第12話 激戦、サイクロンベルト


 一機の宇宙船が、サイクロンベルトに新たに到着する。

 備え付けられた防衛設備による迎撃を受けても傷一つつけることなく、全てを紫の光で弾きやってきた死神が、そこから降り立った。

 ブレイド・エル。十二番目の名を冠したブレイドにして、システム最悪の反逆者。

 その目的がサイクロンベルトにあることが判明している以上、そこに最高の防衛を整えるのは至極当たり前の考えとなる。

 レーザー砲といったものがブレイドに傷をつけられるとは、システムに属するものであれば誰も思わない。

 ブレイドを倒し得るのは、ブレイドのみ。


「……そう来るか」

『ブレイド・サクリファイスタイプ。ブレイド計画の失敗作。人格を失う代償に、通常のブレイドを大きく上回る基礎スペックを手に入れたブレイドだ』


 ブレイド計画はエースを初期ロットとし、そこから実験を重ねることで徐々に被験者の異能開花などを可能としていった。エースに続いて成功したディーは複雑かつ応用力の高い異能を手に入れるに至ったことで計画自体は進行したものの、一切の失敗がなかったわけではない。半数以上の被験者が失敗に終わり、暴走や異能の不開花、あるいは心神喪失状態に陥っている。

 そういった者たちの死体すら無駄にすることなく、システムの命令通りに動く強力な人形とされた者たち。死して振るわれる力の執行者ブレイド・サクリファイスタイプ


 それが、計十二名。


 初めからヴェイルスーツを全身に纏い。一切隠すことのない機械的な殺意を剥き出しにし、エルただ一人に視線を注ぐ。

 人格を失った以上、プラクトの制御能力は意思持つ存在には遠く及ばない。しかし、ブレイドである以上は膨大なプラクトを保有し、なおかつシステムによって強制的に外付けのプラクトを大量に付与されている状態。

