第9話 「あ、ありがとう」
ジルからもらい受けた服に身を包み、ジルから借りたナイフを腰に下げた菜奈は、西の門にやってきていた。
菜奈が来た時には、すでに武器を背負った男女が10人ほどと、おそらく菜奈と同様雑用係なのだろう人々が15人ほど集まっていた。そして、武器を背負った人々の中心にはモーリスがいた。一昨日会った際に着ていた外套に杖を持っている。
おそらくいつも一緒に仕事をしているメンバーなのだろう、気安く話している様子に、唯一の顔見知りとはいえ、そこの会話に入っていく勇気はなかった。
どうしようかともいながら、なんとなく雑用係と思われる集団の端に立ち尽くすしかない。
「君も雑用係?」
ぼんやりとモーリス達がいるあたりを眺めていると、横から声を掛けられた。振り返ると、菜奈と同じくらいの年の少年がいた。身なりとしては、裕福そうには見えない菜奈が着ている服よりよほど薄い衣服に身を包み、菜奈と同様にほぼ手ぶらの状態である。
「急に声かけてごめん、俺、誰も知り合いいないから、つい…」
「ううん、私も知り合いいないし、ダンジョンに入るのも初めてだから、緊張してて…」
「そうなんだ、俺は、前にも3回入ったことあるから少しは教えてあげられるかも」
アルノーと名乗った少年は、菜奈からレスポンスが返ってきたことに安心したように笑う。
「サヴォワの雑用係って、稼ぎがいいんだ。だから期待していいよ」
「そうなんだね。私たちは具体的に何をするの?私、雑用係としか聞いてなくて」
「具体的に担当する役割は、メンバーによって変わるけど、俺たちは荷物運びとか、戦闘担当が倒した魔物から売れたり、装備とかに使えそうなところを切り取って運んだり、ダンジョンで食事をするときの煮炊きとかかな」
「魔物から、使えそうなところを切り取るの?」
「そうだよ。武具とかの材料にするんだ。まぁ、力がいるから菜奈は多分煮炊きとかを担当することになると思うよ」
「そうだといいな」
そうこうしているうちに、モーリスがその場にいた全員に集合を掛けた。
雑用係として集められたであろう武装をしていないメンバーと元々パーティーのメンバーだろう武装をしているメンバーがモーリスの周辺に集まる。菜奈とアルノーもあわててそれに追従する。
モーリスは、メンバーの前に立つと、隣に立っていた細身の茶髪の男性に場所を譲る。使い込んでいるのだろう金属製の防具を胸から腹にかけて身に着け、全身鎧よりは身軽ではあるが、急所はしっかり守られている。防具の価値は菜奈にはわからないが、一昨日にあったアランに比べて高価そうには見えた。
「集まってくれてありがとう。私は冒険者パーティー・サヴォワのリーダーを務めているクロード・ダランソンだ。今日から、ドロテホのダンジョンに入ることになる。」
クロードは、人前に立つことに慣れているのだろう。浪々とダンジョンに入る工程について説明していく。
曰く、今回はダンジョンの低層部から中層部にかけて入ることを予定しており、1日から2日程度の日程を予定しているとのことだった。パーティーのメンバーが先行して魔物を倒していき、雑用係は遅れて備品の運搬と倒された魔物の回収をすることになるようだ。
武装しているメンバーのすべてがサヴォワのパーティーメンバーというわけではないようで、パーティーメンバー以外の武装しているメンバーは、雑用係が回収した魔物の運搬をしている際の護衛役になるようだ。
ドロテホのダンジョンの入り口までは馬車で行くようで、備品はすでに馬車に積んであるとのことだった。
昨日、クレマンに聞いた限り、ドロテホの通路は広いとのことだったが馬車や馬が通れるほどの広さはないようで、荷物の運搬は専ら人力のため、馬車に乗せられた備品等の荷物は、人が運べるように小分けにまとめられていた。
「では、時間が惜しいので、皆、さっそく馬車に乗り込んでくれ」
クロードの号令に従って、菜奈はアルノーと一緒に指示された馬車に乗り込んだ。
ダンジョンの入り口に辿り着いた馬車から、菜奈はよろよろと降り立った。べしょりと馬車から滑り落ちなかっただけ、菜奈は自分自身をほめたくなった。
生まれて初めて乗った馬車の乗り心地については、正直筆舌尽くしがたいほど酷いものだった。
生まれてこの方車や電車にしか乗ったことがない現代っ子代表の菜奈にとっては、サスペンションのない木製の車輪に、クッションのない座席、舗装のない道路からくる直接的な振動と衝撃は、苦痛でしかなかった。
振動による車酔いならぬ馬車酔いに加えて、臀部に来る衝撃に腰が痛む。
腰を抑えつつ吐き気に耐える菜奈をアルノーは不思議そうではありながら、心配そうに背中をさする。
「ナナってお嬢様だったのか?」
「そういう、わけじゃ、ないんだけど……馬車に乗ったことなくて……」
青い顔の菜奈はアルノーが差し出した水をひと口飲んで吐き気を抑え込んだ。仕事として来ている以上、いつまでもうずくまっているわけにもいかない。雑用係として同じ馬車に乗っていたメンバーは、すでに荷物を馬車から下ろしている。
「ナナ、行けるか?」
「行く……」
アルノーと共に他の雑用係と共に荷物を下ろし始めた。
菜奈の乗っていた馬車に乗っていたのは、食料と煮炊きに必要な備品だった。どうやら、菜奈とアルノーは、今回煮炊きを担当することになるようだ。
「では、我々は先にダンジョンに入る。10分後、順次後を追って入ってきてくれ」
クロードは、すでに準備を整えたようで、ダンジョンと思われる洞窟の入り口に立っていた。そのそばには、モーリスをはじめとする武装した数人がたっている。おそらくそのメンバーが先行して魔物を倒していくメンバーなのだろう。
ダンジョンの入口は、車一台ほどの幅のトンネルに観音開きの扉が付いているような外観だった。日本で見るトンネルと違うのは、土の山肌ではなく、岩盤に穴が開いているということだろう。
先行するメンバーのうち二人が金属製の扉の片方ずつに手をかけ、重い音を立てながら開いていく。他のメンバーは、剣や槍を構えて扉が開くのを待ち構えていた。
おそらく、扉を開けた瞬間に魔物が飛び出てきた場合に備えてなのだろう。それを察して、場に緊張が走る。しかし、その備えは杞憂に終わったようで、扉が開ききったとしてもなにかが飛び出してくることはなかった。
その場にいた全員が胸を撫で下ろしたところで、クロード達がダンジョンに入って行った。
それを見送ると、年嵩の男が仕切り始める。どうやら、サヴォワ商団の責任者のようで、テキパキと雑用係に指示を出していく。
「そこの嬢ちゃんと坊主は炊事担当だ。そこの食材と鍋とかの入った荷物を持っていってくれ」
そこ、と指示された場所にあったのは、携帯食料でパンパン担った荷袋と金属製の食器や調理器具等がぶら下がっている鞄だった。いずれも背負うことができるようになっているようで、持ち運びがしづらいということはなさそうだ。
「アルノー君、どっち持つ?」
「重い方でいいよ。ナナは女の子だし」
「あ、ありがとう」
同級生の男子と比べ紳士的な態度を見せたアルノーに菜奈は一瞬動揺してしまった。菜奈のクラスメイトの男子であれば遠慮なく軽い方を持っていっただろう。
菜奈はアルノーの申し出にありがたく乗ることにして、両方の荷物を持ち比べ、見た目ほど重さのなかった食料の方を担当することにしたのだった。
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