第11話


「ファルトもレシピを掲載してから知名度が上がったんだから、外に出る時は必ず俺に声をかけてくれ。俺がいなければ、冒険者ギルドに護衛を頼んでもいい。」

「いや、そこまでしなくてもいいだろ。ちょっと街に買い出しに行くだけだし。」


「街中とはいえ、何があるか分からん。」

「タルツに心配かけないよう気をつけるよ。」



タルツは冒険者を続けており、すでにAランクになっているが、俺は店のことが忙しくて、冒険者資格が失われないギリギリの頻度で薬草採集の依頼を受ける程度なので、Fランクのままだ。

店の運営も順調にいっているし、冒険者を続ける理由がなくなってきたから、もう引退してもいいとも思ったが、せっかくランクが上がったのだから、いつか俺も討伐依頼などを受けてみたいという夢もある。


俺がメインの料理人となって、師匠がフォローをしてくれる生活がしばらく続いた。

最近はお客さんの人数も増えて、店が回らないので、タルツはほとんど毎日店に出ている。




「タルツ、人を雇おうか。」

「なんでだ?」


「いや、タルツが冒険者活動ができないだろう?」

「そんなことはいいんだ。人気の店になったのだから、よく思わない同業者などが襲撃してくるかもしれないだろう?俺は店とファルトを守る義務がある。」


「義務なんかないよ。俺はタルツには好きなことをしてほしい。

それに、嫌味や文句を言われることはあっても襲撃なんかないだろう。」

「何があるか分からんからな。俺が守るからファルトはそんなこと気にせず美味い料理を作ってくれればいい。」


「うん。とってもありがたいけど、本当にいいの?」

「あぁ。俺はやりたいことをやっている。誰かに強制されたわけじゃない。俺がやりたいことを選んでやっているんだ。」



タルツはそんなことを言ったけど、結局人を雇うことになった。

女将さんも歳のため、連日の繁盛で身体に負担がかかって、配膳を続けるのが難しいと言われたからだ。


料理は仕込みに時間がかかるが、仕込みさえしておけば問題ない。

しかし配膳や会計は1人でできる仕事量ではなくなっていた。



夜は特定の時間に集中するわけではないので、タルツだけでも大丈夫だが、昼はとても回せなくなり、近所の奥さんを2名雇うことになった。


なんでも地方紙で俺のレシピを見てくれているそうで、お昼の配膳だけでも手伝ってくれるという。ありがたい。





「ファルト、気付いているか?」

「あぁ。なんで皇帝がこの店にいるんだ?平民の服を着ているからお忍びなんだろうけど、わざわざこの店に来た理由が分からない。」


「俺かファルトに用があるということは考えられないか?」

「まさか。今まで誰かが俺たちを探しているという話は聞いたことがない。

それに、皇帝がわざわざ忍んでまで俺らに接触する理由がない。」


「そうだな。では、ファルトの料理を食べに来たということか?」

「それ、すごいプレッシャーなんだけど・・・。」



「皇帝はグルメだと聞いたことがある。それで伯爵が珍しい魔獣を献上したいとかで遠征に行かされたことがある。」

「・・・。」


伯爵はそんなことにタルツを使ったのか・・・。



「ファルトはいつも通りの料理を提供すればいい。ファルトの料理は美味いからな。俺も、皇帝だと気づいていないふりで一般客と同じように接する。

皇都でもないのに皇帝だとすぐに分かる方が不審に思われるだろう。」

「分かった。いつも通りでいこう。」


皇帝は、ランチにオークのカツレツセットを注文し、デザートにクルミとシナモンを練り込んだバターケーキを食べて帰って行った。




「何もなかったな。」

「あぁ。本当にこの店の料理を食べにきただけなのかもしれない。」


「無いと思うが、皇帝がファルトを 宮廷料理人として引き抜くような話が出てきたら、俺はファルトを連れて他国へ逃げる準備はできている。」

「タルツ、それはないだろう。俺は平民だと思われているだろうし、平民を宮廷に上げることはないだろう。」


「いや、何があるか分からん。権力とは恐ろしいものだからな。」

「そうだよね。タルツはそのせいで死にそうになったんだもんね。気をつけておくよ。」



その後も月に1度ほどのペースで皇帝はこの店を訪れた。

特に接触してくることはなかったので、多数ある皇帝のお気に入りの店の一つになっただけなんだろう。


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