第2話


「いや、ありがとう。私は、どうやら君に助けられたようだ。私の名前はタルツァーだ。

元・・・騎士だ。」


「私はファルトゥーフです。あなたのこと、聞いてもいいですか?」



「そうだな。助けてもらったんだ、君には話そう。

私は伯爵領の騎士だった。

騎士の中には貴族もいてな、貴族の子息である騎士が、嫉妬から恋人を手にかけて死なせてしまったんだ。

しかし、貴族の子息であり騎士であるその者が女性を手にかけたことを世間に知られるわけにはいかない。

平民で、親や兄弟がいない俺を犯人に仕立て上げるために、捕縛して自供させるよう拷問のような取り調べを・・・。


しかし、私と同じ平民の騎士が逃がしてくれた。たぶん。逃がしてくれたんだと思う。

牢の鍵を開けておいてくれたんだ。

それで、私は逃げた。

拷問され、何日も食事を取れていなかったから、いやそれは言い訳だな。

何度か刺客や魔獣に遅れをとって・・・このザマだ。」


「そんなことが・・・。」



「私がやったと一言言えば、楽に死ねただろう。

しかし、私は騎士として、そんな死に方はしたくなかった。

誰かを守って死ねるなら、私は何の迷いもなく死を選んだだろう。

しかし、苦しくても、嘘をつくことはしたくなかったし、誰のためにもならないことで命を散らしたくはなかった。」


「それでいいと思います。あなたは間違っていない。」



真面目そうな騎士がこんな仕打ちを受けるような領はもうダメだな。

他人に罪を着せるなど、あり得ないことだ。

きっと騎士という身分の人間が起こした殺人は斬首刑になるだろう。

何もしていないのに、嘘をついてまで命を落とすことはない。


「そう、言ってもらえると、少し救われるよ。」


彼の目から一筋の涙が流れた。

それはとても綺麗な涙で、私は彼の涙に釘付けになった。




「この領地を出ましょう。私も一緒に行きます。」


これは賭だ。もし彼が断るようなら、私は父の元に帰って逃げ出したことを謝ろう。

彼と一緒ならもしかしたら・・・根拠なんてないけど、そう思った。



どうか、私をこの底なし沼のようなドロドロと腐敗した場所から連れ出して欲しい・・・




「いや、嬉しいがダメだ。君まで危険な目に合わせるわけにはいかない。」

「あなたはその傷ついた身体で、1人で長距離を移動できると思っているのですか?」


「いや、しかし・・・。」

「私も、ちょうどこの領地のやり方にはうんざりしていて、逃げ出す機会を探していたんです。

この機会を逃したら、もう機会はないかもしれない。私はこの機会を逃したくない。」



「そこまで言うなら。

でも、それなら君1人で領地を出た方が安全だし早いと思うよ。」

「いえ、あなたを連れて一緒に領地を出ます。私だって、誰かの役に・・・一度くらい立ちたいのです。」


「そ、そうか。分かった。

じゃあせめて、私のことはタルツと呼んでくれ、そして、敬語も要らない。君は命の恩人だからな。」

「じゃあ、私のことはファルトと呼んでほしい。敬語は、できるだけ使わないようにしよう。たまに癖で出るのは許してほしい。」


「あぁ、分かった。」


彼を匿いながら一緒に他領へ移動を開始した。

毎日、傷口を洗って薬草をすりつぶしたものをヒールをかけながら塗っていたら、タルツは1週間もすると普通に森を歩けるほどに回復した。



「こんなに早く回復するとは思ってなかった。ファルト、ありがとう。」

「良かった。そろそろ森から出てみる?」



もう10日くらいは経った。普通に街道を歩けば200キロ近く進んでいるはずだが、森の中だしタルツに合わせての移動だからどうだろう、100キロも進めていないだろう。

伯爵領は出ている気がするが、まだ油断できない距離かもしれない。

しかし、やはりこれからの予定を立てるためにも現在地は把握しておきたい。



「森をひたすらに進んできたけど、今どこか分からないからな・・・。

しかし、まだ不安がある。」

「そうだね。伯爵領は出ていそうだけど、どれくらい離れられたかは分からない。

じゃあタルツは森で待ってて。私が街でここがどこか聞いてくる。ついでにちょっと稼げたら稼いでくる。

さすがに獣の肉を焼いたものばかりでは飽きてきたからな・・・。」


「それなら私も。」

「いや、無理はダメだよ。それに見つかったらまずいでしょ?」


「分かった。頼んだ。

私の体が治ったら、しっかり恩返しさせてくれ。」

「そんなこと気にしなくていいのに。こんな生活は初めてで、私は楽しいんだ。

そのきっかけをくれたのはタルツなんだよ。」



私は太陽の位置から方角を決めて歩き出した。

うーん、これ街に出るはいいけどタルツがいる場所まで戻れる気がしない。

ダメだ。タルツにも街道から近い位置まで移動してもらおう。


私は来た道を戻ってタルツを連れて再び街道を目指した。


「あ、この上着は脱いでいくよ。」

「そうだな。その方がいい。」


「じゃあ行ってくるね。」

「あぁ、ファルト、くれぐれも気をつけてな。」



自衛手段を持たない私が貴族の服など着て1人で歩いていれば格好の的になってしまう。

豪華な刺繍の入った重いジャケットはタルツに預けた。


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