第7話 「はい。ご迷惑をお掛けしないように頑張ります」

 「何がわかんないの?」

 「うひゃあっ」

 

 人気がないと思っていたところに再び声を掛けられて、菜奈は再び素っ頓狂な声を上げる。振り返って見上げるとレベッカが菜奈の顔を覗き込んでいた。


 「レベッカさん」

 「アンタ、冒険者に依頼するんじゃなかったの?それが何で冒険者になってるのさ」

 「それが、その、お金がなくって」

 「で、金策のために冒険者になろうって?アンタ、甘く見すぎだと思うけど」

 「でも、私、他に方法がなくって……その、ごめんなさい」

 「いや、別に、怒ってるわけじゃないけど……まぁいいや。それ、アンタのステータス?」


 レベッカは、呆れたようにしつつもなんだかんだ菜奈の話を聞いてくれるあたり、おそらく面倒見がいいのだろう。

 レベッカは、菜奈の登録証が表示するステータスを覗き込んで意外そうな顔をした。

 

 「な、何か、変なこと書いてありますか?私、文字が読めなくて」

 「え?そうなの?うーん…変なことは書いてないけど。これがアンタの生存値。生存値はまぁ、普通なんじゃない?」


 

 何が書いてあるかわからず、数値についてもいいのか悪いのか判断しかねて、自分が異常なのかと狼狽えた菜奈は、不安そうにレベッカを見上げる。しかし、レベッカは菜奈を安心させるように首を振ると、菜奈のステータスのうち、125と示している部分を指差して、その意味を説明する。そして、すいっとその下の229と書かれた数値に指先を動かして説明を続ける。


 「で、こっちが魔力値。ま、こっちは普通より高いな。魔導士でも目指せるかも」

 「そうなんですね」


 平均値すらよくわからないため、何とも言えないが、レベッカが言うならそうなのだろう。しかし、魔導士を目指すと言っても、魔導士がどのようなものかもわからないので、なれる自信は全くない。

 魔力値、魔導士というくらいだから魔法の類を使うのかもしれないが、生まれてこの方魔法に触れたこともない菜奈には、イメージがわかなかった。

 

 「で、ちょっと特殊なのがこっち」


 そういって、更に下の単語を指差す。数値の下に一つだけぽつんと書かれた単語だった。


 「アンタ、先天的にスキル持ってたんだね。普通冒険者になって、ダンジョンとかで手に入れるものなんだけど」

 「そうなんですね。えっと、どんなスキルなんですか?」

 「は?アンタ、自分のスキルわかってないの?」

 「えっと、今まで、スキルがあったこと自体知らなかったので、その、どんなスキルがあるかも、ちょっと……」

 「エナジードレインって書いてあるけど……どんなスキルかもわかってないなら、アンタこれから苦労するだろうね」

 「そうですね。どうしたら使えるのかも、ちょっとわからないです」

 「ま、それについては、トライアンドエラーをするしかないんじゃない?」

 「がんばります……」


 スキルがあるということについては喜ぶべきだろうが、如何せん使い方がわからない。しかも、どのようなスキルかも掴めない。菜奈が漫画で呼んだ知識からすれば、生命力を吸い取る能力だと思ったが、それと同種のスキルなのかすらわからない。

