倒したらしい。」
「は?料理屋のウエイター?しかも食事用のナイフで?」
「驚くだろ?」
「意味が分からんな。」
「・・・タルツ、ブラックベアを食事用のナイフで倒したの?」
「あぁ、すまん。武器を携帯していなかったから店のナイフを使ってしまった・・・。今後はダガーくらいは携帯しておく。」
「いや、それはいいんだけどね。しかもウエイターの服のままで討伐に行ったの?」
「あぁ、すまん。営業中にちょっと店を離れた。」
「別にそれもいいんだけどね。タルツ、引退する必要なかったんじゃない?」
「いや、足も遅くなったし、反応も遅くなったから、みんなの足を引っ張りたくない。」
「みんなの足を引っ張ることはないと思うけど・・・。
なんか、相変わらずなんだね。ちょっと懐かしくて安心したよ。」
「そうか。ファルトを安心させることができたなら良かった。」
ある料理人と元騎士の話 たけ てん @take_ten
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