第6話 「えー、これじゃわかんないよ」


 昼から夕方にかけて眠ってしまっていたため、眠ることなどできないかと思ったが、菜奈が思っていたより体は疲れていたらしく、目を閉じた後、菜奈は気絶するように眠ってしまった。

 そして、眠りに落ちる前にぼんやりと願っていた起きたら状況が解決したりしていることはなく、現在地は相変わらず、固い寝床のある天幕の中だった。


 ただ、十分な睡眠をとれたからだろう、昨日の夕方のように、ヴァレリアに起こされなくとも覚醒することができた。

 

 体を起こしてみると、ヴァレリアもジルもまだ寝ているところだった。

 そして、腕時計を見てみると、現在時刻は6時となっていた。

 天幕の中はまだ薄暗いが、日はすでに上っているらしく、天幕の隙間から日の光が差し込んでいた。


 「ナナ、起きたのかい?」

 「ヴァレリアさん、おはようございます。今起きたところです」


 声を掛けられてヴァレリアの方を向くとヴァレリアもゆっくり体を起こすところだった。菜奈とヴァレリアの声でジルも覚醒してきたのだろう、ジルが寝がえりを打っているのも見えた。


 「顔を洗ってこようかねぇ」

 「私も行きます」


 ヴァレリアが衣服などを入れているのだと思われる箱から布を取り出して立ち上がる。愛想の良くないジルと二人きりにされるのはつらいので、菜奈も追いかけるように立ち上がった。


 菜奈たちが起きたのは遅い部類だったようで、天幕の外に出ると、相当数の人が外に出て朝の支度をしていた。

 特に水場は顔を洗ったり洗濯をしたりする人たちで、ごった返しており、顔を洗う水を確保するのに時間がかかりそうだった。

 水を汲む場所には10人ほどが並んでいる。


 「時間、かかりそうですね」

 「そうねぇ」


 菜奈としては、今日にもギルドに行ってみたかったため、できれば早く顔をあらってしまいたかった。しかし、順番待ちは致し方ないものとして、列の最後尾にヴァレリアとともに並ぶことにした。


 顔を洗うついでに左腕の傷も一度洗っておこうと思い、左腕に巻いてあった布もほどいていく。布の下から出てきた傷口はすでに血が止まり、ハティの牙が刺さった箇所に牙の形にカサブタができていた。

 噛みつかれたときに思ったほど傷がひどくなさそうで安心する。


 「それがハティに噛まれた痕かい?」

 「思ったよりひどくなさそうで安心しました」

 「これなら傷跡にもならずに済みそうだねぇ」

 「はい。一応洗っておこうと思って」

 「それがいいだろう。次いでにその布も洗っておきな」

 「はい」


 水汲みの順番は、思ったより早く回ってきた。菜奈は、自分とヴァレリアの分の水を汲むと、手早く顔を洗い、傷口と布も水で濯いでいった。

 


 昨日と同じように炊き出しをされている朝食を食べた後、菜奈はヴァレリアと別れ、難民キャンプに行く途中で通った広場までやってきた。

 やはり、武器を持った男女が東の通りを行きかっているのが見受けられた。いずれも、大なり小なり武器を持っており、また、男女を問わず、少なからず鍛えられているのが服から露出している部分から察せられた。

 

 彼らの隙間を塗って東の通りを歩いてみると、武器を持った人々が入っていく建物を見つけられた。建物の入り口の上に設置されている看板には、アルファベットらしき文字で何か書いてあるが、特段英語が得意というわけではない菜奈には読むことはできなかった。

 建物はレンガ造りらしく、全体的に赤茶の外観で、使い古された人が二人すれ違えそうな大きな扉が開きっぱなしの状態で固定されている。その扉に脇にある窓からは中の様子をうかがうことができた。

 中は、広く、建物の入って左奥にカウンターがあり女性が数人対応に当たっている。そして、その手前に市役所のようにベンチがいくつか置いてある。右側は飲食スペースになっているようで、丸テーブルがいくつか設置されていた。

 満員というわけではないが、それなりに人がいる状態であることがわかり、菜奈は気後れしてしまっていた。

 

 「アンタ、どうしたの?」

 「ひゃあっ、ご、ごめんなさいっ」


 突然女性に声を掛けられ、菜奈は日本人の習性か、驚きの声とともについ誤ってしまう。振り返った先にいたのは、ちょうどレンガのような赤茶の短髪に革製と思われる胸当てをしている勝気そうな女性だった。


 「いや、どうしたのって聞いただけでしょ」

 「え、えっと、私、迷子になっちゃったみたいで、その、家の帰り方を相談したくて、だから、その……」


 突然声を掛けられたことによる動揺が収まらないまま話し始めたために、支離滅裂でしどろもどろになっている菜奈の話を女性は怪訝そうな顔をして聞いていた。

 

 「冒険者に依頼の相談ってこと?それなら早く入りなよ。アンタ金なさそうだけど」

 「お金……ないです」


 荷物は、用水路に流された際に手放してしまったようで、菜奈はこの世界の通貨はもちろん日本円ですら持ち合わせていない。


 「まぁ、どっかの商隊に相乗りするとかなら、安く済むかもしれないし、とりあえず相談してみればいいんじゃない?相談自体はタダだし」

 「あ、ありがとうございます」


 どうやら一緒に中に入ってくれるようで、女性は菜奈を建物の中に促してくれた。

 一人で入るのが心細かった菜奈としては渡りに船とばかりに、女性の影に隠れるようにして建物の中に入る。


 「依頼ならあそこだよ」

 

