第12話



「すみませーん。」

「はい、あぁガゼッタさん。どうしたんですか?次のレシピはまだですよね?」


「ええ、今日はお誘いに。」

「お誘い?」


「ええ。周辺の街と合同で、料理人を集めて料理コンテストを開くことになったんですが、ファルトさんにもぜひ参加していただきたいと思って。」

「料理コンテストですか。」


「ええ。開催場所はこの街ですし、お祭りの一環なので気軽に出ていただければと思っています。」

「店のこともありますし、少し考えさせてください。」


「分かりました。いいお返事お待ちしています。」


ガゼッタさんはそう言うと帰って行った。

料理コンテストか・・・。



「師匠、どうしましょう。」

「ファルトが出たいなら出たらいい。」


「でも、店が・・・。」

「コンテスト当日は休めばいい。今まで頑張ってきたんだから、1日くら休んだところで誰も責めやしないだろう。常連さんには休むことを伝えておいた方がいいかもね。」



「タルツ、どう思う?」

「ファルトが出たいなら出ればいい。俺はファルトの意志を尊重する。

もし危険が訪れた時には対処できるようにしておくから心配いらない。」


「いや、料理コンテストで危険など訪れないだろう。」

「何が起きるか分からないからな。備えておくに越したことはない。」


「分かったよ。出てみようかな。」

「あぁ。じゃあ俺は全力でファルトを守るだけだ。」


街のお祭りだし、料理コンテストで危険目に遭うわけないだろう。

タルツは心配性だな。


俺は、常連のみんなや、お昼だけ手伝ってくれる奥さんたちの勧めもあってコンテストに出ることにした。





お祭りか。店があったからお祭りはチラッとしか見たことがない。

参加できるなんて嬉しいな。


料理コンテストの参加者は10人ほどだった。

料理の他に歌のコンテストや、ファッションセンスを競うコンテストもあった。


料理のテーマは家庭料理。簡単に手に入る食材のみを使い、半刻ほどで仕上げなければならない。

審査員は、王都から呼んだ料理評論家と言われる人や、街長、他にも抽選で選ばれた街の住人など、5人が審査をする。

その後、街のみんなにも無料で振る舞われることになっている。



俺はピエロギを選んだ。

ピエロギは通常、茹でて湯からあげ、チーズやクリームをかけて食べるが、俺はピエロギを入れたスープを作ることにした。

これから秋が深まり、冬が訪れた時に温かいスープをと考えたからだ。


トマトベースのスープに、パセリやバジルを混ぜたジャガイモのピエロギを投入する。

別にコンテストで1位なんて取れなくてもいいんだ。誰かの心をこの料理で温かくできたらそれでいい。



作り上げた料理を係の人に預けると、俺はタルツの元に向かった。



「ファルト、お疲れ様。」

「ありがとうタルツ。美味しくできたと思うんだ。」


「そうか。それは良かったな。」

「別に評価なんて要らないんだ。ここにいる誰かの心が温かくなったらいいな。」


「そうだな。」





「苦い!!誰だ!こんな料理を出した奴は!!」




「なんだ?」


「ファルト下がれ。襲撃かもしれん。」

「いや、そんなことないだろ。」


タルツは俺を背に庇うように前に出た。

襲撃って、敵国と隣接している地域でもあるまいし、こんな街のお祭りでそんなことが起こるわけがないのに、タルツは心配性だな。


審査員席やその周りの観客席などがかなり騒がしい。




「ファルト、一旦店に帰るぞ。」

「え?」


俺はほとんど連行されるような状態でタルツに店まで連れて行かれた。




「タルツ、どうしたんだよ。」

「やられた・・・。ファルトが作った料理に誰かが何かを入れたんだと思う。」


「え?」

「審査員席に座っていたやつが、ファルトのスープを飲んで苦い毒だと騒ぎ出した。」


「なんで・・・。」

「おそらく成功しているファルトへの妬みだろう。」





「失礼します!」

ガゼッタさんが店に飛び込んできて、きっちり店の戸を閉めた。


「ガゼッタさん、どうなってるんです?俺の料理に誰かが何かを入れたんですか?」


「申し訳ありません。恐らく誰かが何かを入れたのだと思います。誰も身体の不調を訴えていないので、毒である可能性は低いですが、何か入れられたのは間違い無いかと。」

「そうですか・・・。」


「それより、ファルトさんのことが・・・」

「俺がなんですか?」


「街長も審査員として参加していたので、街長を暗殺するつもりだったんじゃないかとか、料理人資格の剥奪をと騒ぎになってしまって・・・。

最悪捕縛される可能性が・・・。」

「・・・そんな・・・。」




この国はもうダメだ。

人のことを羨むのはいいが、貶めてやろうとか、そんな考えの奴が上に立っているような国はもうダメだ。



「・・・もういいよ。」

「ファルト・・・。」


「ちょっと1人になりたいからガゼッタさんは帰ってください。」

