第14話 星の果てで🔳を知る
カプセルを破壊し、計画の実行前に引きずり出したことでセーナは無事に救出された。とはいえ一時的にも超古代の遺物と接続し大量のプラクトの受け皿となった影響で強い負荷がかかり、意識は昏倒したままとなっている。死んではいないものの脳波や心拍も弱まっており、仮死状態に近い状態となっている。回復させるには時間の経過を待つしかない。
たった二人だけになった場所で、セーナを抱え窓のある場所へと移動する。遥かな遠くの有人惑星が微かに観測できるが、サクリファイスタイプやアルバーンとの戦闘に巻き込まれ宇宙船は破壊されている。
つまり、ここから脱出する術はない。
星系の果てでただ二人、徐々に呼吸を取り戻していくセーナを横目に、エルは静かに虚空を眺める。
暗闇に浮かぶ星々を見て、今や名前も場所も忘れた故郷で見た景色を思い出す。
かつて無邪気に手を伸ばし、届かない果てにあった輝き。初めてあの輝きに自分がいけると聞いた時は、体に羽が生えたかのような躍動を感じたことを、今でも覚えている。今すぐにでも飛び出していけるような、軽やかさと力強さの両立。その力に押されて、あの少年は母の愛から抜け出したのだ。
目が眩み、今この瞬間駆け出すことが全てだったあの時から、それなりの年月が経過し、様々な旅をした。様々な人と出会い、別れを経て、たくさんのものを手に入れ、たくさんのものを失った。
そしてふと振り返った時、そこには何もなくなっていて。
取り返しのつかない喪失に絶望して。
何もかもなくなってしまえばいいと、そう考えた。
だが、彼女に出会ってしまった。
同じくらいの旅をして、たくさんの出会いと別れを繰り返して、確実に来る悲哀の死を知ってもなお、ただ生きるために足掻き続けた彼女と。
彼女からは多くを学んだ。だが、歳もあまり違わない彼女と少年の間にある差異はたった一つだったのだ。
___人は、生きなければならない。
どれだけ苦しく、打ちひしがれ、寒さに耐えなくてはならず、絶望に打ちひしがれても、生きなければならない。
だが、どれほど生きようとも、いつか必ず人は必ず死という絶望と向き合う。
だからこそ、自分の命を他者に託すのだ。家族、友、同志、弟子___様々な形で、人はいつか失われる自分の命を、誰かに託す。
そして誰かの中で生き続け、死を超えて尚生き続ける。魂は死を超え、人々の中で連綿と生きるのだ。
それを、彼女との旅で学んだ。少しでも、他者に己を刻み、命を繋ぐ。
それが、旅であると。
アルバーンに勝つことができた理由があるとするなら、それは彼が己の生に希望も絶望も抱いていなかったからだ。生きることを望む力に、死を受け入れた者の魂は勝てなかった。
どれだけの時間、そうしてぼんやりしていただろうか。星系の果てにあるためサイクロンベルトは公転しておらず、星を見ても時間の経過が測れない。
「…………ぁ」
やっとのことで意識を回復させたセーナが、僅かに目を開ける。呼吸も心拍も意識の覚醒に十分なまでに回復し、ゆっくりと体を起こす。
「…………ごめんなさい」
ゆっくりと流れる時間の中で、ぼつりと言葉が零れる。
流れた雫が一滴、エルの手に落ちた。
「あなたを、助けたかった。あなたに、死んで欲しくなかった」
震えるセーナの手が、エルの頬に触れる。
白く細い指が、ひんやりと冷たい。
「あなたに全て託して、残された時間で旅をして欲しかった」
抱きかかえた腕は、もうこれ以上動けない。
葉から零れる水滴のような彼女の声も、今やほとんど聞こえていない。神経細胞の多くが壊死しており、既に彼女の顔もほとんど見えていない。
微かに言葉を理解できるのは、プラクトの知覚能力だけがまだ生きているおかげだった。
「あなたに、私をこれ以上見て欲しくなかった」
おぼつかない足取りで、エルの肩に手を置きながらゆっくりと立ち上がる。
「生きることを諦めた私を、見せたくなかったの」
ふらつきながらも前に歩こうとするセーナの前に、エルもまたふらつきながらも立ち塞がる。弱弱しい拳が胸を小突くが、その程度では揺らぎもしない。
もはや、残された時間など無いに等しい。倒れればそのまま消えてしまいそうな魂を、アルバーンから受け取った膨大なプラクトで無理矢理固定しているような状態である。体を動かすことすらままならない状況で___それでも、エルはそこを動かない。
