第16話



「じゃあ、ダメもとで領主邸に行ってみるか?」




「君たち、領主邸に行くのか?」

「え?あ、はい。」


とんでもなく綺麗な青年に話しかけられた。なんかどこかで見たことがある顔にも見えるが・・・。思い出せない。


「何しに?」

「えっと、いつかここに料理屋を開きたいと思って。この街は鞄の製作のために開墾して作られた街だと聞いたから、土地の権利は領主にあるのかと思って。門前払いかもしれないが、行くだけ行って聞いてみようかと。」


「なるほど。分かった。話を聞こう。」

「え?」


「あぁ、すまん。自己紹介がまだだったな。私はウィルバート・フェルゼン。一応このフェルゼン領の領主をやっている。」

「あ、え、あ・・・。」


この人が・・・。

まだ心の準備が・・・。

いつか会えたらいいと思っていたが、護衛もつけていないし1人で街中を歩いているとは思いもしなかった。


どうしたらいい?俺は狼狽えた。貴族のマナー・・・彼は高位貴族だ。

失礼があってはいけない。



「ふふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。君も貴族なんだろう?」

「いえ、俺、わ、私は、もう随分昔に家を捨てているのでただの平民です。」


「そうなのか。じゃあそっちの彼も護衛騎士ではないのか?」

「えぇ。彼は冒険者です。私もですが。」


「そうか。奇遇だな。私も冒険者だ。」

「え?侯爵様ですよね?騎士団で隊長もされているとか。」


「よく知っているね。確かに侯爵家の当主でもあるし騎士団の中隊長もやっているが、冒険者もやっているんだ。」

「そ、そうですか。」



「貴族の令息が家を捨てるなど、ただ事じゃないね。それに彼も元は騎士だろう?話を聞こう。」

「いいんですか?」


「あぁ。君たちの名前を聞いても?」

「あ、失礼しました。私はファルトゥーフです。」

「私はタルツァーと申します。」


「出身は他国だろう。宿はどこにとっている?クンストか?王都か?」

「クンストです。」


「そうか。じゃあクンストの領主邸で話をしよう。私は馬で来ているんだが、君たちは徒歩か?」

「はい。」


「じゃあ先に領主邸に向かっていてくれ。私は用事を済ませたらすぐに馬で向かう。領主邸には連絡を入れておくから心配いらない。ではまた後ほどな。」

「「はい。」」


フェルゼン侯爵様は凄い人だ。なぜ俺が元貴族だと分かったんだろう。

タルツのことも騎士だと見抜いていた。しかもこんな何処の馬の骨とも分からないような俺たちの話を聞いてくれると言う。




「あーー!!」


「ど、どうした?ビックリしたぞ。領主様に話しかけられたこと以上に驚いた。」


いつも冷静なタルツが驚くなど珍しいな。それより・・・。


「ごめん。思い出したんだ。領主様の顔、どこかで見たことがある気がしていたんだ。でもあんなに綺麗な人に会ったら忘れるわけがないと思ったんだけど、会ってはいなかった。」

「ん?どこかで見たのか?」



「芸術作品の展示販売施設の入り口。」

「あ!あのマッチョな像か?」


「そうそう。」

「あれは、領主様としていいのか・・・?」


「領主様が知らないわけないし、いいんじゃない?」

「そうか・・・。心が広い人なんだな。」


「それより、クンストへ急ごう。隣とはいっても2~3キロはあるだろう。領主様を待たせるわけにはいかない。」

「そうだな。急ごう。」


俺たちは少し小走りをしながらクンストの領主邸に向かった。





「領主様と会う約束をしております、ファルトゥーフとタルツァーと申します。」

門番にそう伝えると、執事が来た。


「ようこそ、旦那様から伺っております。どうぞ。旦那様ももう降りてくると思います。」

「降りてくる?」


「えぇ、先ほどお戻りになられてお着替えをされております。」


え!いつの間に追い抜かれていたんだ?

まさか領主様より遅く着くなど・・・。不敬に当たらないだろうか・・・。





「やぁ、早かったね。」

「いえ、領主様より遅くに着くなど・・・申し訳ございません。」


「そんなことで謝る必要はないよ。さあどうぞ入って。」

「はい。」


領主様自ら玄関で迎えてくれるなど・・・。畏れ多いのだが・・・。

伯爵家ではそんなことは一度だって無かった。



「どうぞ、ここは私の執務室だ。」

「「失礼します。」」


そして領主様は手ずからお茶を淹れて出してくれた。


こんな貴族、いるんだな。

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