第2章 ダンジョン攻略
第8話 「そうなんですね。頑張ります」
ギルドの建物から出た菜奈は、再びヴァレリアの天幕に戻ってきていた。
天幕には、ジルもおり、我関せずといった姿勢を貫いている。ここ2日、ジルとは、最初の挨拶以外ほとんど口を利いたことがなく、ヴァレリアにもそんなジルを気にするなと言われているため、気にしないようにしていた。
「ナナ、どうだった?いい方法は見つかりそうかい?」
帰ってきた菜奈にヴァレリアがおっとりと声をかけてくれた。菜奈はどこか覚悟を決めた様子でヴァレリアに向き直る。
「私、冒険者になることにしました!」
「は?」
菜奈の宣言に、ヴァレリアは驚愕の声をあげる。そして、みるみる表情が歪んでいく。いつも穏やかな表情をしている老女が眉間にシワを寄せ、険しい表情をしたことに、菜奈はたじろぐが、それでも前言を撤回するつもりはない。
「何言ってるんだい!つい先日ハティに襲われて怪我をしたのを忘れたのかい!」
次いで出てきた言葉は、菜奈を責めるものではあったが、菜奈を心配するものでもあった。その言葉から、彼女の善性が伺える。母や祖母に心配してしかられた気分になった。
「で、でも、お金がなくて冒険者を雇うことはできないですしっ、帰り方も結局わからなくて……えっと、冒険者になれば、何か情報が入ってくるかもしれないし……」
勢いよく反論を試みるも、最終的に尻すぼみになっていく。反論するほどの材料も正直なかったのである。
しかし、推定異世界転移をしてしまっている菜奈には、現状、ダンジョンにあるという魔王の幹部のスキルとやらが唯一日本に変えるための可能性なのである。
「危ないのはわかってます。けど、危なくてもやらないと、私、帰れないんですっ」
菜奈が一向に翻意しない様子を見て、ヴァレリアは深くため息をついた。
「アンタ、変なところで頑固だねぇ。まったく」
「お世話になってるのに、すみません」
叱られた犬のよう、という表現がふさわしい様子で、しょぼくれる菜奈にヴァレリアは苦笑するしかなかった。
「で、どうするんだい?」
「どう?」
「冒険者になったなら、依頼を受けるなり、ダンジョンにいくなりするんだろう?」
「あ、えと、明後日、ドロテホっていうダンジョンにいく予定です。えっと雑用係させてもらうことになって……」
「じゃあ、戦うわけじゃないんだね?」
「はい。流石に戦ったこともないので、自信はなくて……」
「ダンジョンに入るなら、その格好じゃ心もとないな。ちょっと待っていなさい。」
ヴァレリアとの会話に唐突にジルが割って入る。その事に驚いている間に、ジルは、自らの荷物が入っている木箱を漁りだした。思っても見なかった乱入に、菜奈は呆気にとられて、ジルの背中を眺めていることしかできなかった。
「儂が若い頃に着ていたものだ。若い娘が着るようなものではないが、その服のままダンジョンに入るよりましだろう」
しばらく木箱のなかを漁っていたジルが、ようやく目当てものもを見つけたのか、振り向きざま一揃いの衣服を菜奈に差し出した。驚きでろくに返事をすることもできないまま、その衣服を受けとる。
防虫剤と思われる匂いが染み付いたその服は、ジルの言うとおり古いものなのだろう。色褪せていたが、生地はデニムのようにしっかりしたもので、長袖長ズボンのはだの露出が少ないデザインだった。
確かに、膝下を露出しているスカート姿の制服より、よほどましだろう。
「使わせてもらって、いいんですか」
「構わん。どうせもう着ないものだ」
ヴァレリアと比べるとぶっきらぼうで愛想が悪いが、ヴァレリアと同様菜奈を心配してのことだとわかり、菜奈は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
「他に必要なものはあるのか?」
「備品については支給してもらえるそうです。なので、こちらで用意をしないといけないのは、装備品だって言われてます」
「そうか。なら、これも持っていくといい」
そう言って追加で木箱から取り出されたのは、菜奈の手のひら2つ分程度の刃渡りのナイフだった。ナイフは鞘に入っており、腰につけるのだろうベルトが付属されていた。
「お前は戦えないだろうが、まったく武器も持たずに入る場所ではないからな」
「はい」
ナイフも一緒に受け取って菜奈は、それらを大事に抱える。
ジルと菜奈のやり取りを見ていたヴァレリアはクスクスと笑っている。
菜奈が不思議そうにヴァレリアに視線を送り、ジルは不服そうな視線をヴァレリアに送る。
「あなた、意外と菜奈のこと気に入ってたのねぇ」
「別に、嫌いだなんて言っていないだろう」
「でも、普通だったら、服もナイフも貸さないでしょう?あなたは」
「うっ……そんな、ことは……ない、と思う……」
言葉に詰まりながら否定をするも、その自信のなさから、ヴァレリアの見立てが正解であることを如実に証明していた。
「頑張ってきなさい」
「できるだけ、怪我をしないようにするのよ」
「はいっ」
まるで祖父母のように心配しつつも声をかけてくれる老夫婦に感謝しながら、菜奈は再び頭を下げるのだった。
翌日、ジルがダンジョンに入ったことのあるという難民を紹介してくれると言ってくれた。その人からダンジョンについて聞くことができそうで、菜奈は少し安心する。
やはり、未知の場所に踏み込むことには、無意識に恐怖があったようだ。
朝食を終えた後、ジルは、クレマンという中年の男性を紹介してくれた。
冒険者ギルドで会ったアランほどではないが、しっかりと筋肉がついていることが分かった。
「ああ、サヴォワの雑用係か。嬢ちゃんがダンジョンに入ると聞いたときは気でも狂ってるのかと思ったが、まぁ、あそこの雑用係ならたいして危険もないだろうな」
「あの、私、ダンジョンに入って決めたんですが、ダンジョンがどういうところか全然知らなくて……」
「まぁ、ダンジョンによるが、ドロテホは、少なくとも浅いところは洞窟みたいなところだな。人が通るには十分な広さのある通路がずっと続いていく。魔物が出てくる以外は、普通の洞窟とそう大して変わらないだろうな」
俺は深いところまではいったことがないからわからないがな、と笑う。笑い声とともに、クレマンのくすんだ金の短髪が揺れる。
「私たちが深いところまで行くことはないんですか?」
「ああ。深いところに行くと、魔物も強くなる。そういうところに、戦えない奴らを連れて行ったらかえって危ないからな。雑用係を連れて行くのは、浅いところで魔物を狩ったり、採掘をしたりするためだ。そもそも、サヴォワは金を稼ぐことが目的のパーティーだからな」
なるほどと頷きながら、菜奈は少し当てが外れた気分になる。当座の生活のために金が必要なのは噓ではないが、魔王の幹部とやらのスキルも目的なのだ。そういったものは、ダンジョンの深層部にあるが相場であるため、浅いところで見つかるとは思えない。
「なにか持って行った方がいいものってありますか?私、お金ないので、用意できるかわからないですけど」
「必要な備品はサヴォワで用意してもらえるだろうから、手ぶらでもいいと思うぞ。体調を万全にしておけば、十分だろう。場合によったら何日もかかったりするからな」
「そうなんですね。頑張ります」
菜奈が礼を言うと、気にするなとばかりに、クレマンはやや乱暴に菜奈の頭を撫でたのだった。
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