「分かりました。私たちも全力で 犯人を探していますので、今しばらくお待ちください。」


そう言うとガゼッタさんは帰っていった。




「・・・タルツ、この10年くらいは楽しかったね。」

「そうだな。」


「俺は、もうこの国にいたくない。」

「そうだな。」


昔感じた底無し沼のようなドロドロとした感情が湧いてきて、吐きそうになった。

どこに行ってもこんなことになるのなら、もう、この国にいる意味はない。



「師匠と女将さんに挨拶をしたら、この街を出るよ。」

「もちろん俺もついていく。」


「うん。ありがとうタルツ。」

「俺が好きでしていることだ。ファルトは俺が守るから心配ないからな。」


「うん・・・。」


俺はタルツと一緒に師匠と女将さんにコンテストで起きたことを話し、この店を継げなくなったことと、旅に出ると告げると、深く謝罪して店を出た。


タルツはいつも何か起きた時のために荷物をまとめてくれていた。

そんなことをしなくても大丈夫だと何度も言ったが、今回ばかりはタルツには感謝しかない。


タルツが備えていてくれたため、俺たちはすぐに店を出て、そのまま街を出た。




「この国はもうダメだね。」

「国を出るか?」


「そうだね。他の国には俺たちが食べたことのない料理や食材があるはず。それを食べて回るのもいいよね。」

「そうだな。」


「本当に、何が起きるか分からないね。俺、お尋ね者になるのかな?」

「毒の反応は出ていないと言っていたから、すぐにそのような判断が下るとは思えない。もし判断が下るとしても、混ぜられたものの特定をしてからになるだろう。それまでに国を出よう。」


「ねぇ、それって平民でも?平民が問題を起こせばすぐにでも捕縛に出るんじゃないの?」

「そうかもしれん。なら森を抜けて、とりあえずここから一番近いエトワーレに行こう。」



「うん、分かった。・・・ごめんねタルツ。」

「どうした?」


「だって、俺のせいでタルツにまで迷惑をかけて、国を出ることに・・・」

「気にするな。俺は一度死んだみたいなものだ。これからの人生はファルトと共にあると決めている。それがどこの国であってもファルトを守ることができれば俺は幸せだ。」


「タルツ、ありがとう。」


さすがに平民1人に対して追っ手を差し向けるとは思えなかったが、お尋ね者になっている可能性を考えて街道から遠い深い森の中を進んだ。






ーーーー


>>>その頃街では


「もし、そこのお方、このブラクテークという店は今日は休みなのか?」

「いや、閉店したんだよ。可哀想に。料理人の子も接客していた子も、とっても良い子たちだったのに。

嵌められて逃げたのさ。」


「嵌められた?」

「この店が繁盛したことや、地方紙に掲載していたレシピが好評だったから妬まれたのさ。元々老夫婦がやっていたが、もう2人ではできないからと閉店したんだ。」


「そうか・・・私はここの料理のファンだったから、残念だな。」

「そうかい。私ら主婦もここの料理人のレシピは毎回楽しみだったから残念だよ。」


「レシピとは?」

「地方紙に料理人の子が家庭料理のレシピを載せていたのさ。何年前からかな、もうかなり長いね。」


「そうか。その地方紙はどこで発行している?」

「広場の西にある水色の屋根の小さな家だよ。」


「そうか。助かる。」


深く帽子を被っているが、綺麗な金髪の巻毛がチラリと見えるその人物は、肩を落として皇都の方へ帰っていった。




「・・・ということがあってな。詳しく調べてくれ。彼らの行方も。」

「かしこまりました。」


皇帝が動くと、犯人はすぐに炙り出され、更にファルトの出自まで明らかになった。

しかし、国内をどれだけ探し回ってもファルト、タルツどちらの痕跡も一切見つからなかった。


「そうか。あの料理人は男爵の子息だったのか。冒険者は分からんが。

なるほど、だから繊細な味付けができるのかもしれないな。」



そして皇帝のお気に入りである貴族の子息を貶めた罪により、審査員長の自称料理評論家と、苦味が強い薬草を混入させた犯人の男は拷問の末に斬首刑となった。


「あの料理をもう食べられないのか。許さん。殺すだけでは気が済まん。

しかも彼と行動を共にしていた冒険者はAランクだというではないか。

どちらも国を出たとすれば、とんでもない損害だ。奴らの親族も皆処刑しろ。」

「しかし・・・。」


「なんだ?」

「いえ、かしこまりました。」


「それと、何か情報がないか男爵にも問い合わせを。」

「かしこまりました。」



ファルトの父はこの時に初めて息子が生きていて、料理人になったことを知った。

地方紙でレシピを掲載していたことを聞くと、男爵はそのレシピを取り寄せた。


「そうか。生きていたか。しかも皇帝のお気に入りになっていたとは。

もう帰ってくることはないだろうな。

ファルトゥーフ、生きたいように生きなさい。」

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