セーナの目的は、今も変わっていない。アルバーンが死んだ以上、セーナの障害はなくなっている。
サイクロンベルトを起動しさえすれば、目的は果たせる。エルを救うことができる。
___そんなことは、させない。
「行かせはしない」
「私が勝つ」
「俺が、君を救う」
「私が、あなたを救う」
互いに体も動かない状態の中で、最後の戦いが譲れぬ誓いの元に始まる。
額を近づけ合い、密着した頭部がプラクトの流れを作り出す。
再びプラクトの世界で、一歩も引くことのない魂がぶつかり合う。
* * * *
以前のように、エルの世界にセーナが一方的に入り込むのではなく、互いの世界そのものが主導権を巡ってぶつかり合う状態。戦場となるのは、お互いのプラクトが生み出す心象風景そのもの。
まず初めに、霧の深い森にて。
「……そうだな」
二人が、初めて出会った場所。
暗く死に満ちた場所にて、手を血に染めて二人は出会った。
プラクトの世界においては、現実での身体能力が反映されるのではなく、プラクトの制御能力こそが基礎的な力となる。
エルは生まれ持った天性のブレイドとして破格のプラクト量とその制御能力を有する超人だが、プラクトの根源を操る力を持った白星のセーナに真っ向から対抗できるほどの力量はない。しかし、何度もプラクトの接触を果たしたことで、セーナの干渉能力に対しては、ある程度の抵抗が効く。エースやアルバーンがエルの異能を中和したことと同じ要領で、エルは類まれなプラクト制御能力を以てセーナの干渉を跳ね返す。
「ここは、覚えている」
「あなたには、もう何も忘れさせはしない」
流儀も技量もない、正面からの組み合い。お互いの手を握り合い、ただ力任せに相手を押し出そうとする。この世界においては、膂力はセーナが上回る。触れた手から、徐々にプラクトの『
であるならば。
エルの抵抗すら無理矢理突破し、徐々にセーナのものとなっていく自身の腕の肘から先を、強制的に切り離した。
「___!」
「再生しろ」
血が吹き出すことはなく、離れた腕はそのままセーナへと吸収される。腕の断面は白いもやがかかるが、エルが己に対して強く念じると同時に腕は再生する。精神の世界における肉体は、いわば自己イメージの塊。イメージに応じて強くなることも、形を変えることだって自由自在である。
とはいえ、『切り離された腕が生える』などというイメージを常人が持てるはずもない。数々の戦場を乗り越え、何度も傷を負いその度に起き上がるエルだからこそ為せる業。セーナには真似できない、プラクトの世界での戦い型である。
この世界の殴り合いとは、すなわちプラクトの干渉力をぶつけ合うと言うこと。攻撃を加える度に相手の心に少しずつ己の制御能力を浸透させ、倒すに至れば完全に支配することができる。
自分の腕を切り離すという自傷行為は、己の心を削る結果とはならない。
戦術的な思考については一歩及ばないことを理解したセーナは、複雑な干渉戦を仕掛けることなく、高い身体能力を活かして無理矢理接近戦を試みる。
過去のセーナであれば有り得ないほどの動きではなるが、セーナは間近でエルの戦いを見続けている。そのプラクトにも触れている以上、エルに近しい動きを再現することが可能である。
「あなたに旅を教えたのは、私を助けてもらうためなんかじゃない! 私の分まで、あなたがこの世界で生きるためよ! こんなところで___私を助けさせたりさせない!」
強烈な蹴りを受けて吹き飛びながら、エルはすかさず飛び込んでくるセーナの猛攻を耐え続ける。一撃ごとに体の動きが鈍くなる感覚を覚えながら、反撃の契機を探す。
「お母さんに、謝りに行くんじゃないの⁉︎ これ以上、後悔しない人生を歩みなさいよ!」
「だったら!」
突き出された拳を躱し、腕を掴み投げ地面に伏せさせる。柔技による拘束でセーナの動きを封じ、真正面に見据えた青い瞳に向かって叫ぶ。
「なぜ君は!!! 自分を諦めているんだ!!!」
「…………!」
「君の敵は俺が倒した! 君はもう自由に生きていける! これまで通り、またどこかへ行こうとすればいいだろう⁉︎ なぜそうしない!」