 レベッカの言う通り、これからトライアンドエラーを繰り返すしかないのだろう。

 ステータスを把握できたところで次の課題が問題となる。ダンジョンに入る方法だ。次いでとばかりに菜奈はレベッカに頼ることにする。


 「ダンジョンに行くなら、パーティーを組んだ方がいいって言われたんですけど、どうしたらいいでしょう?」

 「アンタ、ダンジョン行くの?戦えるように見えないんだけど。ダンジョンに魔物が出るってわかってる?」

 「た、戦えません……」

 「さすがにそれだと……まぁ、大きいところなら、荷物持ちを入れてくれるかもしれないけど、アンタ荷物持ちにしたって役に立たなさそうだね」

 「うぅ……おっしゃるとおりです」

 「まぁ、金がないってなら、ダンジョンに入るのが一番手っ取り早いのは確かだからね。仕方ない。アタシの知り合いの冒険者紹介してあげるよ」

 「本当ですか?ありがとうございますっ」

 「紹介するだけだよ。その先はアンタ次第だ」


 荒事などしたことのない菜奈は、当然魔物と戦う術など持ち合わせてはいない。うなだれる菜奈にレベッカはできの悪い妹を見るような目で苦笑した。

 そうしてレベッカは菜奈を伴って飲食スペースで酒を飲んでいる男性の集団に向かっていく。男性は5人ほどのグループで、いずれも武器を携えた筋骨隆々という言葉が適切な鍛え上げられた身体を持っていた。

 

 「アラン、ちょっといいか?」

 「おう、レベッカ。久しぶりじゃねぇか。どうした」


 レベッカが声をかけたのは、グループのうち、金属製の胸当てをつけ、刃渡りが菜奈の腰ほどになる剣を椅子に立てかけた男性だった。菜奈の太ももほどありそうな太い腕は、筋肉で構成されており、鍛え上げられていることがよくわかる。

 アランは、持っているグラスを持ち上げてレベッカに応じると、精悍な顔に人好きのする笑みを浮かべた。


 「この子がダンジョンに行きたいってんだけど、荷物持ちにでも使ってやってくれないかと思ってね」

 「この子って、その細っこい嬢ちゃんのことか?」

 「そう。ナナっていうんだけど」

 「いや、レベッカの頼みなら聞いてやりたいところだけどよ。流石にその嬢ちゃんを連れて行くのは無理だろ。はっきり言って自分の身も守れないだろ」

 「俺たちの行くダンジョンは、初心者向けじゃねぇからな。流石に自分の身も守れないお嬢ちゃん連れてくのは、キツイぜ、レベッカ」


 困った顔をするアランに同調したのは、アランの隣に座っていた男だ。アランと同様精悍な顔つきに、左頬に縦に一直線の傷跡が走っているため、アランよりも厳つい印象になっている。アランよりも重装備で金属製の鎧を身にまとっている状態だ。ほとんど肌が見えない状態ではあるが、そのシルエットだけで、アランに負けず十分鍛えられていることがわかる体つきをしている。


 「やっぱり難しいか。この子、ダンジョンに連れて行ってくれそうなパーティーに心当たりないか?金がなくて困っているらしいんだ」

 「うーん……サヴォワ商団が作ってるクロードのところだったら、広く雑用係も募集してるからいけるんじゃねぇか?あそこが今度ドロテホのダンジョンに入るって聞いたぜ?」

 「じゃあ、そっちに声かけてみるかね。ありがと」

 「この程度、礼を言われるほどじゃねぇよ。またなんかあったら声かけてくれ」

 「そっちもね。じゃあ」


 ほとんど菜奈が言葉を発する隙もなく、会話が終了してしまい、菜奈はレベッカの影に隠れるだけだったが、どうやら身を寄せる先が見つかりそうだった。


 「あの、ドロテホのダンジョンってどういうところなんですか?」

 「それも知らないで冒険者になったのか。ホント呆れるね」

 「す、すみません」

 「いいよ。えーっと、ドロテホは、この辺に3つあるダンジョンの中で比較的安全なところだよ。比較的弱い魔物しか出てこないし、初心者向けのダンジョンってやつさ」

 「なるほど」

 「で、さっき話に上がってたクロードってやつがリーダーやってる大きなパーティーだったら、雑用として入れてもらえるかもしれないって話だ。行ってみようか」

 「よろしくお願いします」


 レベッカは顔が広いらしく、話題に上ったクロードにも顔が通るようだった。迷うことなくギルドの建物内を歩いていく。

 そうしてたどり着いたのは、受付のカウンター近くに立っていた初老の男性の元だった。ほかの冒険者と比べて線が細く、鎧ではなく、裾の長いフード付きの外套のようなものを着ていた。ゲームに出てくる魔導士のような様相である。