 異能は持たぬものの、身体能力などの基礎的なスペックではエルに勝らずとも劣らぬほど。

 機械的にエルの抹殺のみを目的とする以上、ディーやアイとは異なった方向の強さを持つ者たち。

 そこに言葉が介在する余地など僅かたりともないことを理解し、お互いが駆け出す。


 ___十秒後。

 サイクロンベルトの下層部、基地の入り口部分が大爆発を起こし、宇宙空間に十三名のブレイドが放り出された。

 足や背面から噴射したプラクトを推進力とし、宇宙空間を自由に駆け抜ける暴力装置たち。

 エルが繰り出した拳を一人が受け止め、その隙に二人がエルを抑えつけ、そして四名が同時に打撃技をエルに叩き込む。

 吹き飛ばされたエルを追尾する三人が無理矢理抑えつけ羽交い絞めにし、そこに後から迫る二人が追撃をしかける。

 肉体を動かすプログラムが共通するが故の高い連携を、エルは打撃によって吸収したエネルギーを発散することで無理矢理剥がし、近くにいた一人の頭を捩じ切る。

 確実に首の骨を折り、呼吸器官を完全に破壊する攻撃。どんな生物でも頸部を潰せば絶命する。

 ___生きていれば。

 彼らを動かすプログラムはヴェイルスーツに刻まれており、人間の部分を殺そうと意味はない。

 首を折られた者は、何ら動きを損なうことなく自分の首を弄り、折られた骨を無理矢理ヴェイルセルで補強。何ら動きを止めることなく、そのままエルに再び挑みかかる。


「完全に破壊しないと止まらないか」


 再び受けた攻撃を吸収し、エネルギーを手に集め手刀で胸を貫く。

 心臓を潰し、背骨が折られれば人体としての最低限の動きもままならなくなる。

 それでも、彼らは止まらない。意を決し、貫いた腕にエネルギーを集め発散。

 肉体を内側から爆破するが如き攻撃を以て、ようやく一人を撃破する。

 そんな存在が、残り十一名。さらには一人が撃破されたことで、より一層学習を深め、エルの能力の弱点を突くかのように動き始める。

 衝撃が吸収されることを学んだことで、攻撃は打撃ではなく極め技、手足や頭を捩じるように動き始める。

 その動きを見越し、自ら爆発的な推進力で突撃し、衝突した際の衝撃を吸収することで、まとわりついた敵を衝撃波で弾き飛ばした。

 また一人、今度は体を真っ二つにされるように叩き折られ、エネルギーの発散によって体を微塵に返され消滅する。

 彼らもまた、やられてばかりではない。仲間を倒されたことに何の動揺を見せることなく、次々をエルに挑みかかった。

 内の一体が技を決め、エルの左腕を捩じり折る。肉と骨が粉々に砕ける激痛を歯を噛みしめてねじ伏せ、頭突きによって顔面のヴェイルスーツを剥がし宇宙の真空に晒した。

 死した肉体の顔は、生気どころか生きた証すらない。何年もヴェイルセルに体を蝕まれた影響か、その顔には口も鼻も、眼球すらも欠けていた。

 全てが引き剥がされ、のっぺりとした顔には血が流れるのみ。

 彼らに、救いなどない。

 拳を晒された顔面に叩き込み、頭部を完全に潰したことで動きが一時的に封じられた隙のその体を投げ飛ばし、防衛設備に叩きつけられ爆発に呑まれて消えていった。


 ___何度も、何度も。


 凶暴性の発露故か、一部の個体は口元に牙を生やし、肉食獣がごとき鋼の牙をエルの肩に突き立てる。噛み砕かれる激痛が駆け抜け、破れたスーツの表面から血が噴き出す。

 羽交い絞めにされたことを利用し、膂力に任せて抱き潰したことで散乱した肉体を衝撃によって吹き飛ばし、四人目を葬る。


 ___何度も何度も。


 腕を変形させ、刃となった腕がエルの腹部を突き刺す。

 ただの刺突に留まらず、侵入した刃からプラクトを直接送り込むことで体内に直接毒を注入するやり方で、エルの体内にプラクトの拒絶反応による強烈なアレルギー反応が発生する。

 血管の中を強酸が流れるがごとき激痛が流れ、臓器の大半が破裂。肺が潰れ呼吸ができなくなったものの、辛うじて残った意識で刃を握りしめ、プラクトを逆流させる。

 セーナとの接触経験によって感覚的に学習した『プラクトを他者に流す感覚』を応用し、両者に開けられたプラクトの穴から、吸収したエネルギーを流し込む。許容量を大幅に超えるプラクトに耐えられず、ヴェイルスーツが爆散。五人目が葬られるも、その爆発に至近距離でエルは巻き込まれることとなる。


 ___何度も何度も、何度も何度も。


 傷を癒す暇もなく、続いては三名が同時に襲い掛かる。

 捩じられ砕かれた左腕が再生する間もなく、右腕と両足を掴まれ、力任せに捩じられる。エルもまた膂力とスーツの推進力にものを言わせて右腕を掴んだ者を壁に押し当て、超高速でサイクロンベルトの外壁に擦り付けた。

 発生する超高温の摩擦熱が超古代に作られた強化合金の外壁を熱で溶かし、ヴェイルスーツすらも熱だけで溶かされていく。両足の腱が捻じれ大量出血を起こすと同時に熱で溶かされた者が爆発。衝撃で吹き飛ばされた内の片方に飛び付き、吸収した摩擦熱のエネルギーを込めることで上半身を吹き飛ばし、昨日を停止した下半身を虚空の彼方へと蹴り飛ばした。

 残り、五名。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 痛みと血に彩られたこの世界が、今はただただ不快だ。

 こんな世界に骨を埋め、全てを破滅させようと考えていたなど、今では考えられない。

 今は素直に___恐怖を、嫌悪を、忌避を、感じることができる。

 死にたいほどに辛くとも、生きなくてはならない。

 死ぬ方がよっぽど楽だと知っていても、楽になるわけにはいかない。

 楽になるよりもずっと強く、生きなければならない道を見つけてしまった。

 ___彼女のせいだ。

 思い通りにならず、救いを拒む者すら救おうなどと考えるあいつのせいだ。


「君のせいだぞ___セーナ!!!」


 残された五名は負傷が重なりもはや意識すら飛びかけているエルに向かって、五人が同時に飛びかかった。

 体の各所に棘を生やし、異能を一切使わせることなく突き殺すために。

 内側の肉体を守ることすら放棄し、ヴェイルスーツを変形させることで生えた棘は見事にエルの体に十四か所の穴を穿つ。突き出された杭はエルを壁面に固定し、動くこともできないまま虚空に晒された皮膚が真空の圧力によって焼け解け、蒸発していく。

 声を発する空気もなく、喉と肺が気化していく。砕けた脚部の修復を中断し、失血死しない程度の止血だけを済ませた後、心肺機能のみをヴェイルセルで補強。痛みを軽減することなく、ただ戦うために必要な機能のみを動かし続ける。