互いのプラクトが、強くぶつかり合う。触れ合った手から、燃え盛るような強烈なぶつかり合いが発生している。
次の瞬間、より一層強まった衝突が世界の風景を書き換えた。
見えたのは、宇宙ステーション。かつて訪れた、全てが崩壊した宇宙ステーションの居住区域。
かつて二名のブレイドと大勢の無関係な人間を、手にかけた場所。
「何もかもがどうでもいいなんて思った馬鹿野郎が、やっとのことで死ぬだけだ!」
ヴェイルスーツが外れてもなお、その両手は赤く染まっている。死体の腐る腐臭が、縋り付く手のようにエルから離れない。背負った罪業の全てが、この世界においては実体を持つ。駆け出すセーナを、エルを覆う黒い煙が阻んだ。
「いやだ!」
強烈な拒絶反応を、それでもセーナは突破せんと試みる。エルの拒絶する心が作り出した風がその肌を裂こうとも、それでもセーナは進む。
「あなたは本当に馬鹿だしどうしようもないし! 冷静なフリしてるだけで実は一番子供だし! 本当にどうしようもないけどね!」
傷だらけとなりながらも、その手はエルの手を掴んで離さない。
引き剥がすことのできない膂力で、離れようとするエルをその場に押さえつける。
「ああもう、なんか分かんないけどさ!」
切り刻まれながらも、青い目は一切の輝きを失わず赤い瞳を捉える。
「あなたのこと、嫌いになれないの!」
景色が、切り替わる。
共に旅を続けた、銀色の翼を持った宇宙船の中。
初めて互いに口付けた、無骨な鋼の船内。
セーナがエルを押し倒す状態で、両者は切り替わった心象風景で再びプラクトをぶつけ合う。
「どうせ『自分のことは忘れろ』とか『俺のことは気にするな』とか言うつもりかもしれないけどね! あなたは、もう他人じゃない! もう私の一部になってるの!」
先ほどまでの苛烈な戦闘とは程遠い、弱々しく胸を叩く拳。
だが、それは先ほどまで受けた蹴りよりも遥かに力強く、エルのプラクトを揺さぶる。
「あなたと過ごした日々だって、私にとっては冒険なのよ。もう失いたくないくらいには、引き返せないところまで来てしまった」
拒絶する心が、青い瞳から溢れた雫に溶かされていく。岩が雨風を受けて削れていくように、他者を拒む心が溶かされていく。
セーナの■が、エルに溶け込み___
再び、世界は変わる。
惑星スラウト。エルが打ちのめされ、そして破滅を捨て去った場所。
思い出に残って消えない、夕日が綺麗に見える丘上。
「これまで私が得た全てをかけてでも、あなたを救いたい。どうしようもないくらい胸が熱くて、止められそうにない。私は___どうしようもないくらい、あなたを救いたいって思ってる」
型のない踊りを、再び。
繋いだ手と手を、桁違いのプラクトが行き来する。
「だから、救わせて」
「ダメだ」
両手を取り合い、互いの吐息が聞こえるほどに近い距離であっても、その狭間を埋めるは譲れぬ意思。
敵意でも憎悪でも、憤怒でも嫉妬でも悪意でもない。
彼/彼女を救いたいという、純粋なる■によって。
際限なく出力を高めたプラクトが、青と赤の瞳の間を行き交う。
「俺が」「私が」
「あなたを」「君を」
「「救う!!!!」」
舞を終えた二人は離れ、最後のぶつかり合いへ。心象が再現された記憶の世界が、強烈な思いによって神話のような景色を再現する。
セーナが生み出したプラクトの結晶体___精神世界におけるエネルギーの塊が光り輝く無数の宝石を生み出し、やがて一つの形を作り、そして山を作った。
天を貫く霊峰の如き巨大突起物が生成され、数百メートルに渡って新たな地形を作り出した。森林そのものが凍結し結晶と化したかのような壮麗なる世界に、黒点が生まれる。
周囲の全てを呑み込み、そして我が力として突き進む者。白黒色の鎧の奥に、赤い光を携え、彼は突き進む。
「オオオオオオオッッッ!!!」
「ハアアアアアアッッッ!!!」
セーナが作りだす結晶の山___否、意のままに蠢きエルを飲み込まんと流れる結晶の濁流を、力づくで突破せんとエルが突進する。
思い、記憶、願い、衝動、感傷、溢れた言葉。
彼女から流れ出る全てを受け止め、エルは進み続ける。
ふと、記憶が頭をよぎる。
『いい力だ! 周りから力をもらって、自分のものにする……お前にピッタリだな!』
誰の声だろうか。
今や記憶の片隅にもないはずなのに、なぜか懐かしいと感じる、男の声。
