第10話 旅


 向かった先は、惑星スラウトの中心都市。

 宿泊させてもらった村の婦人たちにもらった華やかな服を着て、少女セーナは軽やかにステップする。


「最近宇宙食しか食べてなかったし、今日は死ぬほど食べるわ! 特産のミートパイとフルーツアイス盛りを食べ歩くわよ」

「金あるのか」

「電子マネーなら無駄に貯金あるし、ここは探索者が多いからほとんどの店で使えるっぽいし。エルこそお金あるの?」

「…………無駄に余ってるな」

「じゃあ使い切っちゃいなさい」


 宇宙ステーションぶりとなる人込みに紛れ、二人の男女+丸いロボットは都市を歩く。探索の星スラウトにおいて、探索者が泊まり込む宿場町は他の星とは規模が違う。大通りには露店が立ち並び、踊り子や芸者があちこちでパフォーマンスを披露し時折喝采の声が聞こえる。

 商店では大きな声で競りが行われ、ある店では侃々諤々の値下げ交渉が行われ、なんとか値下げして買い取った買い手が周囲の喝采を浴びている。

 各地から人が集まる国際都市でもあるため、肌の色、髪の色、瞳の色、体の大きさも全てが入り混じる混沌とした社会が、ここにあった。

 二人は比較的細めの路地へと入っていき、屋台の料理を次々と買い漁っては驚くほどの勢いで消化していく。

 セーナは一口を大きめに、味を食感を存分に味わうがごとく豪快に。

 エルは戦闘で消耗した分を補給するためだけに、楽しむでもなく業務的に咀嚼を続ける。

 

 時に怪しい骨董品に手を出し、一時間にも渡る値切り交渉が始まったり。

 似合うアクセサリーを無理矢理選ばされたエルが戦闘でないにも関わらず疲れ切った顔になり、灰色の顔で値段が安い方を仕方なく選んだり。

 激辛料理が好きなセーナが無理矢理エルに食べさせたらエルが痙攣したり。

 チャレンジ料理に挑戦して山盛りミートパスタにセーナがぶっ倒れ、エルは余裕で食べきったり。

 マッサージ店でエルが店主に捕まり、実験台として全身を揉みほぐされたり。

 いつの間にかOSが通りでロボット芸を披露して子供たちのスターになってたり。


「ぎゃああああああ~~~!」

「……………………」


 大ロバ(スラウトに生息する大型のロバ。力持ちで臭い)に乗せてくれる商人にお願いして乗せてもらったら走り去られてしまったり。


「おい、これで四十八人目だぞ⁉」

「誰も勝てないんじゃないか⁉」

「なんであんなに強いんだ⁉」


 セーナが勝手に挑んだ腕相撲商人をエルが瞬殺してしまい、そのままエルに挑戦しようとする者たちが溢れかえり街の一角が大盛り上がりを見せたり。


『ガオ~! 僕は怪獣だぞ~!』

「「「うわぁ~!!! 逃げろー!!!」」」


 なぜかショベルカーと融合したOSが子供たちを追いかけ回していたり。

 

 あれやこれやと珍事件を起こし続け___疲れ果てた頃には、夕空が覗く。

 大量の荷物はOSに預け、宇宙船に持ち込んでもらった。

 今は街を見下ろすことができる高台にて座り込み、夜の冷たさと静けさをただ感じている。

 

「どうだった? 私の旅は」

「疲れた」

「お腹もいっぱいになったからね」

「二度と御免だ」

 

 そんなことを口にしながらも、エルの表情に翳りはない。エースと戦った時のような剝き出しの敵意や嫌悪感はなく、むしろすっきりとした晴れた表情をしている。

 

「そう、もう二度としないだろうなって思って___そして、それを懐かしんで、その記憶を愛すの」

「……これまでの、君のようにか」

「同じことなんて、一度も起きないから。また同じような素敵なことが起こることを夢見て、旅を続けるのよ」

「俺には、できないことだ」


 残された時間のない自分には、もう旅なんて。

 ましてや、まるで自分を救ってくれるような___久方ぶりの、幸福な旅なんて。

 全てが欠け落ちた自分には無理だと。

 

「できるわ」


 彼女は、夕陽に照らされた街を見て呟く。

 

