第10話


「師匠、女将さん、これからよろしくお願いします。」



俺は料理なんて全くしたことが無かったから、ナイフの使い方から教わった。

恥ずかしながら、野菜の名前もハーブの名前も知らないものばかりだったし、本当に迷惑しかかけていないと凹んだ。


俺が役に立てたのは火をつける時と、水を用意する時だけだった。



隣の領地で買った岩塩も使い方が分からなかったし。タルツはナイフで削って肉にかけていたが、俺が同じことをしろと言われてもできる自信はない。


本当に俺は、今まで何をして生きてきたんだ・・・。

貴族なんか、偉そうにしているだけで何にも知らないんだな。




半年も経つと、俺はやっとスープの仕込みを手伝えるほどになった。

そして、やはり俺には剣術の才能がなく、ナイフもなかなか上手く使えなかったため、風の魔術で材料を刻むことにした。


実はそれはタルツの案だ。

ナイフを上手く使えず、悩んでいた時にタルツが、

「ファルトは魔術を繊細な使い方ができるから、魔術で刻んでみてはどうだ?」

と言ってくれた。


俺は室内で物を切るような攻撃魔術を使うのはいけないことだと思っていた。

だから、タルツに言われて正直驚いた。


でもものは試しにとやってみたら、想像以上に野菜や肉が綺麗にカットできた。

俺は師匠に相談し、魔術で野菜や肉を切ることを許された。

きっと、なかなか上達しない弟子に呆れている頃だったんだろう・・・。


申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、これが俺の精一杯だから許してほしい。






ーーーーーーーーーー


今日もタルツは森に行っている。

最近は店で料理に使う肉はタルツが狩ってきてくれる。


「タルツおかえり。今日はどうだった?」

「あぁ。今日はオークだ。1体だけだったから、もしかしたら群れの偵察かもしれない。群が発見された場合はギルドから呼び出しがかかるかもな。」


「そっか。そんなに大きな群れじゃないといいね。」

「そうだな。それより捌いてくれ。血抜きだけしかしていない。」


「分かった。」


俺はオークを風の魔術でサクサクと切っていった。



「やはりファルトは繊細な魔術が得意なんだな。綺麗に切れている。」

「そう?でも、魔獣を倒すことはできないよ。」


「いや、できると思う。でも無理をすることはない。ファルトを危険な目に合わせるわけにはいかないからな。」

「タルツは心配しすぎだよ。もっと強くなったら、討伐依頼も受けてみたいな。」




「ファルト、タルツ、今日のメニューを考えるぞ。」

「「はーい、今行きます。」」


師匠が呼ぶ声に応えると、俺たちは師匠の元へ向かった。




スープの仕込みを手伝い始めるまでに半年もかかったけど、そこからは料理をすることが楽しくなってどんどん成長していった。


1年経った今では、師匠と一緒にメニューを考えるほどになった。



「師匠、今日はタルツがオークを狩ってきてくれたので、オーク肉のカツレツにしませんか?」

「あぁ、それはいいな。昼はそれにしよう。夜はどうする?」


「ピエロギの中身を変えたものを作ってみたいと思います。」

(※ピエロギ:ポーランドの餃子)


「ほう、どんなやつだ?」


「とりあえず、各種ハーブをブレンドしてみようかと。昼休憩の後で試作を作る予定です。」

「分かった。もうファルト1人でも店を回せるほどになってきたな。」


「いえ、まだ師匠の味には敵いません。もっといろいろ教えてください。」

「もうだいたい教えたんだけどな。あとは心を込めて作ることかな。」


「ファルト、良かったな。師匠に認めてもらえて。」

「いや、俺はまだまだだよ。もっと色々な料理を勉強したい。」




「すいませーん。」


「誰か来たぞ?俺が出よう。ファルトに危険があるかもしれない。」

「いや、大丈夫だろう。ただ誰かが店に訪ねてきただけだと思うけど・・・。」


「何があるか分からんからな。」

「分かった。タルツに任せるよ。」


タルツは相変わらず俺に対して過保護を貫いている。




「まだ開店前ですが、何か御用ですか?」

「あ、えっと、私はこの街で地方紙を発行しているガゼッタと申します。こちらのお店の料理を作っている方にお話を伺いたくて。」


「分かった。聞いてみよう。ここで待っていてくれ。」

「はい。」




「タルツ、誰だったの?」

「地方紙を発行している人が、料理人に話を聞きたいらしい。」


「じゃあ師匠を呼んでこよう。」

「そうだな。」


師匠を呼びに行くと、俺も一緒に来るよう言われた。



地方紙を発行しているというガゼッタと名乗るその女性は、地方紙に家庭料理のレシピを掲載してみないかという話だった。

期間は人気があれば長く続けるし、人気がなければ半年ほどで終わるかもしれないが少なくとも半年は続くとのこと。

月に1度か2度、掲載したいと言われた。

師匠凄いな。


「ファルト、お前がやってみろ。」

「え?師匠がやるんじゃないんですか?」


「ファルトの新メニューを考える案はいつも面白い。それを家庭料理として応用することも、ファルトにならできるだろう。」

「ですが、この店の料理人は師匠です。」


「いや、ファルトも立派な料理人だ。わしはもうそろそろ一線を退こうかと思っていたところだ。それに、最近人気のメニューはファルトが考えているしな。」

「俺にできるんでしょうか。」


「問題ないだろう。わしの弟子だからな。」

「分かりました。俺が書きます。」




この時は半年程度なら・・・と軽い気持ちで受けてみたが、その後レシピの掲載は人気となり、実に9年もの間続くことになる。


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