全てが剥がれ落ちた魂の、遥か奥底に眠っていた声だった。
『お前は誰かから力をもらい、その力で誰かを救え。俺みたいに、力を貸してくれる奴をこれから探すんだ』
どんな表情をしていたか、どんな名前だったかも思い出せない誰かが、進み続けるエルの奥底から力をくれる。
『たくさんの人から力を借りて進み続け、そして最後にはちゃんと恩返しする。そんな人生を歩めよ』
「______そうだな」
エルの推進力が、底なしに上昇する。
結晶の濁流を掘削しながら突き進むのではなく、エルが纏う力に触れた途端に結晶が解けて喰われていく。
溶解していく結晶を取り込み、エルが羽ばたかせる翼は全てを飲み込む漆黒から、輝かしい白色へと変化した。
「なっ……」
「俺の勝ちだ」
本来であれば吸収する異能すら中和するほどの密度のプラクトの結晶が、砕けて粒となり、やがて煙のように小さなものとなってエルに吸収されていく。
セーナの思い、絶対に引くことのない強烈な願いが、全て吸い込まれていく。
ついには、結晶を生み出すセーナの目の前に___白翼の刃が降り立つ。
セーナが発したエルの願いを拒絶する力、その全てを吸収し尽くし、エルは翼と共にゆっくりとその背中に腕を回す。
温かく、抗いがたい抱擁。絶対に引き離さなければならないその行動を、セーナは拒めない。
「嫌だ……ダメだよ……!」
「ありがとう、セーナ」
精神体の核がエルの異能を喰らい、徐々に喰われていく。
白星の能力を以てしても抗うことのできない、慈愛に満ちた吸収。
「君は生きろ。もっともっと旅をして、たくさんのものと出会うんだ。色んな人から力を借りて進み続けて、誰かの命を背負って生きていく。そして進み続けた先で、ふと後ろを振り返って___その時に『ありがとう』って、言ってあげるんだ」
「…………ぁ……………………あぁ」
もう覆しようのない勝負の行方に、それでもセーナは逆らう。抵抗した側から、その力全てがエルに吸収されていくことを理解しながら、抗うことだけはやめようとしなかった。
「そしてまた誰かに命を託して______そうして、命は続いていく。歴史がなくとも、永遠に。
「エル…………エル、エル、エル…………!」
体が、崩れていく。
セーナを構成するプラクトの全てが、エルの元へと。
制御を失った精神は、やがて回復するために一時的に遮断される。同時に肉体は意識を失い、しばらくの間目を覚ますことはできないだろう。
「____________」
最後の言葉。
魂の根底にそれを刻みつけ、セーナの精神体は消滅し。
勝利したエルは、目を覚ます。
* * * *
目を開け体を動かすと、前傾姿勢になったまま倒れかかるセーナを抱き止める。プラクトの制御中枢が故障した状態となったセーナは、プラクトが回復するまで起きることができない。エルを阻む者は、もういない。
あとは、ここから彼女を逃すだけだ。宇宙船もなく、脱出ポッドなども元から想定されていない場所から、宇宙船で何日もかかる距離に逃す方法はこれしかない。
やり方は、アルバーンが既に教えてくれた。
「これで……俺はもう『エル』じゃなくなるんだな」
蠢くヴェイルスーツが、触れ合った場所から少しづつセーナの体に浸透していく。
ヴェイルスーツの譲渡。本来、ヴェイルスーツは宿主を決めればそこから動くことはない。だが、エルはアルバーンとの戦闘とその動きを見て、ヴェイルスーツ___それを構成するヴェイルセルを完全に制御する方法を学んでいた。
ヴェイルスーツはエルの命令に基づき、セーナの身体機能の一切を妨げることなく、傷ついた箇所の補強、そして宇宙空間に放り出されても生きていけるようその体を覆い始める。
やがてその体を白黒色が覆い尽くされ、『エル』は完全にセーナのものとなった。
エルの肉体には、右手に僅かな欠片を残すのみ。
「______KGT、いるな」
『はい、ここに』
システムの回収屋を任された人工知能、KGTは直立不動でそこに佇む。
死にゆく者の最期を観測する役目を与えられたKGTにとって、死に向かうエルの最期もまた重要な観測対象である。故に主を失ったサイクロンベルトにも、一人で留まり続ける。
「俺はヴェイルスーツを失い、ブレイドじゃなくなった。だから俺のことを気にせず、『回収屋』としてセーナを救助しろ」
