第10話 「な、なに……?」
クロード達先行組がダンジョンに入って10分後には、雑用係のメンバーもそれぞれの荷物を背負い、ダンジョンの中にはいる準備が完了した。
護衛役の冒険者達がクロード達と同様に扉を開けた瞬間飛び出してくるかもしれない魔物に備えて武器を構えて扉を開く。クロード達の時と同様、魔物が飛び出してくるということはなく、しかし、守るべきものがあるということからか、クロード達と異なり、武器を下ろすことはなく、慎重にダンジョンに踏み込んだ。
雑用係は、二列に並んで順番に入っていくことになるようだ。
菜奈達は雑用係の中でも、炊事担当は、採取担当と異なり、ダンジョンと入り口を行ったり来たりする必要がないことから、雑用係のなかでも最後尾に並ぶことになった。
「緊張してる?」
「ちょっと。昨日、ダンジョンに入ったことある人に、少し話は聞いてたけど、魔物が出るってなるとやっぱり…」
「そうだよね。俺も最初はそうだったから。でも、出てくる魔物は先行してるサヴォワの人たちが倒してくれてるから、俺たちが生きてる魔物に遭うことはないよ」
表情が強張っている菜奈を安心させるようにアルノーが説明してくれる。
生きている魔物に遇うことはないといわれ、菜奈の肩から少しだけ力が抜ける。
先行してダンジョンに入って行った冒険者は、6人で、菜奈達の雑用係として残っている冒険者も6人だった。雑用係が全部で20人であるので、一人3人ほどを守る計算になっているのだろう。
縦に10人ずつ並んでいる雑用係の左右に3人ずつが並んで周囲を警戒している。 6人の冒険者のうち3人が剣を持ち、1人が菜奈の身長ほどの大きさの盾と槍を持っている。彼らはいずれも金属製の防具を胸や脛、肩等に身に着けている。残りの2人がモーリスと似た格好をして杖を持っていることから、この二人はモーリスと同じ魔導士なのだろう。
菜奈とアルノーは最後尾から着いていく。魔物に見つかることを防ぐため、誰も雑談など声をあげることはない。これはダンジョンにはいる前に受けた注意事項の一つである。
ダンジョンに入って15分ほどは、通常の洞窟探索と大差はなく、危険を感じることもなかった。変化があったのは、ダンジョンに入ってから20分ほど経過したあとだった。
最初は、最前列の雑用係が、短く小さな悲鳴のような声を上げたことだった。疲れ始めて視線が足元に落ちていた菜奈は、視線を上げて前方に注目する。すると、同時に鉄錆び臭い匂いが漂ってきていることに気がついた。
菜奈が匂いに気がついたとほぼ同時に、列の最初の方の採取を担当する者達が荷物を下ろし始めたようで、道具のものだろう金属音が
ガシャガシャと洞窟に響く。
「採取係はここで作業を開始する。炊事係はこのまま先に行ってくれ」
ダンジョンの入り口のところで菜奈達に指示を出していたサヴォワ商団の責任者が菜奈とアルノー達に声をかける。当の責任者は採取係のようで、この場に残るようだった。
「ロベール。君は、リシュアンとエリックを連れて、そのまま彼らと一緒に奥に行ってくれ」
「了解した」
ロベールと呼ばれた剣を持った男は責任者の男性に短く了承の返事をすると、盾と槍を持った冒険者と魔導士のうちの一人に声をかける。
炊事係は、菜奈とアルノー以外にもう一人、菜奈達の前を歩いていた中年の男性もだったようで、3人は、責任者の男性に先を行くように促された。
それに従って菜奈もアルノーも荷物を下ろしている採取係の脇を通って奥に進む。
「う……っ」
視界の端に飛び込んできた魔物のものと思われる死体に菜奈は思わず、口許を押さえた。
「あれは、ガルムかな。ボナコンもいるみたいだな。」
アルノーは慣れているのか平気そうに魔物の種類を見分している。もう一人の雑用係は興味すらないようで、チラリと視線を動かしたと思ったら、そのまま進行方向に視線を戻して淡々と前に進んでいく。
菜奈としては、長時間見たい光景ではなかったことから、その男に遅れずに着いていくことにした。結果としてアルノーが遅れて着いてくる形になる。
最初の魔物の死体の横を通り過ぎてからは、時折魔物の死体に出くわすようになった。これらは、後続してくる雑用係が回収することになっており、菜奈達はこれも素通りして奥に進んでいく。
そうして進み続け、菜奈の足が疲労にもつれそうになってきた頃、ようやく先行組が視界に入ってきた。どうやら彼らも休憩をしていたらしい。
「ようやく来たな。食事にしよう」
クロードの一言に、アルノーが荷物を下ろす。菜奈もそれに倣って荷物を下ろした。しかし、本音を言えば、そこから何をしていいのかはわかっていない。
「ねぇ、アルノー。私、何したらいい?」
「ん?とりあえず、菜奈の方の荷物から、食材を出して。一食分ずつ小分けにされているはずだから」
「わかった」
アルノーに指示をされたとおり、荷物を開けると、下処理をされてると思われる野菜や干し肉が布製の袋に入れられたものが数個あり、その他には固めのパンが入った袋が入っていた。一袋が一食分ということなので、とりあえず食材入りの布袋を一つ取り出す。
「それ、こっちにくれるか?あと、パンがあっただろ?それ配ってきて」
「はい、どうぞ」
指示に従って袋を渡すと、アルノーは荷物から取り出した鍋に食材をいれた。雑用係の残りの男は薪を運んでいたようで、火起こしをしていた。それを横目に菜奈は、アルノーから受け取った皿にパンを乗せて休憩している冒険者達に配っていく。
パンを配っている間に火が着いていたのだろう、パンを配り終える頃には、シチューのようないい匂いがし始めていた。
「もうすぐ出来るから、そしたら手分けしてこのスープを配ろう」
「わかった。出来るの早いね」
「時間を書けて料理をするわけには行かないから、すぐ火が通るようにしてあるんだ。だから、俺たちがやるのは暖めるくらいなんだ。洞窟で長時間火を焚いておくわけにはいかないしね」
「なるほど」
その後、シチューも盛り付けて冒険者に配ると、菜奈達雑用係も余ったパンとシチューを分けあって食事にする。シチューの味としては、肉は固く、味も薄いため、とても美味しいといえるものではなかったが、洞窟の中で食べられるものに文句を言うことはできない。
先行組のクロード達は食事を終えると菜奈達を待つことなく、更に奥を目指す予定だ。菜奈達雑用組は、冒険者達の食器を片付け、火の始末をして荷造りをすることになる。
「では、私達は先に進む。君達はここを片付けたら追ってきてくれ。この調子ならもっと奥に行く事になるだろう」
クロードは、出発前に菜奈達に声をかけて奥に出発していった。
菜奈達は、少し遅れて食事を終えると、汚れた食器を拭き取って荷物にしまい、食べ残しは土を掘って埋めていく。火は完全に消して、これについても土をかける。
荷造りを終えて、再び出発する頃には、食事の準備をし始めて、1時間程度経過していた。
「じゃあ、出発す…」
菜奈達が荷物を背負い直すのを確認し、ロベールが全員を見回して、号令をかけようとしたところで、獣の咆哮がその場に響き渡った。
「な、なに……?」
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