 中に入ると、女性は、左奥のカウンターの一番左端に立っている女性を指差した。


 「あそこで、冒険者に頼みたいこと相談したら、かかる費用とかも案内してくれる」

 「そうなんですね。ありがとうございます。えっと…」

 「アタシはレベッカだよ」

 「ありがとうございました、レベッカさん。私は菜奈です」

 「ナナね。依頼できるといいね」

 「はい。頑張ります」


 レベッカと名乗った女性と別れた菜奈は、レベッカに教えてもらったカウンターに歩いていく。カウンターには数人が並んでいて、その後ろに並ぶ。

 しかし、そこまで来て菜奈は、はた、と何をどう相談したらいいのだろうか、と思う。

 菜奈の知る限り、ここが映画等のスタジオとかでなければ、ここは、地球ではないのだろう。少なくとも魔物等と呼ばれる生き物も、冒険者という職業もダンジョンなどという場所も菜奈は知らない。

 だとすれば、日本に帰りたい、などと相談したところで、解決できるものではない。そうだとすれば、どのように相談するべきか。

 

 そこで、思い出したのは、難民キャンプで聞いたダンジョンでは大昔の魔王の幹部が使用していたというスキルである。

 魔王というほどすごい何者かが使用していたスキルなら、異世界転移をする手段もあるのではないか。そう思ったのである。


 そうであれば、菜奈がすべきは、冒険者に依頼をする相談ではなく、冒険者になることであろう。

 

 そうと決まれば、と菜奈は、他のカウンターを見る。カウンターは大まかに3部署に分かれているようで、武器を持った筋骨隆々とした男性が並んでいるところと、菜奈が並んでいる冒険者に依頼するところとその間にもう1か所。

 そこに行く人は、武器を持っていたり持っていなかったり、明らかに冒険者とわかるような鍛えられた体をした人もいれば、そうでもない人もいる。

 おそらくあそこが冒険者の登録をするカウンタなのだろう。


 違えば、正しいところに案内してもらえばいいと覚悟を決めて菜奈は、隣のところに方向性を変えた。


 「あの……」

 「冒険者への登録、でしょうか」


 声を掛けられたことにより、おそらく反射で応答をしたのだろう。受付の女性が菜奈の姿を認識したところで訝し気な顔をした。


 「あの、冒険者に、登録したいんですけど……」

 「本当に登録するんですか?」

 「は、はい。ダメですか?」


 おそらく、一般の冒険者に比較して明らかに鍛えられていない身なりの少女に荒事をするのであろう仕事をするのか、という趣旨で尋ねたのだろう。しかし、他に考えられる手段のない菜奈は、引くわけにはいかない。


 「冒険者に登録するのに資格はありませんので、問題はありません。登録に必要なことをお聞きしますので、お答えください」

 「わかりました」


 女性は、菜奈に、名前、年齢、出身地等個人情報のようなことを聞かれた。出身地については、日本と答えるわけにはいかないため、手形を発行する際に答えたとおりフレデヘナと答えた。

 一通りの質問に答えると、女性は一度奥に引っ込み、5分ほど待たされた。5分後に戻ってきた受付の女性の手には1枚の金属板のようなものがあり、カウンター前で待つ菜奈に差し出された。


 「こちらが登録証になります。万が一の際の身分証明書にもなりますので、肌身離さず持っていてください。また、それをもって『ステータス』と唱えていただきますと、現在のステータスが表示されますので、依頼を受ける際の参考になさってください」

 「わかりました」

 「依頼は、あちらの掲示板に掲示されていますので、受けられる掲示を持って隣のカウンターに提示をお願いします。ダンジョンに行ってアイテムなどを持ち帰った際には、こちらのカウンターにお持ちいただければ買取をいたしますので、ご利用ください。ほかにご質問は?」

 「だ、ダンジョンに入るのに、何かする必要はありますか?」

 「特にありませんが、危険ですので、貴女がお一人で行くのは、お勧めしませんが……」

 「そう、ですか……」

 「どうしてもダンジョンに行きたいということであれば、他の冒険者とパーティーを組んではいられるのはいかがですか?」

 「パーティー……?」

 「はい。他の冒険者と一緒にチームを組むんです」

 「な、なるほど。やってみます。ありがとうございました」


 菜奈は、頭を軽く下げて、カウンターを後にした。

 そうして、菜奈はまず、ギルドの建物内でも人気のない場所に移動した。

 パーティーを組むにしても、自分のステータスを知らなければアピールもし辛い。


 「『ステータス』」


 カウンターで聞いた通りに唱えると、登録証の金属板からホログラムのように文字が浮かび上がった。そこには、ギルドの建物の看板に書いてあったようなアルファベットが並んでいる。

 おそらく、名前、年齢、出身地の他、いくつか数値が並んでいて、その下に、単語が一つだけ書いてあった。しかし、いずれも菜奈の読めない単語であった。


 「えー、これじゃわかんないよ」


 がっくりと首を落として、落胆するしかなかった。

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