 男性は、受付の女性と話をしていたようで、レベッカが声をかけると、女性との話を中断してレベッカの方に向き直ってくれた。白髪が混じり始めた40代から50台程度の男性で、釣り目気味の青い瞳がレベッカとその後ろにいる菜奈を見据える。

 

 「モーリスさん、クロードのところで雑用係を募集してるって聞いたんだけど」

 「おお、レベッカか。ああ。募集してるよ」

 「じゃあ、この子、雑用係に入れてもらえないかい?」

 「ふむ。そちらのお嬢さんかい?冒険者登録はしているのか?」

 「さっきしたところの初心者だけどね」

 「なるほど。初心者か。確かに戦闘では役に立たなさそうだ。わかったよ。お嬢さん、こちらに。詳細を説明しよう」


 モーリスは、菜奈にギルドの奥の部屋へ促す。レベッカはここからはついてこないつもりなのだろう、菜奈を前に押し出すと、背中を軽く叩いてモーリスについて行くように促した。


 「ここからはアンタ次第だ。頑張りな」

 「ありがとうございます。頑張ります」


 ペコリとレベッカに頭を下げると、菜奈は先を歩くモーリスを小走りで追いかけた。

 


 ギルドの奥にある部屋は会議室のようになっており、4人掛けのテーブルに4客の椅子が置いてあった。

 モーリスは、扉を開いて固定し、菜奈に中に入るように促す。


 「では、お嬢さん。改めまして、私は、モーリスという。冒険者パーティー・サヴォワで渉外役のようなことをしておる」

 「初めまして。菜奈といいます。よろしくお願いします」


 互いに椅子に腰を落ち着けたところで改めて自己紹介をする。普段、学校の教師以外に初老の男性と接する機会のない奈菜は恐縮してしまっている。

 

 「そんなに緊張する必要はない。私はしがない魔導士だ。そんなにかしこまってもらう立場ではないんだ」

 「はい……」


 依然として恐縮する菜奈にモーリスは苦笑しながら一枚の紙を菜奈に差し出した。

 紙面に踊る文字は相変わらずアルファベットであり、菜奈には読むことができない。困った顔で紙面を眺めることしかでいない菜奈に、モーリスは事情を悟ったように紙を手元に引き寄せた。


 「すまない、配慮が足りなかったな。私が内容を読み上げるから、内容に納得したら、この紙の最後にサインしてもらいたい」

 「わかりました」


 モーリスが読み上げた紙面の内容は以下の通りである。

 

 ・雑用係の報酬配分は全体の5%

 ・備品や食料については支給されるが、装備品については自己負担

 ・ダンジョンは危険が伴うため、怪我をしたり死亡しても文句は言わない


 「以上だ。了承してくれるなら、そこの下のところにサイン…ああ、私が見本を書くからそれを真似して書いてくれ」

「わかりました」


 新たに紙を取り出したモーリスは、菜奈の名前と思われる文字列を書き、菜奈に差し出した。菜奈はそれを受け取り、書道の要領で真似をして指示された場所にサインをする。


 「これで契約完了だ。明後日ダンジョンに入ることになる。それまでに準備をしておいてもらいたい」

 「わかりました。当日はどこに行ったらいいんでしょうか」

 「日の出頃に西の門のところに集合だ。遅れたら置いていってしまうから注意してくれ」

 「はい。わかりました」

 「他に質問はあるかね?」

 「装備品として持っていった方がいいものはありますか?私、お金がなくて用意できないかもしれませんけど」

 「ふむ。最低限肌を出さない服装にはすべきだろうな。ダンジョンの中は、岩場になっているところも多いし、転倒して擦り傷などを作ってしまうことも多い。君の今の格好では、ダンジョンから戻ってくる頃には傷だらけになってしまうだろう。同じ理由で服の生地も厚めのものがいいだろう」

 「わかりました。できるだけ用意してみます」

 「ダンジョン内でどのような役割をしてもらうかは当日伝える。よろしく頼むよ」

 「はい。ご迷惑をお掛けしないように頑張ります」


 紙を返して菜奈は頭を下げるのだった。




 

 


 

 

 

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