第9話


「ファルト、良かったな。料理人になりたいと思ってこの店の手伝いを始めたんだろう?」

「どうしてそれを?」


「最初にこの店の依頼を受けると言った時、報酬より大切なものが見つかったんだろうと思った。それに、楽しそうに仕事内容を報告してくれたから。」

「そっか。タルツは何かやりたいことはないの?」


「私はもうやりたいことをやっている。

私のやりたいことは、ファルトを守ることだからな。」

「そうなんだ。でも、本当は騎士に戻りたいとか・・・。」


「いや、騎士に未練は無い。

私は騎士でいることよりも、ファルトと共にあることの方が大事だと思ったんだ。だから、誰に何を強制されるわけでもなく、やりたいことを思うようにやれている今が幸せだ。」



誰に何を強制されるわけでもなく?

それって、伯爵領でのことだよね・・・

タルツは強いから、きっとその強さを利用されて、何かと理由をつけて無茶をさせられたりしたんだろうな。


そして手柄だけ持っていく上司か、貴族の同僚でもいたんだろう。

そのせいで伯爵家はタルツの強さを知らなかったのかもしれない。

しかし、そんなのただの言い訳だ。無関係のタルツに罪を被せることを良しとした伯爵家に罪がないとは言わせない。


確かにそんなところへ戻すくらいなら、幸せだと言っている今の方が良いんだと思う。


でも・・・もしいつか、騎士になりたいと思うことがあったら、タルツが私を応援してくれたように、私もタルツを応援し背中を押してあげたい。






部屋は、風の魔術で埃を集めたらすぐに終わった。

あとは、布を買ってきて水拭きすれば良いだろう。



「ファルトは器用だな。魔術の扱いが繊細だ。」

「私は身体強化や、多少の攻撃しか使えないが、細かいことが苦手で風の魔術などこの部屋で使ったら家具が粉々になってしまいそうだ。」


「ええ??家具が粉々になるって、それ本当に風の魔術なの?」

「あぁ。」


たぶん凄い攻撃魔術なんだろうな。




「この後、冒険者ギルドに行って今日の依頼達成報告をしたら、布団とか掃除用の布を買いたいな。」

「そうだな。昨日、武器はギルドで借りれると言われたし、私は服を買うことにする。今日、料理を運んだ時にこの格好は良くなかった・・・。

料理を運ぶなら、もっと清潔感のある服装でないと。」


「そうだね。私もお金が余っていたら、替えの服を買おうかな。今着ているこの服しかないし・・・。」

「金なら私が出すから、ファルトは好きな服を買えばいい。」


「ちゃんと自分で稼いで買うよ。」

「そんなこと気にしなくていい。私はいつでもファルトの役に立ちたいんだ。せっかく私が宿代を出そうと思っていたのに、ここに住まわせてもらうことになったし、それくらい出させてくれ。」


「うん。タルツありがとう。」




冒険者ギルドに依頼達成報告に行くと、

「おめでとうございます。ファルトさんはFランクに昇格ですよ。」

「え?なんで?」


「依頼を今までに4回受けましたよね。そのうち2回受けた薬草採集で優秀だったので、昇格基準を満たしたんですよ。」

「そうですか。」

「ファルト、良かったな。」


「せっかくランクが上がったんだから、今後も店が休みの日には依頼を受けてみようかな。」

「そうだな。その時はも付き合おう。」


お?タルツは冒険者ギルドでは『俺』と言うようにしたようだ。

まぁ確かに昨日はギルマスに変な疑いをかけられたからな。

私も冒険者として活動している時には『俺』と言おう。


いや、これからは市井の料理屋で働くんだから、普段から『俺』と言うようにした方が良いのかもしれない。



報酬を受け取り冒険者ギルドを出ると、服屋に向かった。

もちろん服屋なんて入るのは初めてだ。

邸に住んでいたころは、仕立て屋が家に来て作ってくれた。もちろん自分でお金を払ったこともない。

服って、いくらくらいなんだろう?


俺の貨幣を入れる袋には、冒険者ギルドで稼いだ小銀貨3枚と銅貨17枚が入っている。

足りるんだろうか。タルツは買ってくれると言ったが、払えるのなら自分で払いたい。



服屋には、もう出来上がっている服がたくさん並べられていた。

中古という、誰かが何度か着た服も売っていた。

そんなものが売られているなんて、全然知らなかった。



「これなんかファルトに良いんじゃないか?」

「これもいいな。」

「これはどうだ?」


タルツは自分の服を選ばずに俺の服をどんどん持ってくる。


「全部買おう。」

「ちょっと待って。俺はこんなにたくさんいらない。そんなにお金もないし。」


「金なんか俺が払うんだから気にするな。」

「そうだとしても、こんなにたくさんはいらない。」



俺は、シャツを3枚と、刺繍の入った黒いベスト1着、黒いズボン2着を残して、他は棚に返した。


「そうか。足りなくなったらまた買いに来よう。」

「それよりタルツは自分の服を選ばないと。いつまでも破れた服は良くないよ。」


「そうだな。」


少ししょんぼりしながらタルツは自分の服を適当に選んだ。

 



「タルツ、ちょっと待って。それ、サイズ合ってる?その色でいいの?」

「着れればなんでも良いだろう。」



タルツは手を伸ばしたところにあった服を、サイズも色も確認せず取ったため、ズボンはオレンジと緑の縞だし、ベストは赤に金の刺繍のド派手なものだし、無造作に掴んだシャツは小さくて女性ものに見えた。



「きっと着れないと思う。俺が選ぶよ。」

「分かった。俺はセンスが無いからファルトに任せる。」


センス以前の問題だと思うけど・・・。

だからこの破れた服を着ていてもなんとも思わなかったんだな。



俺は、タルツが冒険者として活動する時用に茶色のズボン、カーキのプルオーバーのシャツ、普段着や店にいる時の服として、白いシャツ2枚と黒のズボン、黒のベストを選んだ。


会計は結局タルツが全部出してくれた。





「タルツ、武器はギルドで借りるとして、防具は買わなくていいの?」

「そうだな。今後も冒険者活動をするのであれば買っておいた方が良いだろう。どんなのがいい?

動きやすさを重視するか守りを重視するか。やはり守り重視がいいか。結界を使えるとしても万が一を考えて金属鎧にするか?」


「・・・タルツ、もしかしてその金属鎧とか言ってるのは、俺の防具のこと?」

「そうだ。それ以外に何がある?」


「いや、買わなくていいのかと聞いたのは、俺のじゃなくてタルツの防具だよ。俺はしばらくは戦ったりしないから防具は必要ない。

もし、強くなって魔獣討伐とかできるようになることがあれば、その時に買うよ。」


「俺の防具?そんなこと考えたことも無かった。」


「そっか。タルツは強いから防具なんて必要ないのか。

でも、出会った時は怪我をしていたし、心配だから革鎧くらいはつけてよ。」

「分かった。ファルトに心配をかけたくないから買おう。」



俺に心配かけたくないんじゃなくて、自分の身を守るために買って欲しいんだけど・・・

なんかタルツは時々ちょっとズレてるよな。




防具屋でも、革鎧は店主に聞きながら俺が選んだ。

また例によって、タルツは適当にサイズの合わないものを買おうとしたからだ。


その後、布団を買って一旦店に戻った。


店は、老夫婦だけでやっていたため、昼しか開けていない。

もし俺がしっかり料理を作れるようになって、できそうなら夜にも店を開けてみたいな。



_____

お金の価値

銅貨(100円)

小銀貨(1,000円)

銀貨(10,000円)

小金貨(100,000円)

金貨(1,000,000円)

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