 頭部を砕くべく迫った拳を、ヴェイルセルを纏った顎で無理矢理噛み砕き、折れた腕の切断面に口からエネルギーを放出。血管を通り、プラクトの圧が血管を沸騰させ、六人目を爆散させる。

 飛び散った血と骨を全身で浴び、目が眩んだ隙に二人がエルに飛びかかり、引き剥がされぬよう体を丸めた。

 串刺しにされた杭を無理矢理折り砕くも、絡みついた二人を剥がすことはできず___ゼロ距離にて、ブレイド二人分を構成する膨大な量のプラクトが爆発する。

 小惑星すら吹き飛ばす爆発が炸裂し、最も近い有人惑星からでも微かにその余光を観測することを可能にした。大半の威力は吸収することに成功するものの、各所の傷口を完全にカバーすることはできず、流れ込んだ膨大な熱量に全身を焼かれる。

 その熱量すらも本来は吸収可能なものなのだが、意識が飛びかけたことで能力の発動が遅れ、正確性が損なわれる。手足の大半が高熱によって溶かされ焦げ落ち、再生が不可能なほどに破壊される。

 それでも尚、神経系と主要な臓器と筋肉のみを守り抜き、突き動かされるようにエルは飛び出す。

 残された四人はすぐに向かってくるでもなく、身長に獲物を見定め次の手を模索している、ように見える。

 あるいは、自爆すら通じぬ怪物を相手に、機械的な恐怖を抱えているのかもしれない。

 どちらであるかは、結局エルには分からなかった。


 ___怪物。

 なるほど、自分にふさわしい称号だと、エルは思う。

 超古代の文明を滅ぼしたとされる宇宙怪獣。ブレイドはその死骸を纏う存在だという。

 その死肉を纏い、破滅を胸に人も、星も、宇宙すらも破壊し尽くす。

 怪物となり、そして母を同じような宇宙怪獣によって奪われてもなお、憎むべき存在をその身で纏い続ける、悍ましき怪物。

 自分は、化け物だ。

 破滅を捨てて尚、慈悲もなく目の前の存在を滅ぼさんとする姿は、醜悪そのものだろう。

 

(___あぁ)


 そうか。

 

(俺は怪物になってでも、ただセーナに会いたいと思っているんだ)


 ただ合う。

 ただ、もう一度出会うためだけに。

 宇宙の理すらも捻じ曲げ、怪物は突き進む。

 もし神がいるとしたら、自分は真っ先に排除される存在だろう。

 最も地獄に落ちるべき人間だろう。

 それでも、今はただ。

 この宇宙に、我が破壊あれ。



 * * * *



『十二人ものブレイド・サクリファイスタイプを乗り越えるとは。流石は最高傑作、お恐ろしいほどの戦闘能力ですね』


 死肉を踏み越え、砕けた骨も割れた臓器を直すこともなく、感覚のみでサイクロンベルト最奥部に到達したエルを迎える声がする。

 『回収屋』と呼ばれる、システムの掃除係。

 顔を見たことも、業務的な会話以外を交わしたこともない仮面姿が、一歩も動くことなくエルを見つめている。


「……お前は誉め言葉を贈るようなやつだったか?」

『順当かつ正確な評価です』

「余計な機能を身に付けたな、KGTケージーティー

 

 顔など、最初からあるはずもないその正体。

 OS同様、システムにて生み出された人工知能。自立稼働型適応機種として生み出されたそれは、人間に近しいどころか上回る知能を有する。

 回収屋の彼の役目は、システムの資源を無駄にしないよう回収すること。 

 そして___死に瀕した者を、弔うこと。

 失われ、実存を失ったものをイメージの世界で生かし続ける人間の思考を学ぶために、KGTは選ばれし者の死を看取る責務がある。


『私は人の終わりを見届ける者。存在しないものを知覚する機能を有しています。評価し褒める、という行為には興味がありましたため、あなたで試させていただきました』

「…………セーナはどこだ」

『OSに訊けばよろしいのではないでしょうか』

「こいつは俺を騙すポンコツだ。お前は嘘を吐かないポンコツだがな」


 OSはセーナと共にエルを騙したことを自分から暴露し、なんとなくイラついたエルに蹴り飛ばされ一時的に会話機能がショートしている。


『セーナ様なら先に七星、アルバーン様と面会しております。この先のサイクロンベルト中央制御室にいらっしゃいます』

「分かった」


 あるいは、その会話の時間はエルが僅かでも体力を回復させるための時間であったのかもしれない。その真偽は分からずとも、KGTは僅かたりとも体を動かすことなく、足を引きずるエルを見送る。