「旅をするのよ、エル」


 立ち上がり、手を伸ばす。

 花を愛でるかのように、見下ろす街を、美しき景色を、この世界を撫でる。

 愛し、思い出し、また前に進む白い姿。

 光を遮るその白い色の美しさから、目が離せない。


「失った分も、失ってしまいたい分も、全部旅で手に入れるの。生きていることがどうでもよくなるくらいたくさんの記憶を紡いで___そして最後に、

「______!」

「帰ってこれなくてごめんなさい、って。出ていってしまってごめんなさいって。ちゃんと謝って……そしてその倍以上に、楽しかったことを話すの。こんな旅をしたんだって」


 ___もうこんな機能は、残っていないはずなのに。

 ___もう、そんな救いは失われたはずなのに。

 なぜ、自分一人制御できないのだろうか。

 白く美しい彼女のことを、今は直視できない。

 こんな顔を見せたくないという、戦うことと何の関係もない愚かしい情動に突き動かされ、必死に手で顔を隠す。

 こみあげる熱を必死に冷やそうと、体が震えた。


 俺は、母さんに、 『ごめんなさい』の一言も言えない、未熟なままの少年だった。


「_________________________」


 声は出せなかった。何かがつっかえて、言葉を紡ぐことができない。

 それでも。

 彼女の体温の体温に包まれて。

 ブレイド・エルはブレイドになってから、初めて涙を流した。

 


 * * * *

 

 

「…………満足できた?」

「…………ああ」

「そう」


 泣き腫らした目元を袖で強引に拭い、エルはいつも通りの無表情に戻った。

 依然として、彼の中には殺意を止め得る精神性の全てが取り除かれており、戦うのに不必要な情動は取り除かれているままだ。一度涙を取り戻したくらいで、過去のエルに戻ったわけではない。

 だが、失った母を偲んで泣く、という情動は確かに『殺意を止め得る精神性』ではない、とセーナは分析している。

 家族への愛。与えられた無償の愛に対する無償の愛は。それらは時に人を狂わせ、人を殺意に染め上げることだってある。

 エルの殺意の源泉もまた___母を失った悲しみと、自己に対する強烈な自己嫌悪であったのだから。

 だから、泣いていい。みっともなく、何かに縋ったっていい。

 もうこれ以上、涙のない戦場に戻る必要はない。

 決意と共に、セーナはエルに手を伸ばした。


「せっかくだし、踊らない?」


 エルは、何も口にしなかった。

 ただ黙って頷き、差し出された手を優しく握る。

 そっと立ち上がり、やがて緩やかに互いの動きを同調させる。

 ワルツでもなく、タンゴでもなく、ブルースでもない。

 何の型もなく、ただお互いの手だけは離さず。

 時に体を委ね、時に目を合わせ、時に呼吸が聞こえるほどに顔を寄せ合い。

 プラクトも介することもなく、ただ互いの重みだけで意思を伝え合った。

 暗くなる空からは少しずつ光が引いていき、次第に街の照明が下からお互いの頬を照らす。

 吹き付ける冷たい風が髪を揺らし、温かさを求めてより強く互いの手を握る。

 宇宙の静けさに流されることなく、互いの手を離さないように、優しく、そして温かく。

 終幕は、握り合った手を伸ばし、互いを見つめ合った。

 なんて、綺麗な青い目なのだろうと。

 なんて、美しい赤い目なのだろうと。

 互いの瞳を、各々の魂に焼き付け、舞いは終わる。

 

 そして何に導かれるでもなく互いに顔を寄せ合い、キスをした。


「…………プラクト無しなら、これがファーストキスね」

「もっと慣れてると思ったよ」

「軽い女みたいに言わないで」


 旅は終わる。

 たった一日。

 さりとて、失うばかりだったこれまでとはまるっきり異なる、何かを得た旅。

 人生のとあるページにあってもいいなと思える、思い出。


「ありがとう、セーナ」

「…………うん」


 握り合った手とは別のもう片方の手が、エルの頬に差し出される。

 それが何の手か分からず、エルはされるがままに手の平の体温を感じた。

 ___少し前のエルなら、絶対にしなかったであろう選択。

 他者からの不用意な接触など許さなかったエルには、できなかったことだ。




「_________さよなら」

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