『承知しました。しかし、ブレイドでないとはいえあなたの最期は私にとって価値あるものです。ここを離れるわけにはいきません』
「だったら『目』だけをここに置いていけ。お前の
意を汲み取ったKGTは人間のように一度頷く。
そして、人間であれば眼球に当たる部位のみを取り外し、浮遊する観測装置としてそこに残した。
眼球が外れた体は一人でに歩き出し___そして徐々に形が崩れ、不定形に蠢く金属の泥となって、ヴェイルスーツに覆われたセーナを覆う球体を作り上げる。
OSと同様の作られ方をされているKGTは、その素材もまたナノマシンであり、あらゆる形、あらゆる機構を再現できるようになっている。ヴェイルスーツに加えてシステム最先端の技術の結晶たるKGTを使い、セーナを無事に有人惑星まで届けなければならない。
『それでは、セーナ様の生命は保障いたします。これで命令通りでしょうか?』
「…………あぁ」
ポッドの中で眠るセーナを一目見て___エルは、二度と振り返らなかった。
その後ろを、取り外されたKGTの目が追う。
セーナを乗せたポッドはサイクロンベルトを脱し、二日後に惑星に漂着することとなる。
破壊し尽くされた、サイクロンベルトの中央制御室。
そこに置かれた制御装置に、手を伸ばす。
この基地と制御装置を作ったアルバーンにしか操作できないはずのその機械に触れ、アルバーンから譲渡されたプラクトを使い認証を通り抜ける。
右手を覆うのみとなった、プラクトが僅かに残されたヴェイルスーツの欠片が、制御装置に反応した。
『プラクト認証完了。オンリーユーザー、アルバーン・ゼノのアクセスを確認しました』
「最終命令実行。サイクロンベルトの全区画、その全てを自壊させろ」
『___命令確認。推奨されない行為です。本当に実行しますか?』
「実行しろ」
『システムの
「保存行為棄却。自壊命令を最優先に」
『___管理規程に反する命令です。実行は推奨されません。本当に実行しますか』
「実行しろ」
『実行された場合、七星の全権限が剥奪されます。また、命令者の生命は自壊と共に消滅します。本当に実行しますか?』
「あぁ」
一切の澱みなく、淡々と。
何一つ残さないという、強い意思で。
『______命令を受諾。最終規定防壁を破壊。これより、サイクロンベルトの全区画を自壊させます』
「欠片たりとも残すな。完全に消滅させろ」
全人類を管理することすら可能な、神の如き超機構。
システムに、そして人類に無限の可能性を与え得る超抜の遺物。
生み出し得るあらゆる可能性を、エルは否定する。人の歩みに新たな道を作り出してしまう神に等しい存在を、エルは許容しない。
人の進化と深化。その可能性は、人が自ら歩み、そして互いに手を取り合うことで初めて進展する。
数千年、数万年の時が掛かろうと、母星を抜け出し、星系に散り、いつしか銀河系を抜けようとも。
人は自らの歩みでのみ、先へと進み得る。神に、救世主に、英雄に導かれるのではなく。
儚く短い命を繋ぎ、手を取り、託すことで人は先に進むのだ。
数十キロメートルの大きさを誇る巨大機構から、火が上がる。
蓄えた膨大なエネルギー、全人類を作り変える力が内側で衝突するように仕組まれたプログラムが絶大な熱量を放ち、機構の全てを焼き壊していく。部品一つも残らず、全ては灰になり宇宙のデブリとして散っていく。
目を閉じ、ゆっくりと過ぎる時間の中で迫り来る轟音と炎を感じ取りながらエルは緩やかに崩れ落ちる。
走馬灯は流れない。精神を構成する記憶もはがれ落ちた今、死を前にする恐怖すら感じられない。
恐怖もなく、ただ静かにエルは炎に包まれる。
観測者たるKGTの目はその静かな終わりを正確に観測し、炎に飲まれて消滅。取得されたデータは遠隔通信によって、遥か遠くに存在するKGTの本体へと送信された。
サイクロンベルトの完全消失。
計画のキーとなる白星、セーナ・クリストロフの失踪。
考案者にして実行者であるアルバーン・ゼノの死亡。
これを以て、ザラシュトラ計画はシステムの計画表から完全に消失。
同時に、最後のブレイド『
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