『ご武運を、ブレイド・エル』


 KGTはいかなる者の味方でもない。使命を成す以外の機能を持たされていない。

 誰の命令を聞くわけでもなく、KGTは自らの使命のために動くのみ。

 システムの裏切り者を排することは使命になく、エルをただ見送る。

 その終わりに祝福があらんことを。

 音声として発されることなく、KGTの内側で思考の一端が流れた。


 辿り着いた先に、中央制御室はある。

 部屋のドアは破られており、明らかな戦闘の痕があった。ここで起きた結末を頭の一端で想像しながら、その先に待つ人影を望む。

 

「遅かったじゃないか」


 アルバーン・ゼノ。

 あるいは、ブレイド・ゼット。


「おかげで、多少は回復できたよ。もう少し早かったら危なかった」


 精密な機械で埋め尽くされ、本来であれば人がつけ入る隙のない完璧なその空間は、至る部位が破壊され、ひび割れ、本来の機能の大半を喪失させている。

 常人の戦闘行為だけではあり得ない破壊の痕跡。ブレイドが力を出さない限り、これほどの破壊は起きない。

 

「……………………セーナは」


 震える声に、アルバーンは親指で部屋の上を指した。

 この部屋の最重要装置。白星ホワイトの収容カプセル。

 透明なガラスの奥に___呼吸なき眠りにつくセーナがいる。


「OSを手放すとはね。お陰で、随分と苦戦したよ」

「一体何をされた」

「いやぁ、なに。君の能力をOSに使われた挙句、彼女の攻撃が存外に効いたんだよ。痛かったんだぞ」


 セーナに付けられた傷をさすりながら、傷口で蠢くヴェイルセルが通常の動きとはかなり弱っていることに気付く。

 プラクトの制御能力を通し、敵のプラクト所有権そのものを失わせ、プラクトを暴走させる『浄化パージ』。それを込めた弾丸を何度も喰らえば、膨大なプラクトを持っていようと、逆に自分のプラクトで焼かれる結果となる。


「結果的に彼女の脳力が随一、かつ計画の成就に必要であることを確かめられたから、収穫はあったがね。足止めとしてサクリファイスタイプを使ったのは正解だったようだ」


 軽口を叩きながらも、その重心は常に動き出せるような態勢を崩していない。ここからどのような状態であろうと、いつでも両者は戦闘を開始できる位置にいる。

 そして、青と黒の鎧の内側に眠る膨大なプラクトは健在のままだ。

 ふと、エルは足元に落ちる機会片を拾い上げた。

 自分から離れていった不届きな相棒の欠片。

 手元に残った小さな本体がそれを拾い上げ、言語機能が復旧した。


『済まない、エル』


 セーナと共にいた分裂体は機能の大半を喪失しており、修復が困難な状況となっている。情報核がエルの手元にあったために最低限の機能を取り戻すことには成功したものの、かつてほどの補助能力は見込めない。セーナを救出するほどの余力も残っていないだろう。

 つまり、この戦いはエル一人にしかできない。

 力を失った相棒をそっと床に起き、やっとのことで身体機能の大半が復旧したことを見計らいアルバーンへと向き直った。


「その通りだ、エル。僕と君の間には、闘争しかあり得ない。互いに全てを理解し、互いが決して相容れぬことを理解しているからね」


 エルが、システム最悪の裏切り者だと呼ばれる理由。

 それは大勢のブレイドを殺し、一大計画を頓挫させ、最高管理者たる七星セブンスターにも牙を剥くから、ではない。

 その、在り方。己の破滅のために全てを道連れにしようとするその凄まじいまでの虚無。

 そしてその"穴”を埋め得るものを見つけて尚、ただ個人の願いのために、人類の救済すら否定せんとする、傲慢さ。

 人間の愚かさと罪深さ、それらを持ってはならない圧倒的な力でねじ伏せんとするその在り方こそが、システムのあらゆる理念に真っ向から反するからである。

 彼を肯定することは、すなわち。

 人の願い、人の思い、人の信念が、種の存続と発展よりも優先することを認めるに等しい、おぞましき悪虐だからである。

 今ここに、人類を背負いし最終完成体と、願いを持った一人の裏切り者が相対する。

 互いが静かに目線を合わせ、それ以降言葉を発することはなかった。


 衝突。


 星系の果てで、最後のブレイド戦が始まった。

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